12.薄暗い部屋で
「んじゃあとりあえず利害の一致ってことでその話はおっけーや」
清秋達が去った地下室に不必要に大きな声の関西弁が響く。
それを嫌な顔一つ見せずにキーボードを叩きながら百舌鳥は首を縦に振る。
「わかったじゃあ次に今回の襲撃の犯人だけど」
「あー、知ってる知ってる。犯人はこの二人やろ」
胸ポケットから何やら取り出して百舌鳥のいる机の前に投げられる。
キーボードの上に落ちたのは二枚の写真。そこには真っ黒なコートを着た枯れ木のような男と、反対にその男の膝ぐらいしかないのではないかと思えるほど小さな少女の写真だ。監視カメラの一部だろうか、かなり高所から撮影されているため詳細な人相などは確認しにくい。
それを目だけ動かして確認した後、
「私が特定した人物と同じ」
一際大きなキーボードの打撃音が響き、目の前の画面に二人の写真が映し出される。
こちらは大介が用意した写真と異なり、履歴書に張り付けるような正面からの写真だ。
「ほー、さっきからパチパチしてたのはこれを調べてたんか。たいしたもんや」
「それほどでもない」
両手を叩いて賞賛する大介に対して一言返す。両者とも言葉に感情は読みとれない。
「でもなんでダイがこんなこと知ってるの。私でも今の情報を見つけるのには手こずった。過去に消されたデータをネットに散らばった断片から拾い集めてやっと見つけられたのに……。ああ、そういうこと」
キーボードを叩きながら一人で納得したように画面を見る。
そこには先ほどの二人と同じ様な写真で大介の顔が映っている。
「そこまで見つけるとは、さすが超妹やな」
「さっきから思ってたけど、その超っていうのはやめてほしい」
「ええ、だって佐々木妹はおるからその更に妹って言ったら超つけるしかないやん」
「その理屈は私にはどうにも理解できないけど……、もっと他にいい呼び方はなかったの」
「じゃあ賞賛を込めて超絶妹にした方がいい?」
「もはや単語の使い方から学び直す事を進める」
怒っているのかあきれているのかもわからない平坦な声で返す。
「元の呼び方でいいわ」
「なんや、引き下がんの早いな。おまえの姉ちゃんはもうちょい食いついてくるで」
「これ以上はなしても無駄だと判断したから。それにあまり喋りすぎて無駄に体温を上げても嫌だし」
「んじゃあそのワイシャツ脱いでくれたらいいやん」
「死ねばいい」
珍しく感情のわかる台詞で即答する。無表情だが心なしかゴミを見るような目をしている。
「それで、確認だけどこの二人、砂駒冬樹と的場小蛇は両者とも市立氷猟高校に通っていたただの学生」
「せやで。よくある平凡な高校に通う普通の学生やった。あくまで表面的にはな」
ニヤニヤと笑みを浮かべる。
「進学は主にエスカレーター式で氷猟大学、ほんでそこからの就職は」
「米軍をはじめ世界各国の軍隊、特殊部隊。一部に警察等の公務員も混じってるけど主に軍事系に進む者ばかりね」
「当たり前や。入学すれば銃火器、対人格闘術、指令指揮法、戦いに必要なもんを徹底的にたたき込まれるんやからな」
「さすがOB、詳しいわ」
カタンとキーの音と同時に画面に文字が追加される。
氷猟高校二年C組二番、蘆屋大介。先ほどの写真の下にそう表示される。
「懐かしいわー、何年前の写真やっけな」
「八年」
即答する。しかしキーボードからは手を離している。
「これはわざわざ調べる必要もない。八年前の学校消失事件は私でも知ってる」
「俺も知ってるで、一夜にして学校が粉々に吹き飛んだって話やろ。でも今の話からどうやってその事件に行くんや」
バカにしたように白い歯をむきだしにしている蘆屋。
「とぼけないで。消失事件が起きた学校こそこの氷猟高校。そしてそれを起こした張本人があなたでしょう」
大介の口角が更に上がる。
「さっすが超妹殿やな。まさかそれもネットのどっかに転がってた。……てわけじゃないやろ」
「そのとき学校にいた全校生徒の能力と性格から導き出された答え。写真も見つけたけど、さすがにここまですれば自然災害とも言われる」
