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第113話:刻まれた時間、変わらぬ純白


八王子ダンジョン、通称「老化ダンジョン」。 その最深部へと続く一本道で、二人の前にそれは現れました。


陽炎のようにゆらめく実体のない魔物。


それが放ったのは、攻撃ではなく、対象の肉体時間を強制的に数十年先へと加速させる「老化魔法」でした。


「大介さん……っ!?」


エイミーが叫んだ瞬間、光の奔流が二人を包み込みました。


やがて光が収まり、エイミーが隣を振り返った時。


彼女の瞳は驚愕に大きく見開かれ、持っていた魔導杖がカランと乾いた音を立てて床に転がりました。


そこにいたのは、さっきまでの大介ではありませんでした。


逞しかった黒髪には白いものが混じり、目尻には深い皺が刻まれています。


分厚かった胸板や腕の筋肉は、年月という重みに削ぎ落とされ、枯れ木のような、けれどどこか峻烈な空気を纏った「一人の老人」が立っていました。


対して、エイミーの姿には一変の曇りもありません。


四十年という歳月を駆け抜けたはずのその肌は、白磁のように滑らかで、銀色の髪も若々しい光沢を放ったまま。


残酷なほどに、彼女だけが「今」に取り残されていました。


「……あはは。こりゃあ、腰に来るな。鏡がなくて助かったよ」


老いた姿となった大介は、掠れた声で茶化すように笑いました。


しかし、エイミーの顔からは血の気が引き、その瞳からは大粒の涙が溢れ出しました。


「どうして……どうしてこんな残酷なことをするんですか!」


エイミーは、震える手で大介の……以前よりずっと細くなってしまったその肩を掴み、激しく揺さぶりました。


「こんな姿、見たくなかった! 魔法を避けることだってできたはずなのに、どうしてわざと受けたんですか!? これがあなたの見せたかった未来だと言うなら、あんまりです!」


「エイミー、落ち着け。……この魔法はな、しばらくすれば解けて元の姿に戻る。それは分かってるんだ」


大介は、震える彼女の手を、節くれ立った大きな手で優しく包み込みました。


体は衰えても、その手の温もりと、真っ直ぐに自分を射抜く瞳の光だけは、あの日と何も変わっていませんでした。


「でもな、これはただの幻じゃない。いつか必ずやってくる『俺の現実』だ。お前にとっての『一瞬』が、俺にとっては『一生』なんだよ。俺を信じると決めたお前に、俺が老いて朽ちていく姿を隠したまま笑いかけるのは、俺にはできなかった。……現実を見せずに夢だけ語るのは、卑怯だろ?」


「……っ、そんなの……勝手すぎます……!」


エイミーは大介の胸に顔を埋め、子供のように声を上げて泣きました。


「いいか、エイミー。『俺が老いるのは、お前と同じ時間を全力で駆け抜けた証だ。』……この皺の一本一本も、この白い髪も、全部お前と一緒に笑って、お前を守り抜いた後の姿だと思えば、そう悪い未来じゃないだろ?」


魔法がいずれ解けると分かっていても、突きつけられた時間の断絶はあまりに重く。


老いた大介の穏やかな微笑みが、かえってエイミーの胸を、鋭い刃のように刺し貫いていました。

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