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第93話:魔境の「半裸聖者」と、ガザルの困惑


 新宿で大介(中身:エイミー)が不動産王への第一歩を踏み出していた頃、リディア側ではエイミー(中身:大介)が、これ以上ないほど充実した「筋肉生活」を謳歌していました。


 まずは、ルナリス商会への定期納入です。  


大介の肉体になったエイミーは、新宿から持ち込んだ最新の魔導具や嗜好品が入った巨大な木箱を、まるで羽毛のように肩に担いで店内に踏み込みました。  


さすがに街中や店内で裸というわけにはいかないため、大介は不本意ながらもシャツを羽織っています。


「ガザルさん、納入に来たぜ!」


「おお、大介さん! お待ちしておりましたぞ。……しかし、今日も相変わらず、その、服がはち切れんばかりですな」


 ガザルは引きつった笑いで大介(中身:エイミー)を迎えました。


大介と面識があるガザルにとって、目の前の「大介」はあくまで豪快な冒険者。


しかし、最近の大介からは、以前にも増して「筋肉への異常な執着」と、隠しきれない「お嬢様のような気品ある仕草」が混ざり合い、ガザルを混乱させていました。


「修行の合間に来たからな。胸筋のパンプアップが止まらないんだ。……それより、今回の売り上げはいつも通り口座にしっかり入れておいてくれよ」


「は、はい。承知しました。……しかし大介さん、あまり魔境で目立ちすぎないように。最近、冒険者の間で変な噂が流れてますぞ?」


「噂? ……まあいい、次はスクワットのセットが残ってるんだ。じゃあな!」


 ガザルの忠告を背中で聞き流し、大介(エイミー体)は街を出るなりシャツを脱ぎ捨て、さっそうと魔境の深部へと消えていきました。


リディアの冒険者たちが「一歩間違えれば死」と恐れる魔境。


その中心部で、大介は独自の修行に励んでいました。


「ふんっ! ぬんっ! ……やっぱりこの体の『筋肉バルク』は最高だ……! 私の体だとこうはいかないからな!」


 大介(中身:エイミー)は、巨大な岩竜ロック・ドラゴンが近くを通りかかるのも構わず、滝に打たれながら片手懸垂を繰り返していました。


もちろん、上半身は完全な裸。滴る汗が、大介の逞しい大胸筋の上を滑り落ちます。


 実はこの時、周囲の茂みには多くの「観客」が隠れていました。


「おい、見たか……。あの『半裸の聖者』、また岩竜を無視してデッドリフト始めてるぞ」


「昨日なんて、襲いかかってきたフォレストウルフを『フォームが乱れるから邪魔するな』って片手で投げ飛ばしてたらしいぜ……」


 リディアの冒険者たちの間で、大介は今や**『魔境の歩く彫刻』あるいは『服を忘れた破壊神』**として神格化されつつあったのです。


そんな中、薬草採取の依頼で魔境に入り込んでいたリリーは、偶然にもその「彫刻」を至近距離で目撃してしまいました。


「……っ!?」


 木々の隙間から見えたのは、陽光を反射して黄金色に輝く大介の背筋でした。


 広背筋がまるで鬼の顔のように蠢き、一呼吸ごとに逞しい上腕二頭筋が脈動する。


リリーは思わず息を呑み、赤面しながらも、その洗練された肉体の機能美にしばし見惚れてしまいました。

(な、なんて綺麗な筋肉……。まるで一流の芸術品を見ているみたい……)


 しかし、我に返ったリリーは慌てて茂みから飛び出しました。


「ちょっとダイスケ! こんな危険な魔境のど真ん中で、一体何やってるのよ!?」


 いきなりの闖入者に、大介(中身:エイミー)はトレーニングの手を止め、ゆっくりと振り向きました。バキバキに割れた腹筋を惜しげもなくさらしながら、彼は至って真面目な顔で答えます。


「何って……見て分からないか? 筋肉と対話はなしているんだ」


「対話……!? 筋肉と!?」


「ああ。さっきから広背筋が『もっと追い込め』と囁いてきてな。……おっと、今は大胸筋が語りかけてきた。……いいぞ、その調子だ、俺のバルク……」


 大介(エイミー体)はリリーのことなどそっちのけで、再び自分の大胸筋をピクピクと動かし、うっとりと見つめ始めました。 


「…………」 


 リリーは、憧れの眼差しから一転、深い同情を込めた「変なものを見る目」へと切り替えました。


「……分かったわ。ダイスケ、あまり無理はしないでね。……心の病も、時には休息が必要よ?」


「病? 何の話だ?」


 不思議そうに首を傾げる大介(中身:エイミー)を背に、リリーは「危険なのは魔物じゃなくて、彼の頭ね……」と呟きながら、足早に去っていくのでした。

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