映し出されたのはただの平地の写真だ。わずかに残った建物やグラウンドのトラックなどからかろうじて学校だとわかるが、それ以外はハリケーンでも通り過ぎたかのように建物の瓦礫が散らばっている。
「まさか外部からの進入者って線を考えんかった分けちゃうよな。その辺の理由があるんやったら教えてほしいんやけど」
「あの学校は外部からの進入は無理。セキュリティが厳重すぎて中から外に出る事さえ不可能。刑務所から脱走する方がまだ簡単」
モニターの画像が切り替わり、三階建ての建物が映し出された。当時の航空写真による氷猟高校がまだ健在だったころの写真だ。
一見普通の校舎に見えるが、ところどころ不自然な点がある。
城壁とも呼べそうなほど高い塀。その上端には有刺鉄線が備えられ、数メートルおきに監視カメラが設置されている。
校庭にはその城壁よりも高い櫓が東西南北にそれぞれ配置されており、屋上を見るとヘリポートの印が確認できる。
まるで学校に擬態した軍事基地のようだ。
「その通り、あの高校に入学すれば入る事も出ることもできん。でも超妹、一個だけ忘れてるやろ。誰もできへん事を平然とやってのける奴」
「……」
疑問ではなく先を促す沈黙。
「規格外中の規格外。世界最強の怪物」
「清水出魅」
ぼそりと呟く。
「でも彼女の姿だけじゃなく、進入した形跡もなかった」
「そりゃあ規格外の生物やからな。あいつのする事を予測することもしたことを予測することも誰にもできん」
「じゃああれを起こしたのは清水出魅なの」
「半分ぐらいはあの女のせいやな。ちなみにそのときは清水出魅じゃなかったけど」
知らない人間が聞けばからかわれているかのようなセリフに百舌鳥はもちろん困惑することはない。
「確かに八年前はまだ出美に出魅は発現していなかった。彼女、もしくは彼の前の身体のときね」
「そんなわけやからあの事件をオレ一人のせいにせんとってな。ネット掲示板にもそう書き込んどいて」
「残念ながら私は不確かな情報をたれ流さない」
そこで一度一息ついて
「それで、その二人の情報を開示して何をしてほしいの」
実際大介のした行動は百舌鳥の前では無意味に等しかった。相手の知り得る情報を開示したところで何の交渉材料にもならないということは大介も理解している。
「実を言うと学校同じやった事もあってちょーっとこいつらとは顔見知りなんよね」
「つまりこの二人を手助けしろと」
「いや違う」
「違うの」
さらりと答える大介に驚いた風も納得した風も見せずに百舌鳥は淡々と言葉を発する。
「あー、でも間違いでもないかな。手助けはせんでもいいけど助けたってほしいねん」
「三行で説明して」
「出魅と戦う
弱い
死ぬ」
「理解した」
「いや、絶対理解してないやろ」
ここはボケたつもりだった大介は逆につっこみを入れてしまう。
「理解した。つまりこのまま方っておいて出魅に勝負を挑んでも蟻が像に挑むぐらい無謀なことなのでうまいことして戦う事をなくしてほしい。そういう意味だと解釈したんだけど」
「恐れ入りました」
情報処理脳力の高い百舌鳥にはむしろ長い説明よりも簡潔に物事を述べた方が伝わりやすいのかもしれない。
「出魅は強い
戦い避ける
命が助かる」
「出魅と戦闘すれば負けるのは確実だから直接戦う事を避ける事で二人の命が助かるということね。それで、私は何をすればいいの」
「誘導する
違う方向
注意を引きつける」
「別の者に注意を払うことで出魅というターゲットから遠ざけると。でも肝心の出魅が出てきたらどうするの」
「大丈夫
二人は弱い
出魅は弱い者に興味ない」
「この会話結構疲れるんだけど」
「モズ
ダイスケ
トモダーチ」
「現代社会の情報の恐ろしさを身を持って体験させてあげようかしら」
エスカレートした大介のボケに対して冷徹な言葉を感情のない声で放つ。
「まあそんな怒りなや。体温上げたらあかんやろ」
「誰のせいか理解してるの」
無表情な声ながらなんとなく語気が強く聞こえる。
「まあそんなわけであの二人の命を救ってやってほしいんよ」
「そんな事を言ってもあの二人もあなたと同じ種類の人間。金で動くから依頼主から報酬は貰って、清水出魅の力を理解した上で雇われてる」
