第114話:一瞬の永遠、一生の選択
老化魔法の効力が解け始め、空間が淡く明滅しています。
大介の髪からは白さが抜け、深く刻まれた皺がゆっくりと消えていきました。
枯れ木のようだった指先が、再びエイミーの知っている逞しく分厚い手へと戻っていきます。
しかし、元の姿に戻っても、二人の間に漂う空気は以前と同じではありませんでした。
「……エイミー。現実を見せずに、ただ『一緒にいよう』なんて言うのは、俺には卑怯に思えたんだ」
大介は、元に戻った自分の拳を静かに見つめました。
「お前の二百年という長い人生の中で、俺という人間が存在できるのは、ほんの一瞬に過ぎない。俺がじいさんになって動けなくなっても、お前はまだ、今と変わらない姿で未来を歩き続ける。……それでも、俺はお前といたい。お前の隣で、俺の短い一生を全部使い切りたいと思ってる」
エイミーは、涙で濡れた瞳を大きく見開きました。
「君の二百年の記憶すべてに、俺が残らなくてもいい。……でも、俺の人生には、君が必要なんだ」
その言葉は、どんな魔法の呪文よりも重く、エイミーの胸の奥深くに突き刺さりました。
大介の言いたいことは痛いほど分かります。
彼は、自分が先にいなくなる未来を、彼女が独りで生きていく残酷さを、あえて全てさらけ出した上で「それでも」と願ったのです。
エイミーは、溢れ出す涙を拭おうともせず、大介の胸板をその小さな拳で弱々しく叩きました。
「……ずるいです。そんな、格好いいことばかり言って」
彼女は顔を上げ、大介の瞳を真っ直ぐに見つめ返しました。
そこにはもう、未来を恐れて震えていた少女の姿はありませんでした。
「大介さんがいなくなる未来より、大介さんがいない“今”の方が、私には耐えられないんです。二百年後の寂しさなんて、今のこの想いに比べたら、魔法の火花みたいなものです」
エイミーは一歩踏み出し、今度は自分から大介の腰に腕を回して、その逞しい体に縋り付きました。
「私の人生に、あなたを刻ませてください。一瞬でも、一秒でも構いません。あなたが私の隣で笑ってくれるなら、その後の百年を一人で泣くことになったって……私は後悔なんてしませんから!」
「……エイミー」
「……だから、勝手に一人で結論を出さないでください。私の二百年も、あなたの人生も、全部二人で使い切るんです。……いいですね?」
大介は、覚悟を決めたような彼女の強さに圧倒され、やがて困ったように、けれどこの上なく愛おしそうに笑いました。
「……ああ。わかったよ。お前の負けず嫌いには、寿命の差も関係ないみたいだな」
大介の大きな手が、エイミーの背中を優しく、そして力強く抱き寄せました。
老化ダンジョンの冷たい廊下で、二人は初めて、時間の壁を越えた本当の絆を結んだのでした。




