第112話:エイミーの恐怖と、現実
大介は椅子に深く腰掛け、向かいに座るエイミーを見つめていました。
彼女は、絞り出すような声で、これまで心の奥底に沈めていた「毒」のような感情を話し始めました。
「大介さん……私は、あなたが怖かった。いいえ、あなたを失う未来が、耐えられないほど怖かったんです」
エイミーの指先が、膝の上で白くなるほど強く握りしめられます。
「私たちエルフの時間は、人族のあなたよりもずっと長く、ゆったりと流れています。私が成人を迎える頃、あなたはもう……この世界にはいないかもしれない。あのアパートで、遊園地で、あんなに笑い合ったのに……。いつか私が一人きりで取り残されて、あなたの体温も、その分厚い腕の強さも、全部思い出せなくなってしまう日が来る。そう思うと、もう一歩も前に進めなくなってしまったんです」
一気に語り終えた彼女は、まるで宣告を待つ罪人のように項垂れました。
狭い部屋に、エイミーの小さなすすり泣きだけが響きます。
大介は、否定も肯定もせず、ただ静かに彼女の言葉を最後まで聞き届けました。
そして、ふぅと短く息を吐くと、意外なほど穏やかな声で応じました。
「……そうだな。お前の言う通りだ」
エイミーが驚いて顔を上げると、大介は窓の外、遠くの街明かりを眺めていました。
「俺たちの時間は、確かに噛み合ってねえ。俺がじいさんになっても、お前は今のまま綺麗なんだろうな。……でもな、エイミー。ただ怖がって立ち止まってても、何も解決しねえぞ。将来のことを想像して怯えるなら、まずはその『現実』ってやつを、二人でしっかり見てから考えた方がいい」
「現実を……見る?」
大介は立ち上がり、棚から古びた探索資料を取り出しました。
そこには、八王子に突如出現した特殊なダンジョン、通称「老化ダンジョン」の記録が記されていました。
「八王子の外れに、変なダンジョンがある。そこは『時の廊下』って呼ばれててな。入る者の時間を歪ませ、擬似的に数十年後の姿を見せるトラップがあるらしい。……お前が恐れている『未来の俺』がどんな姿か、一度その目で見てみるか?」
エイミーは息を呑みました。魔法使いとしての直感が、それは危険な賭けだと告げています。
しかし、大介の瞳には、一切の迷いがありませんでした。
「お前が俺の死を恐れるのは、俺への信頼があるからだろ。だったら、その信頼を信じてついてこい。お前の不安を、そこでぶち抜いてやるよ」
大介は、戸惑う彼女に力強く手を差し伸べました。
「明日、八王子へ行くぞ。準備しておけ」
エイミーはその大きな掌を見つめ、震える手をそっと重ねました。
自分たちを待ち受ける残酷な時間の悪戯を、まだ彼女は知る由もありませんでした。




