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旅の目的地は都市ファレーズ。
妖精アルテを肩に乗せ、赤髪赤眼の麗人ルーベンスに先導されてひたすら暗い洞窟を進む。
太い道から細い道へ。
坂を登り、今度は下り坂へ。
階段を登り、再び降りて。
そんな事を幾度も繰り返すと、やがて迷路の突き当たりに微かな灯りと金属製の大きな門が見えてきた。
「止まれっ!」
門の前には門番らしき美人の女性兵士が立っている。
「っと、すみません、ルーベンス様でしたか!」
「ああ、ご苦労」
近付くと、兵士はルーベンスの姿を認め慌てて謝罪の言葉を口にした。
そして、こちらを視界の端に捉えたまま腰に差した剣の柄に手を添え、片手を胸に当ててルーベンスに敬礼する。
「そちらの方は?」
「旅人だそうだ。悪いが急いでいるので通らせてもらうぞ」
「はあ、わかりました」
ほぼ顔パスで通れた事に驚き、軽く会釈しながら通り過ぎる。
そして、ゆっくりと開いた門をくぐるとーー思わず大声が出た。
「おおおぉ!!なんと美しいのじゃ!!」
煌めきの都市ファレーズ。
地下の大空洞に作られた地下都市で、天井部分に嵌め込まれた巨大な魔石が月明かりのように街全体を薄く照らしている。
そして、右を左を見てもそこかしこに散りばめられた宝石。
建物は全て石造りで、その壁の至るところに大小様々な輝石が嵌め込まれてぼんやり光を放っていた。
魔法でふわりと浮かび、上から都市全体を眺めると、多彩な色の明かりが冬場のイルミネーションのように街を照らし出しており、まるで都市そのものが七色に煌めく巨大宝石に見える。
『むふふー、凄い光景でしょー!』
『きらきらと綺麗じゃのぅ……』
鮮やかな景観に圧倒されていると、肩の上でアルテが恥ずかしそうに小声で呟いた。
『……あなたと一緒に見たかったんだよ?』
『……えと、ありがとう?』
『ふふ、どういたしましてっ!』
そうして頬に触れるだけのキスをしてから、アルテは目を閉じ、くるくる回りながら空中を舞い踊る。
光の舞台を背に嬉しそうに飛び回る光景は、いつも以上に輝く水晶の4枚羽と相まって息を飲むほど美しかった。
この光景を見れただけで、街に来た甲斐があったのではないかと思えた。
(異世界に来れて良かった。そんな事が思えるのも全てアルテのお蔭じゃな……)
地上に降りて暫くボーッとアルテに見惚れていると、後ろからポンと肩を叩かれる。
振り返ると、そこではルーベンスが嬉しそうに口元をにやにやと緩めていた。
「煌めきの都市ファレーズはどうだ?」
「目を奪われるとはこのことじゃな……」
「ははは、この街を気に入ってもらえてなによりだ!」
「……うむ」
正確にはアルテの姿に目を奪われていたのだが、ルーベンスは妖精アルテの姿が認識できていない。
とはいえ、今まで接してみて彼女が然程悪い人物だと思えないので、魂が濁っているという基準がさっぱり分からなくなってしまった。
(……妖精族についてもいずれ調べる必要があるのぅ)
再びぼんやりしていると、故郷を褒められて上機嫌になったルーベンスが街について語り始める。
「都市ファレーズは別名、宝石都市と呼ばれていてな。見ての通り街の至るところに街灯として輝魔石が嵌め込まれている」
「ほう、輝魔石とはこれのことかの?」
丁度目の前の壁に嵌め込まれていたキラキラと発光する石を指差すと、ルーベンスはコクリと頷く。
「地下の採掘所で大量に採れる安物の半貴石で、魔力に反応して薄く光る名前の通りの石だ。まあ、外の世界では貴重だから見たことがなくても無理はない」
「ふむ、需要と供給じゃな」
「……そういえば、ナナシ殿は何処からきたんだ?」
「それは……」
ルーベンスの何気ない質問に対して言葉に詰まる。
まさか日本と答えるわけにはいかないが、かと言ってこの異世界の事をまだ何も知らない。
なるべく考えないようにしていたが、龍人として転生したという事は何処かに故郷があり、そして産みの親がいるはず。
逡巡して、ポツリと呟く。
「……最近は密林で暮らしておった」
結局、当たり障りのない答えになってしまう。
「ほう、密林か。噂程度にしか知らないが、温暖な場所で植物が溢れる自然の宝庫と聞いた事がある。アプルの実もそこで手にいれたというわけだな」
「正確には違うが……ま、概ねそんなところじゃ」
そんな話をしていると、頭に角の生えた巨大蜥蜴に引かれた馬車がやって来た。
御者席にはこれまた別の女性兵士が乗っており、蜥蜴になにやら餌を与えている。
「飛竜のように飼い慣らしておるのか」
「見た目と違って温厚な種族だからな。さあ、乗ってくれ」
ルーベンスに催促され、アルテと共に馬車に乗り込んで再び話を始める。
まずは取り留めのない世間話から。
そして話が一段落した所で、今まで気になっていた事を口にする。
「龍人族について話があるのじゃ」
「っ……!」
そのたった一言に対して、ビクッと身体を震わせるルーベンス。
「……話とは?」
「いやな? 何故、そこまで脅えるのかがわからんのじゃ。もしや一般の龍人はそんなに凶暴なのかのぅ?」
「……」
今までの反応から過去に龍人族の誰かが何かをしでかしたのではないかと、そう当たりを付けたのだが、どうやらそれが正解だったらしい。
「……ナナシ殿は温厚な性格をしているみたいだが、とある龍人を怒らせた国が一夜で滅んだ話は今でも有名だろう? その……怒らないで聞いて欲しいんだが、気紛れで山を1つ吹き飛ばしたり、とにかく力が強くて会話も通じず、手に負えない者が多いというのが一般の認識なんだ」
「く、国を一夜で滅ぼしたとな……?」
「……ああ。というか、自分の種族の事なのに知らないのか?」
「うむ、実はまだ9歳らしいがゆえに少々世間知らず……、いや、少々どころか殆んど何も知らんのじゃ」
「本当に……?」
ルーベンスは口元に手を当てて何かを考えて、やがて意を決したのか、真剣な顔でゆっくりと口を開く。
「頭を、撫でてみてもいいだろうか?」
「むぇ!? だ、だめじゃ……!!」
バッと後ろに後退してルーベンスから距離を取り、馬車室の端っこに寄って、守るように両手で頭を抱える。
「……ああ、いやすまない。その反応を見れば大体わかった」
「な、なにがじゃ?」
「噂程度に耳にしただけなので半信半疑だったが、龍の幼体は外からの刺激に対して非常に敏感で、頭を撫でられる事を好む者と、極端に嫌う者がいるそうだ」
「龍の幼体とな……」
ふと、自分の手で頭を撫でてみる。
「っあ……んっ……!」
するといつものように痺れるような感覚が走り、身体がビクンビクンと震える。
嬌声が漏れて勝手に頬が弛んでしまう。
(やはり撫でるだけで全身がゾクゾクして……いや、幼龍だから仕方ないんじゃな……)
今までであれば何か身体に異常があるのでは、とそんな風に考えていた。
なので、ようやく理由が分かって幾分か気が楽になる。
「……撫でると、そんなに気持ち良いのか?」
「えっ? あぅ……そ、そのようなことは……」
……気が楽になったのは良いが、人前である事を忘れて、なんて事をしてしまったのだろうか。
気がついた時にはもう遅く、ルーベンスが興味深そうに探るような目で見ていた。
羞恥心で顔が真っ赤に茹で上がってしまう。
「うぅ……今のは、えっと……そのぅ……」
涙目になりながらも必死に言葉を探すが、何を喋っていいのか思い付かずにあたふたしていると、やがてルーベンスがボソッと呟いた。
「か、可愛い……」
「むぇ?」
一瞬、何かの聞き間違いかと思ったが、ルーベンスが食い入るようにこちらを視ていた。
ゾクリと背筋に悪寒が走る。
「な、何じゃ……その目は……?」
途端、言い様のない恐怖を感じて自分の身体を抱きしめる。
「や、やはり撫でさせてもらえないだろうか? だ、大丈夫だ。優しく撫でると約束するから……なっ?」
「え? いや、そのぅ……」
「はぁ……はぁ……この通りだ。頼む!」
「ひっ……、何もそこまで…」
突然息を荒くして頭を下げて懇願するルーベンスにドン引きである。
その時。
ーーガタンっ
と音がして、不意に馬車が揺れた。
「い、今のは何じゃ?」
「……ナナシ殿、どうやら目的地に着いたがさっきの話はーー」
「う、うむ、そうか! ならばもう話は終わりじゃな!!」
これ幸いと逃げる事にして、ルーベンスの返事も待たずに馬車からサッと降りる。
すると眼前には煌めく宝石都市において明らかな異彩を放つ、黒く塗られた不気味な館があった。
少し遅れてルーベンスが馬車から降りてくる。
「ここに、えと……、なんとかかんとかアンがおるんじゃな?」
「名前を全部覚えられないなら、ディアンと呼べばいいだろう……」
何故か落胆した様子のルーベンスに案内されるまま中に入る。
内装は意外としっかりしており、天井に吊られたシャンデリア、大理石の柱や階段など、それなり以上に金が掛かっている。
しかしーー華やかさはあるものの、右を見ても左を見ても、何故か調度品に関しては黒い色合いの物だけで統一されていた。
それから屋敷を歩き回るが、次第に目につくのは黒色が多くなり、やがて、黒、黒、黒と、壁まで黒く塗り潰されていく。
黒曜石で飾り付けられた扉の前に立ち、扉に付いたドアノッカーで軽くノックするルーベンス。
「どうぞー」
「失礼します!」
ルーベンスが中の声に応じてガチャリと扉を開き、それに連れだってアルテと共に部屋に足を踏み入れる。
まず目についたのは紫がかった美しい黒髪。
黒紫色の髪をした人物が入り口に後頭部を向けて、夜景を眺めるように木製の小さな椅子に座っていた。
「件の少女をお連れしました!」
「うん、ありがとー」
小さな椅子に座っているせいで、やや紫掛かった美しい濡れ羽色の髪が床に届そうになっている。
やがてその人物は椅子から立ち上がり、ゆっくりと振り返る。
「やっほー、私がオブシディアンだよー」
そこには眠そうな眼でひらひらと手を振ってくる可愛らしい幼女がいた。




