表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

117/155

第108話:沈黙の連鎖


夕食の後、重苦しい空気が漂う廊下を歩いていると、背後から衣擦れの音が聞こえました。


振り返ると、そこには影のようにひっそりと立つ母・マーガレットの姿がありました。


「エイミー……ごめんなさいね。お父様に逆らえなくて。お前が帰ってきたというのに、あんな言い方しかできなくて……」


母の言葉は震えていました。けれど、その手はエイミーの肩に触れることさえできず、ただ力なく空を切ります。


その瞳に宿っているのは、娘を想う慈愛よりも、自身の無力さに打ちひしがれた絶望でした。


「お母様……いいんです。わかっていますから」


エイミーは努めて冷静に答えましたが、胸の奥では冷たい風が吹き荒れていました。


母はエイミーの味方でありたいと願っている。


けれど、この家という檻の中で、母自身もまた、声を出すことさえ許されない囚人なのです。


ここには自分を助けてくれる力も、共に戦ってくれる言葉も、何一つとして存在しません。


「……エイミー。もう夜も深いですし、今日はお前の部屋で休みましょう? 明日になれば、お父様も少しは落ち着いて――」


「いえ、お母様。私、やっぱりここに居てはいけない気がします」


エイミーは、母が差し出そうとした言葉を遮るように首を振りました。この家に留まれば、待っているのはアルフレッドとの政略結婚という名の「緩やかな死」です。


大介との未来を失うのが怖くて逃げてきたはずなのに、ここにあるのは、それ以上に恐ろしい「心が死んだまま生き続ける日常」でした。


(私は、何を期待してここに来たのかな……)


自嘲気味な思いが込み上げます。


かつての「居場所」であったはずの屋敷は、今やエイミーにとって、呼吸をすることさえ苦しい異物でしかありませんでした。


「お母様、私……行かなくてはいけない場所があります。いえ、まだどこへ行けばいいのかは分かりませんが、ここには居られません」


「……そう。そうね……」


母は悲しげに目を伏せ、それ以上引き止めることはしませんでした。


エイミーは夜の帳が降りた屋敷を、誰にも見つからないように抜け出しました。


けれど、今すぐ大介の待つアパートへ戻る勇気は、まだ持てていません。


彼の命の短さを想うと、どうしても足が竦んでしまうのです。


「……セレナ」


今の自分を受け止めてくれるのは、同じ時間を生き、同じ悩みを分かち合える親友しかいない。


エイミーは闇に紛れながら、数少ない理解者であるセレナの家へと、縋るような思いで足を速めました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