ep2.ゼノフォビア
次元の激流を突き抜けた先に現れたのは、一面の紺碧の海に浮かぶ、巨大な孤島だった。
全天周囲モニターが映し出すその光景は、一見すれば幻想的な美しさに満ちている。島全体が緩やかな山状になっており、斜面にはモン・サン・ミシェルを思わせる白亜の街並みが段々畑のように幾重にも重なっている。
そしてその頂上、島の中央には巨大なドーム状の集会場が鎮座し、街を見下ろしていた。
「周りにこの島しか人が住んでいる大きな島はなさそうね」
フィーリアが周りのスキャン結果を皆に伝えた。
「周りの海には小島はあるけど、特に何もなさそうね」
セリアがモニターを操作しながら、状況を報告する。
「……綺麗なところね。勇者がいなくても大丈夫そうな雰囲気だわ」
ミリィが拍子抜けしたように呟く。ミリィが一番、勇者の修行の地で修行したこともあり、勇者という言葉には彼女にとって特別な意味がある。確かに、窓の外に広がるのは穏やかな陽光に包まれた平和な都市の姿だ。黒い雲に覆われていたり、魔物が多くいて困ってるような感じは全くない。だが、俺は言い知れぬ違和感を拭えなかった。
「バベルの塔のあった島を思い出すアル」
リンが、ポツリと独り言のように漏らした。
「それにしても悪雲一つないな。……とりあえず降りてみるか。全員、念のため警戒を怠るなよ。この船は共有のアイテムボックスに収納しておく」
全員が隠蔽された船の外に一斉に飛びだし、アストラルブレイカーをフィーリアが作った腕のリングのアイテムボックスの共有ストレージに保存する。俺のアイテムボックスもあるが、そこに入れると俺しか取り出せなくなる。念のため、共有ストレージに保存した。現時点で、武器をアクセサリーへと変形させ、それぞれ体に装備している。
「――フルオーラ!」
「それと、――飛行術!」
勇者に言われ、詠唱はいらないのだが、仲間の連携に仲間達しか知らない技名を言うと連携が組みやすいということを聞いて、わざわざ技名を伝える。全員に全ての強化魔法をかけ、飛行術により、空中を自由に飛べるようにした。
俺達は街の活気の中へと風圧に気を付けながら高速の落下と、その勢いを殺す程度の反発する力をかけ、島に上陸した。
潮の香りと、焼きたてのパンの匂い。行き交う人々は穏やかな笑みを浮かべ、平和を謳歌しているように見える。だが、その市場の一角を通りかかった時だった。
「お兄さんたち、見慣れない顔だね! 旅の人かい?」
恰幅の良い商人が、揉み手しながら呼び止めてきた。露店には、この国独特の意匠が施された銀細工や、見たこともない果実が並んでいる。
「ああ、まあな。……少し立ち寄らせてもらった。この国の換金所はあるか? 俺達は商人であり、冒険者でもあるんだ。この国のお金と物を交換してこの国でのある程度の生活費を得たいんだが……それか、冒険者ギルドとかあると助かるんだが、魔物討伐とかそういう依頼が集まるところとかはあったりしないか?」
「それならとりあえず、これを見ていきな! 純銀のチャームさ。これを持ってれば、神の加護が得られるって評判でね。サービスだ持ってきな!」
「変わったアクセサリーね?」
フィーリアが差し出されたものに興味を示したその時。
背後の広場が、一瞬にして静まり返った。
人々の視線が一点に集まる。そこには、灰色の質素なドレスを纏い、力なく歩く一人の女性の姿があった。彼女は周囲の喧騒を拒絶するように視線を落とし、胸元のペンダントを固く握りしめている。
「……あ、リリア様じゃ……」
先ほどまで陽気に笑っていた商人が、声を潜めて呟いた。その瞳には、慈しみと、それ以上に深い恐怖が混じっている。
