第168話:深淵の門番
ダンジョンの最深部。そこは、巨大な水晶が壁一面を覆う、幻想的かつ禍々しい大広間だった。
一行が足を踏み入れた瞬間、中心に鎮座していた岩塊が動き出す。
それは、全長十メートルを超える結晶の巨人——『クリスタル・ゴーレム』。
物理攻撃を反射し、あらゆる魔法を減衰させる、このエリアの主だ。
「……ッ、総員、退避! これは物理も魔法も通じない『反射個体』だ!」
加賀が悲鳴に近い警告を発する。自衛隊の面々も一斉に距離を取るが、ゴーレムが放つ結晶の礫が逃げ道を塞ぐ。
「……反射、ですか。それはあくまで、この世界の『薄い魔力』を基準にした話でしょう?」
エイミーが冷然と言い放ち、杖を構えた。
「大介さん、あれを固定できますか?」
「ああ、任せろ。……二億の元を取らせてもらうぜ!」
大介が地を蹴った。一気に間合いを詰め、ゴーレムの巨大な足元へと潜り込む。
「——『不動・重圧掌』」
大介の両手がゴーレムの脚部に触れた瞬間、『剛力甲・不動』に埋め込まれた重力魔石が、これまでにない禍々しい紫の光を放った。
ドォォォォン!!
ゴーレムの巨体が、まるで巨大なプレス機に押されたかのように沈み込み、足元の水晶が粉々に砕け散る。大介が放ったのは、破壊ではなく「超重力」による拘束。数万トンの圧力が巨体を地面に縫い付けた。
「……っ、ぐ……っ、エイミー、早くしろ! こいつ、重さを無視して抗ってやがる!」
大介の腕がミシミシと音を立てる。本来なら反射されるはずの衝撃を、超重力の「場」で無理やり抑え込んでいるのだ。
「……よく耐えましたわ、大介さん。道を、空けてください!」
エイミーが『世界樹の枝杖』を高く掲げた。
彼女の周囲で、収束した魔力が渦巻き、白銀の雷光が弾ける。
「反射などという小細工、飽和する質量で上書きしてあげますわ。——『天罰の裁き(ジャッジメント・レイ)』」
放たれたのは、細い線ではない。視界を白一色に染める、巨大な光の濁流だった。
ゴーレムの結晶体が光を反射しようとするが、その反射速度をエイミーの魔力供給量が遥かに上回る。
パキパキと音を立てて結晶に亀裂が入り、次の瞬間、巨体は内側から弾け飛ぶように蒸発した。
……静寂。
光が収まった後には、主を失い崩壊した水晶の欠片と、肩で息をする大介、そして平然と髪を整えるエイミーだけが立っていた。
背後では、氷室が呆然と立ち尽くし、加賀は持っていた盾を力なく落とした。
物理を、魔法を、世界の理を。二人の力は、そのすべてを文字通り「粉砕」したのだ。
「……これで、試験は合格ですわね? 氷室さん」
エイミーの問いかけに、氷室は震える声で答えた。
「……ええ。合格どころではありませんわ。……歴史が、書き換えられました」
リディアトレード。その名が、単なる貿易会社から「世界の支配者候補」へと変わった瞬間だった。




