第99話:鉄の蛇と、不意打ちの鼓動
満員電車の凄まじい圧迫に「人族の押し潰し刑ですか、これは……」と白目を剥いていたエイミーでしたが、ゲートをくぐった瞬間にその疲れは霧散しました。
目の前に広がる極彩色のパレード、甘いキャラメルの香り、そして空を突くような絶叫マシンの咆哮。
「大介さん、見てください! あの空飛ぶ象……! あれは風属性の付与魔法による浮遊ですか? それとも未知の召喚獣?」
「あれはただの機械だ。ほら、まずはあっち。お前が一番楽しみにしてたジェットコースターだぞ」
大介が指差した先には、巨大な鉄のレールが複雑に絡み合う「魔物」が鎮座していました。猛スピードで駆け抜ける車両が放つ轟音に、エイミーは思わず足を止め、喉を鳴らして後ずさりします。
「……ほう。あの人たち、あんなに叫んで……きっと強力な精神汚染を受けています。大介さん、私の後ろにいなさい。私が障壁を……」
「いや、みんな金払って楽しんでるんだよ。ほら、行くぞ。魔法は絶対禁止だぞ、いいな?」
いざ座席に深く腰掛け、ガチリと重厚な安全バーが下りると、エイミーの余裕は一気にどこかへ消え去りました。
隣に座る大介の、丸太のような太い腕を、彼女の細い指先がぎゅっと掴みます。
「だ、大介さん。やはりこれ、構造に問題がありませんか? 私の魔力で、せめて座席の強度を底上げしておいた方が……」
「余計なことすんなって。……お、始まるぞ」
カチ、カチ、カチ……と、不気味なほど一定の音を立てながら車両が上昇していきます。
視界が高くなるにつれ、エイミーの呼吸も浅くなっていきました。
「大介さん、私……」
不安に揺れるエイミーが横を向いたとき、ふと、隣で前をじっと見据える大介の横顔が目に入りました。
揺らぐことのない、分厚い壁のような安心感。
いつも自分を「全肯定」してくれるその存在が、こんなにも近くにいる。
(……不思議。あんなに怖いのに、この人の隣にいるだけで、逃げ出したくないって思ってしまうなんて)
これまで魔導書だけが唯一の友だった彼女の胸の奥で、経験したことのない熱い感覚が小さく跳ねました。
一方で、大介もまた、腕に伝わる微かな震えに意識を割かれていました。
いつもは魔法を振り回して笑う彼女が、今は小さな子供のように自分を頼っている。
その頼りなげな体温が、厚い胸板の奥にある心臓を、不自然なほど激しく叩きました。
(……ああ、そうか。俺がこのアパートを買い取ったのは、ただの拠点確保じゃなかったんだ)
新宿の深層で見た、彼女の悲しい過去。
あんな思いはもう、二度とさせたくない。この小さくて、けれど誰よりも気高い魔法使いを、俺のこの腕で、この『城』で、一生守り抜きたい。
それは、パートナーとしての義務感をとうに超えた、剥き出しの「恋」という名の決意でした。
「大丈夫だ、エイミー。俺がついてる」
大介が短くそう告げた瞬間、車両が頂上で一瞬だけ止まり――世界は真っ逆さまに落下しました。
「ひゃあああああああ!? 重力が! 重力が家出していますよおおお!!」
「わっはは! ほら、目を開けろエイミー! 最高だぞ!」
重力に翻弄される狂騒の中、大介は力強く、彼女の小さな手を握り返しました。
絶叫の中で繋がった手のひらから伝わる熱が、どんな強力な防護魔法よりも、今の二人を強く結びつけていました。
地上に戻った時、エイミーの銀髪はボサボサでしたが、その頬は夕焼けを先取りしたように赤く染まっていました。
大介もまた、照れ隠しに首の後ろをさすりながら、彼女から目を逸らすのに必死でした。




