第137話:新宿ダンジョン14層、異界の検証
新宿ダンジョンのギルド受付カウンター。受付嬢の北川は、書類を整理しながら、いつもやってくる「銀髪の女性探索者」の姿を見つけて声をかけようとした。
いつもなら、彼女はぶっきらぼうに「14層の許可を」と言い、無造作にサインをする。
態度は大きいが、どこか体育会系の無骨さが漂う……北川にとって彼女は、少し変わった金になる魔女だった。
だが今日、カウンターの前に立った彼女から放たれる空気は、北川の知るそれとは根本から異なっていた。
「……14層への立ち入りを。手続きをお願いしま、じゃなかった。手続きを済ませなさい」
「えっ……?」
北川は思わずペンを止めた。耳に届いたのは、これまでのような低い唸るような声ではなく、鈴を転がすような、しかし氷のように冷たく響く、完成された貴婦人のような声。
そして何より、その眼差しだ。いつもなら面倒そうに視線を逸らしていたはずの彼女が、今はどこかキョロキョロしている。
(……え? 同じ、人よね? 背格好も、あの見事な銀髪も同じなのに……この雰囲気は何?)
北川は震える手で書類を差し出した。
「あ、あの……エイミーさんですよね?」
「え、そ、そうです。私がエイミーですよ」
彼女は、これまでの大介(中身)がしていたような雑なサインではなく、見たこともないほど流麗で複雑な紋章のようなサインを記すと、一瞥もくれずにゲートへと歩き出した。
「……別人……。中身が、丸ごと入れ替わったみたい……」
北川はその背中を見送りながら、拭いきれない戦慄に震えていた。
ダンジョン14層。そこには、蹂躙という言葉すら生温い光景が広がっていた。
「……やっぱり、この世界の魔物はずいぶん違いますね。魔法抵抗が極端に弱い気がします」
エイミーの周囲には、原型を留めない魔物の残骸が転がっていた。
大介が「魔法空手」として真似事をしてきた魔法技術の、これこそがオリジナルの完成形。
本家本元である彼女が、自身の精神で魔法を紡ぐ今、その出力は大介のそれとは比較にならないほど洗練され、そして凶悪だった。
前方から、14層の難敵である『アイアン・ゴーレム』が地響きを立てて迫る。
しかし、エイミーは回避の動作すら見せず、ただ杖の先を優雅に突き出した。
「さようなら」
ギュリリィッ!!
耳を劈く金属音が響いた瞬間、物理耐性を誇るはずのゴーレムの巨躯は、中心核から螺旋状に削られ、一瞬で背後まで貫通された。
魔法耐性のない地球の魔物にとって、本物の魔女が放つ魔法は「存在そのものを否定する」劇薬に等しい。
「……大介さんは、これしきの相手に苦戦してたんですか? 魔法に関してはまだまだ私が活躍できそうですね」
一体、また一体と、14層を支配する魔物たちが、エイミーが歩く道筋に沿って塵へと変えられていく。
大介の「打撃」の重みはなく、そこにあるのは、上位者が下位の生命を事務的に処理していくような、圧倒的な格の違い。
銀髪を冷やかになびかせ、エイミーはさらに奥へと踏み込む。
その足取りは、最強の魔女としての実力を改めて誇示するかのように、かつてないほど苛烈だった。




