3-44 兇刃
領都の内部でも状況の悪さは暗い空気として伝わって来る。混乱を抑えるため情報が統制されているせいか、極めて危機的な状況が明言されている訳では無かったが、軍の一隊が警備する男性と思わしき集団の退避準備、東門付近への幼少住民の移動勧告などは言葉より雄弁に状況を物語っていた。
都市内部においてもすでに完全に安全という訳では無かった。主戦場以外からアンデッドが夜闇に乗じて城壁に取り付き這い上がり、多くは衛兵に叩き落とされたが既に数例侵入を許し、多少の被害が出ていた。
オーラを使えず肉体労働に適さないマギアン達も重症者を医療機関へ運び介助を行ったり、様々な資材の運搬や生産、都市機能の維持を担っていた。
気休めに過ぎないガードマギアもマギアン達の護身用品としめ需要が俄かに増え、ただでさえマギアンたちの部品の保守や修理で忙しいコニイは更に忙しなくなっていた。
そんな中でもアイリスが有事に逃げられるように家に帰ってからもその手足の修理を進めていた。
ここ最近碌に帰宅もできなくなったリンガ達を心配していたが、特に先程から何か胸騒ぎがして頻繁に西の方角に目をやるのであった。
オーラウェポンを持つ士官はV字の陣形を構成するに当たり、特に戦闘能力に優れたもの達は再編されて最も的な圧力の強い最前線に立っていた。
ランファもまたその一人であり、マナの補給の為他の士官と共に一時的に後退していた。その視線の少し先には銀の仮面をつけたエンドが旗を振りながらマナを周囲に広げており、城壁に背をもたれて休んでいるランファ達にも届いていた。
「あー、マナの補給はマジで助かるなぁ。でも、もう少し休ませてくれれば良いんだけどな、身体がもうガタガタだよ。」
「我々はかなりの数のアンデッドを倒しています。数が有限な以上、いずれは必ず終わりは来るかと。」
愚痴を吐く大型種の士官にランファが励ますように話す。
「そりゃそうだけどさ、こっちだって有限だよ。このままだと正直なところキツイと思ってるんだ。最初は使い放題のマナで元気だったけど、もうみんな疲れ切っている。お前も分かってるだろ?」
「・・・しかし、戦う以外どうしようもありません。」
「ま、そうだよなぁ。あんな仮面を付けた良い男もずっと頑張ってるんだし逃げられんよなぁ。しかし、良い身体してやがる、下のものもデカそうだな。なぁ、これが終わったら一発ヤらせてくれないかな?」
「ぶっ!・・・いや、か、顔もわからないですし、む、難しいのでは?」
しどろもどろになるランファを不思議そうな顔で大型化の士官は見る。この程度の猥談は、正直軍ではありふれたものであったからだ。
「何慌ててるんだよ?まぁそんな気分じゃ無いってか?そんなに気負うなよ!」
肩をバンバンと叩く同僚にランファはハハハとから笑いで返す。
しかし、北側から大きな怒号と悲鳴が上がると士官達は表情を変えてその方向を睨んだ。
マナを放出しアンデッド達の目標となっているエンドの北側、そこに急遽追加で設けられた前線も既に崩壊しつつあった。
軍人から転化した身体能力の極めて高いゾンビやグールが身体が覚え込んだ技を本能的に使いながら迫り、元々配備されていた部隊は持ち堪えられ無かった。幸いアンデッド達は逃げるものの背を今は追わない為に死者は極めて少なかったが既に戦線としては崩壊していた。
それを急ぎ埋めるのは訓練は欠かさないものの前線に出ずに久しい本部部隊員と十分なスペックを発揮できない傷病兵であった。本部隊員には将官が多くオーラウェポンも多く持っていたが、砲撃型は戦線が破られ敵味方入り混じった状態では使用することができず、軍刀型のオーラウェポンを持つ者達がアンデッドの軍勢に切り掛かる。
一時的に足止めに成功するが、一際大きなアンデッドが爆発的な脚力で突っ込んで来る。それは鬼神とも呼ばれた将校のアンデッドであり、腕と同化した巨大な軍刀を振り回すとそれをなんとか受け止めた者達を強靭な力で遠くまで弾き飛ばす。流れるように腕を振り回し、蹴りを入れ、あっという間にあながち開いた場所から後続のアンデッド達が雪崩れ込みあっさりと戦線は半壊した。
最高位の将官が全身全霊をもって鬼神に切り掛かり手傷を負わせるが、血ではなくドス黒い液体が傷が身を覆うと醜く盛り上がりつつ傷口を塞ぐ。そして意にも介さぬように軍刀を振り回すと深手を負った将官は崩れ落ちるように倒れ、それに構うことなく虚な目のグールが側を通っていく。
その濁った目が遂に遠目に銀色の仮面を捉え、駆け出し、加速する。
マナを補給していた兵士達も異常に気が付き応戦しようとするが、いかんせんその動きはバラバラであり効果的な迎撃体制を取るには時間が足りなかった。
ランファもいち早く気が付き先頭を駆けるアンデッド、鬼神に切り掛かかり左の手首から先を断つが、痛みを感じた様子もなく斬られた左腕を振るうとランファは大きく弾き飛ばされ、体勢を整える頃には後続のアンデッドの波に呑まれ、その勢いに対抗するだけで精一杯の様子となる。
鬼神のアンデッドは多くの傷を作りつつも遂にエンドに接近していた。
リンガが立ち塞がり、大鉈で頭をかち割らんと飛び掛かるが鬼神と呼ばれた将官のアンデッドは無意識の技か軍刀でそれを横に流すと膝でリンガを蹴り、リンガは嘔吐物を吐きながら砲弾のように飛ばされて城壁に叩きつけられ、大きなひびを作る。
シッコがその液体の身体を広げて取り込んで動きを封じようとするが、振り回された軍刀で真っ二つにされた。コアは無事であったがその剣圧でエンドの後ろまで弾かれてしまう。
エンドも旗を構え、ガードマギアで攻撃を仕掛けるが強靭な肉体と感覚と感情を失ったアンデッドには些か効果が薄い。
そのまま駆け寄ったアンデッドにエンドは旗にマナを込めて迎撃するが、アンデッドは身体を震わせたもののその勢いを完全に止める事無く先端を失った左腕でその旗を容易に払い、軍刀は体勢を崩したエンドの胴体に深々と突き刺さった。
生命は死ぬ瞬間に身体に残ったマナを発散させる。故に魔獣やアンデッド、時にヒトさえも他の命を奪う。
エンドから漏れ出る膨大なマナに、アンデッドの黒化した肉体がより歪に膨れ、恍惚するかのように天を仰ぎ動きを止める。
「うわああああ!!」
血反吐を吐きながら全力で戻ってきたリンガがその身体を蹴飛ばすとアンデッドは地面を転がる。
「アイボー!大丈、夫・・・」
仮面がずれたその目は焦点があっておらず、口と傷口から血が溢れ出している。既に力の入っていないその身体はどう見ても手遅れであった。
リンガは呆然とした表情で力無くエンドの顔を見ることしか出来なかった。




