107話 凍てついた食卓:断絶の晩餐
カトラリーが皿に当たる硬質な音だけが、不気味なほど静かな大広間に響いていました。
かつては「戦士の名門」として名を馳せたレイン家の食卓。
しかし、今そこにあるのは、没落の影を虚飾で塗り固めたような、冷え切った空気だけです。
「……それで。冒険者ごっことやらは、もう飽きたのか」
沈黙を破ったのは、上座に座る父・ロバートの低く、地を這うような声でした。
彼はエイミーを一瞥もせず、硬いパンを機械的に千切りながら言葉を続けます。
「お前が家を飛び出したせいで、アルフレッド殿への申し開きにどれだけ苦労したと思っている。女の浅知恵で家名を汚した挙句、食い詰めて戻ってくるとは……救いようのない落ちこぼれだ」
「父上、そう仰らないでください。エイミーもようやく、女一人の限界を悟ったのでしょう。外の泥水をすすって、自分の無力さを知るのも良い経験です」
長兄・エドワードが、優雅にワインを口にしながら微笑みました。
その目は慈悲深い兄のふりをして、徹底的に「庇護されるべき無能な妹」を見下しています。
「ふん、魔力も底をついたか。家を立て直すための『道具』としての価値すら、今のこいつにあるのかどうか」
次兄・ヴァルディスが鼻で笑い、ナイフで肉を乱暴に切り裂きました。
家族の誰一人として、エイミーがこの数ヶ月、どんな思いで生き、どんな奇跡のような出会いをしたかに興味を持つ者はいません。
彼らにとってエイミーは、レイン家というチェス盤の上の、動かなくなった駒に過ぎませんでした。
エイミーは、目の前のスープを見つめたまま、スプーンを握る手に力を込めました。
(……冷たい。スープも、この人たちの視線も)
母・マーガレットは、夫の顔色を伺いながら、震える手で何度も口元を拭っています。
娘と目を合わせることさえできず、ただ沈黙という盾に隠れて、この凍てついた時間をやり過ごそうとしていました。
「……明日、ヴァンハイム家に使いを出す。アルフレッド殿に謝罪し、改めて婚約の儀を進める。……いいな、エイミー。二度目の逃亡は許さん」
ロバートの冷酷な宣言。それがエイミーに、重い鉄格子の音のように聞こえました。
エイミーは、ふと大介のことを思い出しました。
あのアパートの食卓は、いつも騒がしく、大介が「これ美味いぞ!」と笑いながら、デリカシーもなく大盛りのおかずを勧めてくれる場所でした。
ボロい椅子で、百円ショップのマグカップだったけれど、そこには確かに、心の芯まで温まる「熱」があった。
(私……どうしてここへ戻ってきてしまったんだろう)
一口も喉を通らない夕食を前に、エイミーは自身の選択を呪いました。
寿命の差による「いつか来る別れ」を恐れて、今この瞬間、自分を「全肯定」してくれた熱を捨て、この永遠に凍りついた墓場のような場所へ逃げ込もうとした自分の愚かさに。
「……ごちそうさまでした。気分が悪いので、失礼します」
エイミーは震える声でそれだけ言うと、逃げるように席を立ちました。
背後で「礼儀のなっていない女だ」と吐き捨てる父の声を聞きながら、彼女は暗い廊下へと駆け出しました。




