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あるのじゃ  作者: のじゃー
12/19

12

 ーー都市ファレーズに存在する黒い館の一室にて。

 赤髪赤眼の麗人ルーベンスに促され、妖精アルテと共に部屋に足を踏み入れると、眠そうな黒紫髪の幼女が此方に向かってひらひらと手を振っていた。


「やっほー、わたしがオブシディアンだよー」


「わしの名はナナシじゃが……」


 一先ず自己紹介を済ませてから、これはいったいどういう事か説明しろと、一緒に部屋に入ってきたルーベンスに胡乱な目を向ける。

 すると、その視線に気付いたルーベンスが神妙な顔で大きくかぶりを振った。


「ナナシ殿、そんな目をしないでくれ。別にふざけている訳じゃないんだ」


「むぅ……」


 そう言われて、はい分かりました。

 とはならないので、目の前の幼女を再び注意深く観察する。


 訝しむ理由は1つ。

 可愛らしい黒髪の幼女は、華奢な身体や甘えるような幼い声をしており、身長は自分と同じくらいーー130センチ前後しかない。

 つまり、どう贔屓目に見てもお子様としか言いようがないのだ。

 わざわざ自分をこんな幼女に引き合わせて何がしたいのか?


「まずは、おぬし……いや、オブシディアン殿がどういった立場の者であるか教えてもらえんかのう?」


 それでも、見た目で侮る事は失礼に当たると考えてなるべく丁寧に対応した。

 ーーはずだったのだが、これまた何故かディアンは歩いて近寄って来ると、勝手に人様の手を取って握手し始めた。

 そのまま手の甲をさわさわと撫で始めるディアン。


「……ん、くすぐったいのじゃ」


「わー、ナナシちゃんの手、ぷにぷにー」


「ナナシ"ちゃん"!?」


「うん、わたしの事もディアンでいいよー」


「そうか……なら、ディアンよ」


「うんっ!! なーに?」


「先程も言ったが、おぬしがどういった立場なのか教えて欲しいのじゃ」


「ふぇ?」


 そう言うと、ディアンは人差し指を唇に添え、コテンと可愛らしく首を斜めにかしげる。

 待つこと数秒、ようやく何かに思い当たったのかハッと顔をあげた。


「ボスだよー」


「ぼす?」


「ふっふっふー、わたしは、この洞窟のぬしだー」


「……」


 これは、馬鹿にされているのだろうか?


「ま、待て、ナナシ殿! そんな怖い顔で私のことを睨まないでくれ!」


 思わずルーベンスをジト目で睨んでしまうのも無理はないだろう。

 そもそもーー


 買い物をしに来ました。

 資金確保のために持ち合わせている果実を売りたいです。


 そう告げて、後はルーベンスに案内されるままここに来たはず。

 なのに、何がどうなれば幼女が出てくるのか皆目見当がつかない。

 まさかとは思うがこの幼女が交渉相手なのだろうか?

 そんな事を考えつつ、空間魔法でアプルの実を1つ取り出してディアンとルーベンスに見せ付ける。


「これは高値で売れる果実なんじゃろ? おぬしら、これに幾らの値を付けるつもりじゃ?」


 すると、ディアンはおもむろに部屋の隅に向かい、山積みにされていた革袋ーー恐らく貨幣が詰め込まれたソレを、うんしょ、うんしょ、と掛け声をあげながら運んできた。


「いっこに、10枚だよー」


「む……これは!」


 革袋を受けとり中身を確認すると、精巧な細工がされた白い硬貨がきっちり10枚入っていた。

 そして驚く事に、それは硬貨の中でも最上級の白金貨だった。


 以前、アルテ先生の授業で硬貨について説明を受けた。


 この異世界では銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨、白金貨の7種類が多くの国で使用されている。

 もちろん世界の統一貨幣ではないし、独自の貨幣を発行している国も数多くあるが、この7種類に関しては大抵何処に行っても使えるそうだ。

 例えば銅貨1枚で多くの街でパンが1つ買え、この貨幣は10進法を採用しているので銅貨10枚集めると大銅貨に価値が並ぶ。

 以後、同様に10枚毎に価値が上がりーー白金貨はその最高の貨幣に当たる。


(それを、10枚じゃと? 単なるリンゴではなかったというのか?)