「……ねえ、貴方。聞こえる? 今日もこの街は、こんなに白くて、こんなに優しさに満ちているわ。……みんな、私が可哀想だって泣いてくれるの。私の痛みを、自分のことみたいに苦しんでくれるのよ。嬉しいわね。私がこれほどまでに傷ついているから、世界はこんなに私を愛してくれる……」
「リリア? あの女性がそうなのか?」
俺が問いかけると、商人は声を震わせながらうなづいた。
「ああ……かわいそうに。リリア様は、最愛の人をこの国の儀式で亡くされたんだ。……『浄化』という名の儀式でね。今はああして、魂が抜けたように街を彷徨っているのさ。本当に可哀想な子だよ」
商人の言葉に、俺達は顔を見合わせた。リリアという女性の周囲だけ、空気が凍りついたように重い。
「……最愛の人を失った、か。それだけであんなに怯えた目になるもんかね」
俺がリリアの背中を見つめていると、ミーナが俺の袖をそっと引いた。
「創夜様……あの女性の周りに漂う気配、ただの悲しみではありませんわ」
「まだよくはわからないが、他人がどうこう言うことを真に受けるのは好きじゃないんだ。俺は実際にできるだけ会話して俺自身で会話した内容から判断したいな」
おばちゃんが溜息をつきながら、遠ざかる灰色の背中を見つめた。リリアは俺たちの視線に気づく様子もなく、何かに導かれるように、街のさらに下層へとふらふらと下り始めた。その手は、胸元のペンダントを壊さんばかりに強く握りしめられている。
「……悲しそうな背中アル。歩いているのに、心だけ別の場所に置いてきたみたいアル。……どうにかしてあげたいネ。だけど、他人の悲しみは何かで簡単に補えるものじゃないアル……」
リンが眉を下げ、慈しむような、けれど現実を見据えた静かな口調で呟いた。彼女の持つ芯の強さが、その言葉に重みを与えている。
「……そうだな。恐らく、今の彼女を解放できるのは時間だけだろうな」
俺はリリアの姿が角を曲がって見えなくなるまで視線を外さなかった。リリア、か。おばちゃんが言った『浄化』という言葉が、どうにも耳に引っかかる。
「……おばちゃん。話の腰を折って悪いが、さっきの続きだ。この国には、俺たちみたいな『外の人間』は珍しいのか? それから、生活のための換金の話だが……」
おばちゃんはリリアから視線を戻すと、またあの朗らかな笑顔を浮かべた。
「ああ、ごめんよお兄さん。珍しいなんてもんじゃないさ! この『ゼノフォビア』は、武器なんかいらない平和な国さ。ここにいりゃあ聖龍さまがこの孤島を守ってくれるって伝説があるんだよ。周りの海を越えてやってくる人なんて、今まで聞いたことないよ。あんたたち、よくあの海を越えてこれたねぇ。神様のお導きに違いないよ、うん!」
おばあちゃんは説明を続けた。
「安心しな、ここじゃ物々交換が基本なんだ。あんたら商人だったら、食材や何か珍しいもんを持ってるんだろ。仕事は、下層が農場になっていて中層に宿や食事処があるよ! 客って言っても別荘みたいなもんかな。皆自分の家があっても別の家にたまには泊まりたいもんだろ。上層には教会の神父様や教会の人達が暮らしているんだ。 ここが初めてってことは、祈りの時間を知らないだろ。まあ、周りに合わせりゃなんてことないからさ」
「ありがとう、まずはこの島の特産品を確認してから宿に行ってみるよ! 食材は手持ちがいくつかあるんだが、魚とかも取れるのかい?」
「この島には何でもあるんだよ! 皆が協力して暮らしているんだ。 その時に食べたいものを中層のシェフが作ってくれるさ」
現在の位置は、島の下層であり、海に近い方だ。港からは離れてはいるが下層には船が何隻か停まっていた。
「ギルドは無いみたいね」




