101話:黄昏の魔法、溶けない約束
日が傾き始め、園内が暖かなイルミネーションで彩られる頃。
二人は、約束していた「ネズミの耳」のカチューシャを装着して、広場に面したベンチに座っていました。
「……結局、大介さんも着けましたね。そのネズミ。あんまり腕が太いから、なんだかネズミの皮を被った大きなクマに見えます」
「うるせえ。お前が着けないなら「寝癖が直らなくなる魔法」をかけるって脅したんだろ。……まあ、案外悪くないな。これでお揃いか」
エイミーは手にした綿あめを小さくちぎって口に運ぶと、幸せそうに目を細めました。
口の中でふわっと消える甘さに、彼女の表情も自然と緩んでいきます。
「甘い……。魔法で出すお菓子とは、全然違います。形は消えてしまうけれど、心に残る味です」
エイミーはふと、隣で夕焼けを見つめる大介の横顔を盗み見ました。
オレンジ色の光が、彼の逞しい肩や分厚い胸板を縁取っています。
新宿ダンジョンの幻影で見せられた、あの冷たくて暗い過去。
でも今、彼女の隣には、その過去ごと自分を「全肯定」してくれる頼もしい相棒がいます。
今日一日、彼の腕に触れ、その熱を感じるたびに、胸の奥に溜まっていた「寂しさ」という名の澱が消えていくのを感じていました。
「ねえ、大介さん。私、今日ようやく分かりました。私を閉じ込めていたのは、お父様でも兄様でもなくて、自分自身の『どうせ無理だ』という諦めだったのかもしれません」
「……そうか」
「はい。だって、こんなに世界は広いんですもの。こんなに楽しいことがたくさんあって……それを教えてくれた大介さんが、私の『隣』にいてくれる。それだけで、私はもう、どんな敵が来ても……」
そこまで言いかけて、エイミーは言葉を止めました。
高鳴る鼓動が、喉の奥までせり上がってきます。
今なら、この温かな空気の中なら、ずっと胸に秘めていた言葉を口にできるような気がしました。
「私、大介さんのことが――」
大介が、不思議そうにこちらを振り向きます。
その真っ直ぐな視線に射抜かれた瞬間、エイミーの顔は火を吹くほど熱くなりました。
(……待って、今のはダメ! まだ心の準備が、それに魔法使いとしての矜持が!)
「――大介さんのことが、その……さっきの『お化け屋敷』の時だけは、ほんの少しだけ、騎士みたいに見えたって言おうとしたんです! 勘違いしないでくださいね!」
「なんだよ、それ。随分と限定的な評価だな」
大介は拍子抜けしたように笑い、彼女の銀髪を大きな手でわしゃわしゃとかき混ぜました。
その仕草に、大介自身もまた、心臓の音がうるさくなっているのを必死に隠していました。
「……次は、もっと凄いところに連れてってやるよ。そのためには、まずは俺たちの拠点を、もっと誰も手出しできないくらい完璧にしないとな」
「ええ! 楽しみです。でも次は、午前六時に起こすのはやめてあげます。……六時半くらいにしておきますね」
「三十分しか増えてねえじゃねえか!」
二人の笑い声が、閉園間際の遊園地に溶けていきました。
ネズミの耳を揺らしながら歩く二人の後ろ姿は、どんな魔法よりも輝いて見えました。