 

 アルテに視線を向けると、楽しそうにニッコリ微笑んでいた。


『アプルは万能治療薬(エリクサー)の調合素材の1つだよ!』


『……ええと、それは貴重なのかのぅ?』


『幻の果実って言われてるよ!』


『昨日も今日も、食事の時に普通に食べてしまったんじゃが……』


『美味しかったね!』


『……』


 ぶんぶんと左右に頭を振ることで食べてしまった希少果実の事は忘れて、気を取り直して交渉の席に意識を戻す。


 ーー30分後。


 根気強く幼女相手の交渉を繰り返し、時にルーベンスに意志の疎通を手伝って貰うことで、取り引きは完了した。

 以前、アルテが採ってきた他の果実もアプル同様に万能治療薬(エリクサー)の素材であり、それらも売却することで結果的に白金貨87枚が懐に入った。


 ただ、いくらなんでも個人の資産としては有り得ないレベルの金額に膨れ上がってしまった。

 そこまでして万能治療薬(エリクサー)を手に入れようとする理由が気になったので訊ねてみる。


万能治療薬(エリクサー)で誰を治したいのじゃ?」


「この街のお母さんだよー」


 軽く応えるディアン。


「ディアン様!! そのことは……!!」


 一方で突然声を荒らげるルーベンスに視線を向けると、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 部外者に聞かせたくない話なんだろう。


「……ふむ、おぬしが望むならば何も聞かなかった事にして胸の内に仕舞っておくが?」


「ううん、聞いて欲しいの」


「ですがーー!」


 そんなやり取りを何度か繰り返し、やがてルーベンスが折れる事になった。


「お母さんっていうのはこの都市を……」


 そして、ディアンが話始めたその時ーー


 ーーキィィィイン!!


 頭に響く耳鳴りのような音が聴こえてきた。

 次いで、ノックと共に開かれる部屋の扉。

 従者服を着た一人の女性が血相を変えて、しかし最低限客人の前で無礼にならないよう頭を下げて一礼してから早足で部屋に入ってきた。

 何事なのか推移を見守る。


「お話の途中失礼します。ですが緊急事態なのでこうしてお伝えに参りまし……」


「ーー前置きはいい。それで?」


 従者の言葉を片手で制して、応対したのはルーベンス。


「迷宮から魔物が溢れました。規模は恐らく……今までで最悪です……」


「……不味いな」


「うん、分かったー」


 ディアンとルーベンスにはそれだけで通じたらしいが、こちらとしては何が何やら。


「ナナシ殿、聞いての通りだ」


「うむ、さっぱり分からんのじゃ」


「……なに? 迷宮から魔物が溢れたんだが……」


「魔物は分かるが、迷宮とは何じゃ?」


「そんな事も……、いや、そう言えばナナシ殿はまだ9歳だったな……時間が無いので簡単に説明するが、迷宮とはーー」


 要点だけを纏めると。

 この地下都市は迷宮と呼ばれる特殊な洞窟内に造られた場所で、度々魔物が溢れる事があるそうだ。


「そして、今回は街まで被害が及ぶかもしれんのだ。ナナシ殿には本当に悪いと思うが、この通りだ。話はここまでにしていただきたい」

 

「聞き分けの無い子供でもあるまいに、頭など下げられんでも分かっておる」


「ならこの館で待っーー」


「うむ! わしも手伝おうぞ!」


「……」


 魔物がどういった存在なのかまだ分からない。

 それでも、街が襲われると聞いておいて知らん振りは出来ない。

 当然の事だと思ったのだが、ルーベンスは目を見開いて口が半開きで、驚いた顔のまま固まっている。


「違うかの? 人手は多い方がよかろう?」


「……本当にいいのか?」


「なに、わしはとても強い龍人らしいからのぅ。こんな時にこそ力を使わんでどうするのじゃ」


「……助かる」


 ルーベンスとの話が一段落したので、アルテに目を向ける。


『アルテよ……つい勝手に決めてしもうたが……』


『あなたが望む事を、望むままにしていいんだよ? あなたと一緒にさえ居られればいいよっ!』


『……それでも、以前契約したときに、前もって相談して欲しいと頼んだわし自身が、自分の言った言葉を守らんかったのじゃ。すまん』


『そっか……、むふふー、だったら全部終わったら頭を撫でて?』


『それくらいならお安いご用じゃ』


『あなたの頭も撫でさせて?』


『……お安いご用じゃ』


『げっへっへー、あと胸も触らせてっ!』


『…………それは駄目じゃ』


 ルーベンスと共に、アルテを連れて魔物が沸く迷宮に向かうことになった。


(結局、この黒い館に関しては話が聞けんかったのぅ……)


 そんな事を考えているとディアンがてくてく歩いて部屋の隅に行き、そこに置いてあった調度品、黒い短剣を手に取った。


「……何をしておる?」


「出撃の、準備だよー?」


「待て待て! おぬしはまだ子供ではあるまいか、留守番が妥当じゃろう」


「ナナシ殿、ディアン様は都市一番の魔法の使い手だ」


「……だから戦わせると?」


 自然と声が低くなり、ルーベンスに抗議しようとするが、その前に従者服の女性が割って入る。


「差し出がましいでしょうが、今の状況で口論するお時間はないかと」


「それは……そうじゃな……」


「加えて申し上げますと、ディアン様は誰に強制されているわけでもごさいません」


「……なら、いいんじゃがな」


 胸に僅かにもやもやが残ったまま、ディアンとルーベンスと共に黒い館を後にした。

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