すると大介は苦笑しながら
「いやー、ところがあいつらアホやからさ、標的の事なんか知らずにうまいこと使われてる可能性があるねん」
「それも含めてこの二人の能力。標的の調査を怠った二人の責任」
こと専門分野だからか、情報については厳しい。
「そんなつれないこと言いなや。ほら、オレがなんかそれ相応の対価払うから」
「……」
しばらく無表情で探るような視線を向ける。
「どうしてそこまでこだわるの。何事にも見返りを求めるという噂のあなたには珍しい」
「どこで聞いた噂やねん。ああ、どうせ佐々木妹やろ。あんまり姉ちゃんの事信じすぎたらあかんで」
「話をそらさないでほしい。どうしてあなたはあの二人をかばおうとするのか。それともあの二人を助けてあなたにどんな見返りがあるのか、って質問した方がいいの」
目を逸らさずにじっと大介を見つめる目には力がこもっていないものの、威圧感を放っている。
「そんな何回も言う事ちゃうやろ。同級生を助けたいからって事で納得してや」
「…………」
百舌鳥はしばらく無言でキーボードを叩きながら数十のモニターを眺めている。
やがてその沈黙に耐えられなくなったのか大介が何か喋ろうと口を開きかけたとき
「わかった。とりあえずはそういう事にしておく」
「ほう、なんかわかったんか?」
手の動きを止めた百舌鳥を見て大介が横目で尋ねる。
「いえ、まだわからない。憶測の域を出ないしわざわざそれをあなたに尋ねても有益な情報が得られるかわからない」
「なんでも聞いてみぃ。大体答えたるわ」
「調べればいづれ分かることだと思う。それにあの二人に対する情報操作料として使われかねない」
そして再びキーボード操作を始める。彼女の言う不確定要素を調査しているのか早速情報操作を始めたのかはモニターを見ただけでは大介にはわからなかった。
「まあ聞かれんやったらわざわざこっちから言うつもりもないけど。んで? オレはあの二人を助けてもらう代わりに何したらいいんや」
「今は思いつかない。とりあえずツケ、ということにしとく。得意でしょ、そういうの」
「あいあい、りょーかーい。ていうか何してる知らんけど、話しながらもパソコン触ってんのな」
言われて百舌鳥は一度手を止めて顔を上げる。
「不快に思うならやめるけど」
「いや、別にそういうわけちゃうんやけど。ほら、オレとか携帯触ったりしながら人と話してたらどうも話の内容右から左やから」
再びモニターに向き直りながら。
「大丈夫。私の頭はそんなにヤワじゃない。一度に十人の話を聞きながらでも可能」
「聖徳太子超えたな。ていうかさりげなく馬鹿にされてるような気もする」
「気のせい。ちなみに十人全員に一度に返答することもできる」
「いやいや、流石にウソやん」
「嘘じゃない」
言うと椅子を後ろに引いて机から引き出しを空ける。手前から引き出されたのは現在操作していたキーボードとは別のキーボードがさらに二つ。
まだまだこれだけじゃないと言いたげに無表情で驚く大介を一瞥すると、足元からもキーボードが出てくる。
手で二段構えのキーボード四つ、足で二つ、合計六つのキーボードを叩く。まるでオルガン奏者のようだが、その手の動きは楽器演奏の数倍の速度で動く。そして
「「「とりあえず三重で喋ってみたんだけど」」」
複数人の声が部屋に木霊する。それは全て百舌鳥の声でひとつは机に座っている彼女自身の声、残りは
「電子音声か」
「そう。これで何人とでも喋れる」
キーボードで打ち込んだ言葉をスピーカーから出力する。
先程の声は全員同じ言葉だったが、全てをバラバラに入力すれば並列的に複数人と会話することも可能だ。しかしそんなこと普通の人間ではできるはずがない。
「お前も十分人間として規格外やな」
「褒め言葉として受け取る」
一言答えて再びキーボードを元の状態、二つ操作に戻す。
「それで、あの二人に対する情報操作は何をすればいいの」
「せやな。感心してる場合ちゃうわ。肝心なこと忘れるとこやったわ」
再び得意のニヤニヤ笑いを始めた大輔はその行動にどういう意味があるのか、額にずらしていたサングラスを装着し直した。




