3-55 問答
部屋の空気が張り詰めるが、エンドは少し頭を掻くと、苦笑しながら返す。
「ふむ、最もな疑問だ。そしてそれは私もまた分からない。」
「分からないとは?」
「む?組合長からある程度の話は聞いているのでは無いかな?私は自身の記憶が無い。廃村の家の屋根をぶち抜いて落っこちたところからしか覚えていないのだ。そして相棒に拾われて今此処にいる。寧ろ何か情報があれば助かる。差し詰め大将殿は既に調べてから此処にいるのであろう?」
エンドの様子にコネルはふっと表情を緩めると柔らかな口調ではなす。
「そうなのよね、貴方の記録はこの領都に来る前のものが全く無かった。入場の記録は見せて貰ったけれど・・・外からの記憶の無い男性、普通なら騒ぎになってもおかしくは無かったけどねぇ。」
「ふむ、皆無用に騒いで疲れるのは望ましく無く良かったのではないかな。それについては真摯に対応してくれた軍人に非はあるまい。男性が外から来た際に通しては行けないという決まりも無いし、報告の規定もない。なんと記録に性別を書く欄さえなかった。」
エンドの屁理屈にも近い答弁にクスクスとコネルは笑う。
「規定にないからって何でもして良いという訳ではないわ。それに、貴方達はそれなりの頻度でとある少尉と会っていた様だけど?」
「うむ、せっかく麗しい女性と顔見知りになり、そして探索者としても都の出入りで会う機会がある。友誼を深めても問題はあるまい?金品の譲受も無いし何か軍に不利益になる便宜も図ってもらった覚えも無い。何かしらの法に抵触する事も無かった筈だ。」
「ふふ、そうね。調べても利害関係という程の関わりではなかった様だし、少尉については不問としましょう。都の恩人である貴方の不興を買っても良く無いでしょうしね・・・でも、本当に貴方は何者なのかしら?私もかなり長く生きているけれども貴方の様な種族は知らないの。古い軍の資料でも手から旗を生やす様な大型種に該当は無かったわ。そういえばその旗、見せていただいても良いかしら?」
エンドは小さく頷きながら手から旗を生やす。風もない室内でもたなびくその姿にコネルは興味を惹かれたようであった。
「本当に不思議ね。少し触ってもいいかしら?・・・ありがとう、重さが無いように軽いし、すごく丈夫そうね。それに、その旗の装飾・・・妖精と、シャベル、ねぇ。」
暫くの間コネルは無言となり考えを巡らせている様子であったが、ややあってからエンドに告げる。
「・・・その旗、普通のヒトは気にしないと思うけれど、黒教には見せない方が良いわ。」
エンドは少し目を見開き驚く。
「何かしっているのかね?大将戦。」
「・・・マギアンは年を経て感情や欲求といったものを学んでいくの。それに頭部のコアさえ無事ならいつまでも長生きできるわ。でも実際は何かの事故とかで壊れたり、生きるのに疲れて自ら機能を止める子の方が多いけれども。あら、話が逸れたかしら、古い神話や文献を見る機会が何度かあったわ。この世界は一度文明が崩壊しているのだけれども、それより前のものね。その中では『シャベルは道具以上の何物でも無きものである』、『悪しき妖精は死と破滅を呼ぶ』というあまり好意的で無い記述を原典に近いもので見たことがあるの。黒教も崩壊の影響をかなり受けたようだけど、その発足はそれ以前で今も残っている息の長い組織よ。現在の教典は単純化されてそこまで書いていないけれど、原典が残っている可能性は高いと思うの。貴方のその特異な種族特性、そしてその旗の絵柄は目を惹いてしまうわ。警戒するに越した事は無いわね、宗教は厄介よ、理屈が通じないから。」
エンドはまじまじと自身の旗を見る。それは最早見慣れた旗であった。
「うむ、忠告は有り難い。私は自身の事も知らない、何を気をつければ良いか分からない事は困りものだな。」
「そういうものよ、おいおい知っていきなさい。あとはそうね・・・もしも知識を求めるのであれば、アカデミアに行くのがいいかしら。特に、古い時代の言葉が読めるのなら、ね。」
「アカデミア・・・ドクが言っていた探究者のかつての拠点であり、世界的な学府か。マナ枯れで放棄されたと聞いたが。」
コニイもアカデミアという単語に大きく反応しコネルに視線を向ける。
「ええ、でもあそこ以上に知識が集まっている場所を知らないの。後はマギアンの女王、もしくは長命な種族の生き残りくらい。どちらも中々会えないわ。」
「失礼、私の記憶が正しければアカデミアまでのゲートは既に稼働していないと聞きましたが?」
探究者のバッジを見せつつ、コニイが会話に割って入る。とはいえ相手が相手であり言葉には気を遣っている様子が見られた。
「ええ、マナ枯れの影響かゲートは不安定になって、かなりの人数が逃げ出せずに取り残されたと聞いているわ。でもあれからかなりの時間が経っているし、一度調べてみても損はないでしょう。そのバッジ・・・ふふ、そういえば貴方、モグールは元気かしら?」
コニイはその名前に大きく目を見開き驚く。
「・・・師匠はまた何処かにふらりと出て行ったきりで戻ってきていません。」
「でしょうね、彼女らしいわ。貴方みたいに次世代の知識を求めるヒトがいるのは喜ばしいことね。覚えていないでしょうけど貴方がモグールに拾われてすぐの小さい時に一度会っているのよ?」
「そ、そうだったんですか!?き、恐縮です。」
コニイは相手が自身の師匠の知己であることも重なりさらに縮こまる。しかしそんな空気を気にしないのがエンドであった。
「ふむ、私はゲートといったものをまだしっかりとは見ていない。仮に動かなくとも興味があるな。」
「ええ、後学のために見ておきなさい。でも、そこは首都に比較的近い場所にあるの。領都近辺の安全が確保されて落ち着くまでは待っていた方がいいわ。貴方も病み上がりでしょう。」
「助手君、私も今回は付いていきたい。良いかね?」
コニイが少し興奮した様子でエンドに詰め寄る。エンドも小さく頷き了承の意を示した。
椅子に座って黙って話を聞いていた組合長のタツキが立ち上がると、リンガに近づく。
「そういえばテメェ、ずっと布を被っているけど怪我でも隠してるのか?オイ、見せてみろ。」
「え、いやいや怪我とかしてないから!大丈夫だから!ちょっと寒くて!」
「寒くねぇだろ!いいから隠すなよっと。」
「や、やめろー!」
マナを遮断する布を剥ぎ取られたリンガが涙目で叫ぶ。そして、マナ漏れをしているその姿にタツキ、コネル、そしてその護衛はあんぐりと口を開き固まった。




