第166話:蹂躙の宴
ダンジョンの大空洞に足を踏み入れた直後、無数の羽音が空気を震わせた。
天井から降り注いできたのは、硬質な外殻を持つ巨大な羽虫の群れ——『アイアン・ビートル』。その名の通り鉄のごとき防御力を持ち、並の弾丸や魔法を容易に弾き返す、探索者泣かせの難敵だ。
「撃て! 弾幕を絶やすな!」
特務探索者の加賀が怒号を飛ばす。自衛隊の精鋭たちが放つ最新鋭の魔力ライフルが火を噴き、金属音が洞窟内に鳴り響く。
しかし、弾丸は外殻に火花を散らすだけで、致命傷には至らない。
「クソッ、なんて硬さだ! 前衛、食い止めろ!」
加賀が重厚な大盾を構えて突進するが、数百を超える群れの圧力にじりじりと後退を余儀なくされる。精鋭たちの顔に焦燥が走ったその時だった。
「……目障りですね。大介さん、露払いをお願いします」
最後方で優雅に佇んでいたエイミーが、冷ややかに言い放つ。
「了解だ。……道を開けるから、耳を塞いでな」
大介が一歩、前へ出た。
周囲の探索者が「素人が死にに来たか」と息を呑む中、大介は漆黒の甲冑『剛力甲・不動』を纏った拳を低く構えた。
大介の狙いは、個体への撃破ではない。圧倒的な「質量」と「衝撃」による、空間の制圧だ。
「——『不動・震転』」
大介の拳が最前列のビートルに触れた瞬間、ナックルに埋め込まれた重力魔石が紫光を放った。
ズドォォォォォン!!
爆音と共に、一撃で物理法則を無視した衝撃波が前方に放射される。
十数匹のビートルが粉砕されると同時に、後続の群れまでが巨大な圧力によって紙屑のように左右へと弾き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
リディアならこれで一撃なんだがなとダメージがないのを不満そうな大介とは反転、驚く面々
「な、なんだと……!? 拳一つで、あの群れを押し戻しただと……!?」
驚愕に目を見開く加賀たちを余所目に、エイミーが『世界樹の枝杖』を静かに掲げた。
大介が作った「道」により、群れの密集地帯が完全に露出している。
「掃討します。……『極光の雨』」
詠唱すら感じさせない速度。杖の先端から放たれたのは、細く鋭い数千本の光の矢だった。
大介によって体勢を崩し、無防備に晒されたビートルたちを、光矢が正確に射抜いていく。
物理耐性を誇る外殻など、エイミーの魔力の前では紙屑も同然だった。
わずか数秒。
洞窟を埋め尽くしていた羽音は消え、静寂が戻った。残ったのは、消滅していく残骸と、呆然と立ち尽くす「プロ」たちの姿だけだった。
「……これが、リディアトレードのやり方です。氷室さん、少しは私たちの価値を理解していただけたかしら?」
エイミーは背後の氷室へと勝ち誇ったような視線を向けた。
氷室は、震える手で眼鏡を直すのが精一杯だった。
彼女の計算を遥かに超えた、前衛による空間掌握と後衛による殲滅——「究極の二人組」がそこにいた。
「……化け物か、あんたたちは」
加賀の呟きが大空洞に虚しく響く。
リディアトレードによるダンジョン調査は、もはや一方的なデモンストレーションへと変貌していた。




