第161話:譲れない一線
氷室は眼鏡のブリッジを指先で押し上げ、沈黙を守りました。
高級料亭の静寂が、より一層重く感じられる。
彼女の背後に控える男たちが、わずかに殺気立ったのを大介は肌で感じていた。
「……なるほど。政府を『ただの顧客』扱いにする、と。エイミーさまは随分と大胆なことを仰る」
氷室の視線が、大介(中身はエイミー)に向けられます。
「いいえ、氷室さん。それは違います」
大介(中身はエイミー)が、重厚な声で静かに、けれど毅然と答えました。
「私たちは、日本を支配したいわけでも、法を無視したいわけでもありません。ただ、異世界の技術や資源は、扱いを間違えればこの世界のバランスを容易に壊してしまう。だからこそ、その『鍵』は、中身を最も理解している私たちが握り続けなければならないんです。これは独占ではなく、責任の問題ですよ」
その言葉には、元社会人としての交渉力と、世界を超えてエイミーと共に歩む決意が込められていました。
「それに私たちが取引するのは、地球である必要はありませんから。条件が悪ければ他の世界と交渉するだけです」
こればブラフだ。リディアと繋がってるのは日本だけだが、政府関係者から見たら強く出れないだろう。
氷室はしばらく二人を凝視していましたが、やがてふっと肩の力を抜きました。
「……ふふ。一本取られましたわね。交渉の席でこれほどまでに気圧されたのは、いつ以来かしら」
彼女は手元の書類を鞄にしまい、柔らかな、けれど探るような微笑を浮かべました。
「分かりました。供給の決定権はリディアトレードに一任する。その代わり、政府への優先供給権は必ず守っていただく。この条件で、上層部を説得してみましょう」
「賢明な判断ですね」
エイミー(中身は大介)が満足げに頷きました。
「ただし、条件があります。……戸田代表。貴方たちの実力を、今一度『現場』で見せていただきたいのです。自衛できる力がないなら護衛は必要になりますから」
「現場?」
大介が眉を潜めると、氷室は一枚の写真を取り出しました。
そこには、近年稀に見る異常な魔力反応を示している未踏破のダンジョン入り口が写っていました。
「近々、防衛省と合同で大規模な調査を予定しています。
そこに、リディアトレードも『オブザーバー』として同行していただきたい。貴方たちが本当にこの世界の秩序を守るパートナーに相応しいか、その目で確かめさせてもらいます」
それは、単なる調査依頼ではなく、政府による「最終試験」でもありました。
「いいでしょう。私たちの力が、口先だけではないことを証明してあげます」
エイミー(中身は大介)が不敵に微笑みます。
国家との契約、そして新たな戦場。二人のビジネスは、もはや後戻りのできない領域へと踏み出そうとしていました。




