ep1.始動
飛空艇アストラルブレイカーの艦内。俺、空知創夜は、操縦席の背もたれに深く腰掛け、仲間たちの顔を見渡した。
「さて、何を求めてどこに行くかだが、まずは、求めるものを決めよう。人の欲というものは、主に三つあるとされている。
一つ目は、最強の武具等を求める『物欲』だ。お金じゃ買えないものがあるからな。
二つ目は、『お金』。お金があれば困らないからな。
三つ目は、この世界で例えると、世界を救った英雄だと像を建てられたり、勲章をもらったりという物ではない『名誉欲』だ。
ミーナが持っているソロモンの書だが、俺のいた世界では、物欲には、ソロモンの書じゃ『目の欲』なんて気取って言ってるが、要は目に見えるキラキラしたもんを全部自分の懐に入れたいっていう、浅ましい独占欲のことだ。
手に取って眺めて、自分の所有物だって確信して安心したい……。そんな渇ききった心の穴を、モノで埋めようとする哀れな性分なんだ」
創夜の言葉に仲間全員の首が横にクニャっと曲がった。何故ならば、彼が求めているものではないからだ。彼が求めたものは、仲間を守るための力、つまり武器、スキル、防具だ。アクセサリーを求めていない理由は、彼が物語のスキルを自由に発動できることにある。魔法なら、賢者の杖を持ったセリアが何事もなく解除するだろう。解除できないものがあったとしても創夜がなんとかしてくれるという考えを誰もが持っていた。
「だが、俺が求めるものはその中にはない」
彼の発言を聞いた瞬間、仲間全員が首を縦に降った。
「ということで、ミーナ。次の目的地を何処にしたら皆が納得できる場所になるのかをお前の悪魔に何がいいか聞いてみてくれないか」
その瞬間、シリアスな空気が霧散し、仲間全員が椅子から転げ落ちそうになった。
メイド服のミーナが悪魔の書を手に、待ってましたとばかりにその本を掲げた。
「承知いたしました、創夜様。……強欲な人間の『三欲』すら通り越した貴方のために、とっておきの助言者を呼び出しましょう」
ミーナがソロモンの書を掲げると、床からどろりと濃い影が伸び、獅子の頭を持つ悪魔プルソンが姿を現した。悪魔は創夜をじろりと見据え、地を這うような声で告げる。
「……フフ、面白い。欲を満たすためではなく、誰かを救うための『力』を欲するか。ならば、これはいかがかな? 『人助け』なんかは適切ではないか? ……今、世界全体をどす黒い悪意が埋め尽くそうとしている。あなた方のような異端の力でしか対応できない事態が、ある国で起きているのだ。特に異界の創夜の力が必要になるでしょう」
「悪魔の口からそんな殊勝な言葉が出てくるとはな」
俺の言葉に、召喚されたプルソンは獅子の顔を歪めて不敵に笑った。
「……勘違いするな。我ら悪魔が望むのは慈愛の結末ではない。強固な絶望が塗り潰される瞬間の、極上の『混沌』だ。創夜、お前が行けば、必ずや世界を揺るがす不協和音が響く……これ以上の娯楽はあるまい?」
俺は仲間たちの顔を見渡した。リンも、ミリィも、セリアも、フィーリアも……。全員が、力強くうなづいている。
「よし。そこにしよう」
俺が断言すると、傍らに控えていたミーナが、一歩前に出て恭しく頭を下げた。
「承知いたしました、創夜様。さあ、座標を刻みなさい」
ミーナの掛け声と共に、アストラルブレイカーの操縦席にある世界地図を表す地球儀に次元移動の座標が刻まれる。このアストラルブレイカーは、神々に改造され別の世界へと自由に座標さえわかれば行き来できるのだ。
その座標は、やみくもに探すしかないのだが、今までは神々の意向と、悪魔に頼むことが唯一の方法でしかない。しかし、彼の仲間達は以前。創夜のスキルで創夜が勝手に別世界へ転移し一人で戦っている場所を逆探知して、戦闘を手助けしつつも、即座に全員の能力を合わせ座標を探知した例外もあるが基本的にはミーナ任せだ。
「……世界を救うはずの勇者の代わりに、俺たちが世界を救いそうになったこともあったが。今の言い回しだと、その国に『救世主』はいないってことだな?」
「ええ。救いも、希望も、代わりの勇者も……救世主を名乗る資格のある者など、あそこには一人も存在しません。そこにあるものは集団的な法則のようです。その国の名は、『ゼノフォビア』」
「ゼノフォビア……」
◇
俺は操縦席の背もたれから身体を起こし、コンソールを叩いた。
「アストラル・ブレイカー、全システム起動! 動力炉、魔力同調率120%を維持! 調律を開始しろ!」
俺の号令と共に、コクピットの空気が一変した。全員がそれぞれのコンソールに向き合い、目にも止らぬ速さで指を走らせる。
「ミリィ。不意打ちを警戒してくれ」
「了解」
未来視にて、警戒を依頼する。以前襲われたこともある為。警戒は必要だ。
「フィーリア、もしもの時の船の防御は任せた」
「任せて! 最大火力でお返しするわ!」
「アストラルブレイカー発進‼」
「浮上‼ 大地への影響がないように気を付けろ!」
「任せるネ! 魔力同調率120%」
「七時の方向よ!」
セリアがセクシーに地図の座標の方向を合図する。
「ミーナ、操舵を頼む!」
「了解! 進路クリア、最短ルートを全速力で突き抜けます!」
「セリア、魔導防壁を多層展開! 船体をヴェールで包め! 光学迷彩および魔力遮蔽、全システム起動!」
「展開完了よ!」
セリアがパネルを操作し終わった。アストラル・ブレイカーは次元の波間に溶け込み、姿なき死神へと変貌した。
俺がコンソールの全天周囲モニターのスイッチを叩くと、コクピットの壁が音もなく消え去った。……いや、消えたのではない。超高性能な透過モニターが、俺たちを360度取り囲む次元の嵐の光景を、寸分の狂いもなく映し出したのだ。まるで、俺たちが宇宙の只中に生身で放り出されたかのような、圧倒的な臨場感。そこには、俺たちの船体の影すら映っていない。ただ、狂おしいほど美しい光の奔流だけが、俺たちの周りを流れている。
「……ミーナ、ついたみたいだ」
俺の指示を受け、メイド服の裾を翻したミーナが、一際大きな次元移動装置のメインレバーを力強く握りしめる。彼女は主である俺の顔を一度だけ見つめ、最高に不敵な、そして忠誠心に満ちた笑みを浮かべた。
「はい、マスター。次元転移装置、発動……空間反動来ます、衝撃に備えてください!」
ミーナがレバーを一気に手前へと引き抜く!
ドォォォォォォォォン!!
アストラル・ブレイカーが、次元の壁を無理やり抉じ開けた。虹色の閃光が、360度の視界を埋め尽くす。凄まじいG(重力)が俺たちの身体を座席へと押しつける。
「全速前進!! 目的地、ゼノフォビア!」
光を置き去りにして、俺たちは『救世主のいない楽園』へと、音もなく、だが圧倒的な意志を伴って突き進んだ。




