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「後々問題にならないように、少しの時間でいいので軍議に顔を出してもらいたい」
魔物氾濫の鎮圧に手を貸すと聞いて、ルーベンスが難しい顔でそう口にした。
それに対して自分はコクリと首を縦に振って肯定の意を示す。
(……ま、協力するとはいえ、わしは部外者に変わりないからのぅ)
なんでもルーベンスとディアンはそれなりに我侭を通せる立場らしいが、龍人が絡むとなると独断で事を運ぶにも後々ややこしくなる可能性があるそうだ。
余計な混乱を避けるため上層部に面通しして欲しいと頼まれては否とは言えない。
従者服の女性に急かされるように部屋を追い出され、飛行魔法で魔物氾濫に対する前線砦に移動する事となった。
「ほれ、もっとしっかり掴まるのじゃ」
「わー、ナナシちゃん力持ちー」
ルーベンスに背後から腕を回され、胸の当たりに抱きつかれながらも両手でディアンをお姫様抱っこする。
魔法でふわりと宙に浮かび、ルーベンスの指示通りに地下都市ファレーズの上空を飛翔する。
やがて都市の外れに到着すると、そこには一切の光が存在しない、闇に閉ざされた不気味な大空洞があった。
「この洞窟が迷宮の下層に繋がる唯一の道だ。数時間後に穴の向こうから魔物の群れが押し寄せてくる」
「埋めてはいかんのか?」
ここが唯一の通り道というなら塞いでやれば安全と思ったのだが、ルーベンスはかぶりを振る。
「だめだ。詳しい説明は省くが、迷宮を循環する魔力の通り道を塞ぐわけにはいかないんだ」
「むぅ……」
洞窟から視線を少し横にずらすと、そこには都市と洞窟を隔てるように建てられた堅牢な砦がある。
分厚い壁に囲まれた鉄壁の砦の至るところで険しい顔の兵士達が戦の準備を整えている。
重苦しい空気が戦争の始まりを予感させた。
「何処に降りればよいのじゃ?」
「時間が惜しい。直接敷地内に降りてくれ」
指示に従い砦の防壁をサッと飛び越えて施設内に着地する。
ディアンとルーベンスをゆっくり地面に降ろしていると、背後から強い口調で声をかけられた。
「何者だ!」
「この2人に聞いてくれんかのぅ?」
振り向くと巡回中の兵士が警戒した様子で武器を抜いて身構えていたので、すかさずルーベンスとディアンを指差す。
部外者の自分がしゃしゃり出ても身分証一つ持っていないので碌な事にならないだろう。
ボーッとしていると、ルーベンスが空を飛んだ時に乱れた髪を掻き揚げながら名乗り出た。
「飛竜部隊の隊長ルーベンスだ。急を要するのでこのような手段を取らせて貰った」
「これは……オブシディアン様とルーベンス様でしたか!失礼いたしました!」
一瞬驚いた顔をした兵士は、ディアンとルーベンスの姿を認め慌てて敬礼する。
どうやらルーベンスは末端の兵士に顔が知れているのか、ここでも顔パスでいけるらしい。
そんな事を考えていると、兵士は次に深るような視線を此方に向けてくる。
「ああ、この娘は協力者だ。身分は私が保証しよう」
「ルーベンス様がそう仰られるなら……」
一応は納得したのか、何も追求せず武器を納める兵士。
その間にディアンがスッと近寄り、無防備な手を掴んでくる。
「手、つなご?」
「別に構わんが……」
「えへへー」
そのまま嬉しそうに笑うディアンに手を引かれて、ルーベンスに先導されながら砦の内部に足を運ぶこと暫く。
途中兵士にチラチラと見られていたが、万が一絡まれると面倒なので俯いて視線を合わせないように気を付ける。
そのまま奥に進み、無骨な両開きの扉の前で立ち止まってルーベンスが振り返った。
「ここまで来ておいて今更聞くことではないが、魔物と戦うという事で本当にいいのか?」
「むぅ……」
本当に今更だ。
そう思いながらも逡巡してしまう。
正直に言えば未知の魔物と戦うのは怖い。
赤竜に丸飲みされた時の事を思い出すと、今でもじわりと背中に冷や汗が滲み出る。
本心を言えば無関係を決め込みたいが、子供を戦わせておいて自分だけ逃げるなんてどう考えても有り得ない。
だが、それでもやはり怖いものは怖い……
「どうしたのー?」
葛藤していると、ディアンが身を屈めて不思議そうな目で下から顔を覗き込んでくる。
そのあどけない行動が決め手となった。
(……やはり、幼子を守るのはわしのような大人の務めじゃ)
右手に感じるディアンの温もり。
繋いだ手に力を込めてギュっと握り返し、決意を固めてルーベンスに返答する。
「都市を守る為に力を貸そうぞ。知らん振りはどうにも寝覚めが悪くなりそうじゃからの」
「ありがたい。ナナシ殿が協力してくれるならば百人力だ」
