第176話:摩天楼の咆哮と魔法の火花
翌朝、新宿・西口にそびえ立つリディアトレード本社ビル。
昨日までのパーティーの余韻を吹き飛ばすような絶叫が、ロビーに響き渡った。
「うおぉぉぉぉ!? 落ちる! 下がる! ダイスケ、この箱は呪われてんのか! 腹の中が浮き上がるじゃねえか!」
ガルガンが、超高速エレベーターの隅で巨大な身体を縮こまらせ、手すりにしがみついている。
一階から最上階のオフィスまで数十秒。
リディアの鈍重な昇降機しか知らないドワーフにとって、地球の最新技術は物理的な恐怖でしかなかった。
「がっはっは! ガルガン、これが文明の速度だ。慣れろ!」
大介が笑いながらエレベーターを降りると、そこには目を丸くした元同僚の佐藤たちが待っていた。
「だ、代表……その、後ろの屈強すぎる方々は……」
「ああ、紹介するよ。今日から物流のアドバイザーに入ってもらうガルガンだ。それと、技術顧問のリリー。佐藤さん、彼女の言うことは全部メモしとけよ。世界が変わるぞ」
大介が指し示した先では、リリーが早くもサーバー室の重厚な扉を開け放ち、青白く光るラックを睨みつけていた。
「……何よこれ。熱い、熱すぎるわ。この『さーばー』って箱、情報の処理にどれだけの無駄なエネルギーを垂れ流してるの? 冷却に魔法陣の一理も使わないなんて、未開にも程があるわね」
リリーは空中に指先でさらさらと幾何学模様を描く。瞬間、サーバー室を覆っていた熱気が、雪解けのような涼やかさに変わった。
「あ、あの……室温が物理法則を無視して下がったんですが!?」
佐藤たちが悲鳴のような声を上げる。地球では魔法使いは希少で一部の戦闘魔術以外はまるで発展していない。
「物理法則? そんな狭い檻に閉じこもってるから、効率が上がらないのよ。ほら、そこの平たい板(ノートPC)を貸しなさい。演算式を多重階層に書き換えてあげるわ」
リリーの指がキーボードを叩くのではない。彼女の魔力が直接システムに介入し、モニターには地球のプログラミング言語とリディアの古代文字が混ざり合った、未知のコードが奔流となって流れ始めた。
その光景を、オフィスの中央でセレナとエイミーが静かに見守っていた。
屈強な戦士が物流スタッフと腕相撲を始め、天才魔術師がエンジニアたちを説教している。
異世界の「本物の英雄」たちが放つ圧倒的な生命力に、最初は気圧されていた社員たちも、大介の「まあ、なんとかなるだろ!」という空気に乗せられ、次第に目を輝かせ始めていた。
「……ダイスケ。あなたは本当に、混沌を形にするのが上手いわね」
セレナが隣に立った大介に、静かに告げる。
「ああ。魔法だのITだの難しいことは分からねえが、こいつらが混ざれば、誰も見たことのない『面白いこと』ができる。そう信じてるだけさ」
大介は快活に笑ってみせた。
だが、その瞳の奥には、活気に沸く社員たちと、何百年も変わらぬ若さを保つ異世界の仲間たちを比較し、自分という「限りある存在」の輪郭を確かめるような、わずかな陰りがあった。




