3-36 銀仮面
東の領都のとある避難民キャンプ、スラム街に近い所に設けられたそこは、特に貧困に喘ぐ者が多い場所であった。
首都に近かった町はマナ枯れの影響を強く受けてしまい故郷を捨てざるを得ず、長く慣れない避難の旅の中で多くの者は疲労に倒れ、時にアンデッドとなり殺し殺され、魔獣に襲われ、一握りの生き残りだけが辿り着いた。そんな集団が押し込められたそこは他の場所よりも一層暗く鬱屈とした空気が漂う。
教会の炊き出しも日増しに量が減り、配給のマナも足りずに意識が朦朧とし、アンデッド手前のものさえ少なく無い。
テントも不足しており、夜の闇の中、ヒトビトはぼんやりと月を見るだけであった。
しかし、突如として鮮烈なマナの波動が吹き荒れ、ヒトビトは何事かと目を見開き一点を見つめる。
現れたのは銀の仮面の偉丈夫、暗い金色の旗をはためかせて悠然と歩いてくる。小柄な暗い色の服を着た2人の従者を引き連れたその存在は、咽せるような、そして眩しい程のマナを発しながら進む。その旗を大きく左右に振れば、拡散したマナが広範囲を包む。
あまりにも強烈なマナは甘い痺れをその波を受けた者にもたらし、マナに飢えている者の身体は無意識に、そして貪欲に周囲を満たすマナを取り込んだ。
何が起こったかも分からない群衆は呆然として三つの影を見る。
キャンプ地に居るのは治安維持を目的とした夜番の軍人と探索者もいる。勿論何事かと集まってきて、謎の光景に言葉を失う。
しかしそれでも軍人、銀の仮面をつけた偉丈夫に近づくと、そのマナに身体を灼かれながらも何者だと声を掛ける。
「任務ご苦労。私は通りすがりの者だが、見ての通りマナを配っているだけだ。」
何故そんな事を、と軍人は当たり前の質問をする。
「はっはっは、只の寄付だよ。ああ、これは此処にいる者に対してのみならず、ここを管轄する行政を司る・・・軍に対してのものでもある。マナは金銭的な価値を持つまでに至っているのは周知の事実だ。故に、金銭に代えてマナを払っているだけだよ。それが何か法に触れる様な事かね?」
軍人はこんな騒ぎを起こして何を言っているんだと半ば言いそうになるが、拘束する法的根拠と言われるとすぐには思い浮かばない。教会の炊き出しでも飢えた者たちは騒いで群がる。不審人物を取り締まる規則はあるが、多種族国家故に見た目だけではいかに怪しかろうともそこまで強くは追求出来ない部分もあった。
その沈黙を銀の仮面を付けた男は別の意味で受け取ったらしかった。
「ああ、勿論このような金銭をばら撒く様な行為を日常的に行おうとしているわけでは無い。経済を混乱させるつもりも特には無い事は分かって欲しい。だが、マナは金銭の価値を持つが、金銭では決して無い。それは生きる為に必要なもので、今喘ぐ者達に必要な物だ。それでも君は、私を止めるのかな?」
目の前の人物から発せられるマナで少しばかしクラリとする頭の中で、それでも軍人は職務に忠実であらんとしていた。
「ふむ。ならば君が問題が起こらぬよう見ていてくれれば良いでは無いか。それなら問題あるまい?」
周囲を見渡せばすがるような避難民がすがる様な目で銀仮面を見ており、ここで拘束をしようとすれば後に暴動が起きる可能性が考えられた。また、一人のヒトとしては避難民への憐憫の感情も有り、軍人はややして頷き少し距離を取った。
とはいえ、銀仮面がした事はマナを撒き散らしながら歩き、たまに旗を振る程度でありそこまで時間が掛からずにキャンプ地から出て行こうとする。
軍人がどこに行くのかと呼び止めると銀仮面は笑いながら答える。
「次の場所に行くだけだよ。それではさらばだ。」
一際強いマナの奔流と共に眩しい光、そして煙が立ち込め、その姿は見えなくなっていた。高濃度のマナは緩やかに拡散しながらも暫しキャンプ地に立ち込め当面のマナ不足は解消された。
他のキャンプ地や、貧困者のいる地域でも銀仮面は現れ次々とマナを撒き散らして行くのであった。