「うっ……あまり無茶な事を要求されれば敵前逃亡するやもしれんがのぅ……」
「ははは、もちろん無理強いは絶対にさせない。では、行こう。ディアン様も」
「うん、いこー」
皆の視線が扉に向かったところで、アルテがふわりと近寄って耳元で囁いてくる。
「大丈夫。あなたの事は何があっても護るよ。何があっても……ね」
「アルテ?」
珍しく真剣な声色だったので聞き返そうとした時、ギィィと金属音が響いてルーベンスの手で扉が開かれた。
そしてディアンに引っ張られながら部屋に足を踏み入れると、そこには大きな円卓を囲むように座ってああだこうだと話し合っている豪華な鎧を装備した兵士達ーー恐らく指揮官達がいた。
その内の一人。
どっぷり肥え太った豚のような男が、部屋に入るなり不躾な視線を向けてくる。
「ぐふっ、これはこれは、ルーベンス卿にオブシディアン様、それに……誰ですかなそちらの美しいお嬢さんは?」
ねっとりと全身を舐めるような、生理的嫌悪感をもよおす視線。
男は隠そうともせず厭らしく好色そうな顔でニンマリと笑い、口を三日月型に歪める。
そして目が合うとーーベロリと舌舐めずりをした。
瞬間、嫌悪感のあまり全身に鳥肌がたった。
「ひっ……」
怖い……
魔物と戦う事とはまた違った恐怖を感じて、顔を伏せて一歩後ずさる。
こうもあからさまな視線を向けられれば、他人の目から見た自分の容姿が果たしてどんなものなのか自覚せざるを得なかった。
向けられる視線が気持ち悪くて、身体が震えてしまう。
その様子に気付いたのか、ルーベンスが舌打ちを一つついて庇うように前に出た。
「この御方はナナシ様、龍人族だ。訳あってディアン様に協力して下さるそうだ」
「っ……!? わ、我輩は龍人族のお客様がこの都市に訪れたという報告を受けておりませんがねぇ?」
「ナナシ様がいらっしゃったのはつい先程の事だ。情報を共有する時間がなかった」
「……ま、まあいいでしょう!」
鼻を鳴らして、肥え太った男が席を立ってノシノシと歩いて近付いてくる。
「ふぇ……?」
「ぐふふっ、初めましてナナシ様。我輩はーー」
そして目の前で立ち止まり、ディアンと繋いでいない無防備な左手を勝手に掴まれた。
そのままニタニタと下衆笑いをしながら手の甲に口付けしようとしてきたのでーー
「わ、わしに触れるなぁ!!」
我慢できなくなって叫んでしまう。
気持ち悪い、気持ち悪い!!
今まで抑えていた全ての魔力を解放すると、その余波で地震が起きた。
地面が大きく揺れて、砦の壁がピキピキと嫌な音を立て始める。
「ナナシ様!!どうか落ち着いて下さい!!」
「……っあ」
ルーベンスに決死の形相で諌められて、これは不味いと慌てて魔力を抑える。
「……」
静寂。円卓の誰もが言葉を失い、此方に恐怖の目を向けていた。
目の前の肥え太った男に至っては失禁して白目を向いて気絶している。
どう考えてもやり過ぎてしまった。
(ああぁ!どうすればよいのじゃ!?)
混乱しながら僅かに悩んだ末、どうもこうもないと結論付けた。
開き直って、偉そうに腕を組んで、やけくそ気味に言い放つ。
「……か、勝手にわしに触れようとするからじゃ!!自業自得じゃ!」
正当防衛だと宣言するとそれに合わさってペシッ、ペシッと背後から音がする。
臀部の少し上辺りに違和感を覚えて振り返ると、鱗が生えた白い尻尾のようなものがあった。
自分の意思に従ってふりふり動いている。
なんじゃこれ?
そう思っていると誰かがポツリと呟いた。
「龍人の尾……!?」
その一言を皮切りに、今まで円卓に座っていた面々が椅子から退いて膝を折って跪く。
どうやら突然生えてきたらしい尻尾を見て、ガクガクと身体を震わせている。
ペチンと地面を尻尾で叩く度に、ビクッと反応する。
害意は無いのでそこまで怯えなくていい。
そう言おうとした途端、真横から溢れる濃密な殺気を感じて言葉を失う。
アルテに目を向けると鬼のような形相で、視線だけで射殺さんとばかりに倒れた男を睨んでいた。
『アルテ……?』
念話を繋げると、見られている事に気付いたアルテがハッと我に帰る。
『あ、あなた、もう少し気を付けた方がいいんだよ?』
『おおぅ、心配掛けてすまんのじゃ……』
その後、気を遣ってくれたのかルーベンスが場を取り繕い、軍議には参加しなくていいので、別室で待っていて欲しいと言ってくれた。
「ナナシちゃん、いこー?」
「う、うむ……」
というか、自分が居ると空気が重くて気不味いどころの騒ぎではないので席を外して欲しいのだろう。
お言葉に甘えてディアンと共に先に退出させてもらった。




