11.蘆屋大介という男
広い部屋の中に堅い足音が響く。
「どうやってここに来たの」
雀はニヤニヤと笑いながら歩いてくる男、蘆屋大介に問う。その言葉には刺々しさがる。
「どうやって? どうやってって。おもろいこと言うやん、佐々木妹」
今日は学校で会う時のような制服ではなく革ジャンにレザーパンツという今まで気づかなかったのが納得できる程の全身真っ黒な服装だ。
「どういう意味よ」
腹を抱えてケタケタと笑う大介に対し、それが癪に障ったのか更に雀の言葉は厳しくなる。
「めっちゃおもろいやん。わざわざ俺に聞かんでも」
「雀達と同じ。普通に階段から来た」
答えたのは百舌鳥だった。
「地下のドアは普段隠してるけど、さっきは開けっ放しだったから。ちなみに家の敷地には塀を乗り越えてきた」
「あっ」
清秋は思わず声が漏れる。確か雀に先導されて地下へ来る際、後ろを歩いていたのは清秋だ。そのときドアを閉めた記憶はない。
そのことに気づいたのか、それともただ単に声に反応しただけなのか、雀は凍てつくような視線を清秋に浴びせる。
「あー、ドアはしっかり閉まってたで。もう、見つけるのに大分苦労したわ」
「もう一回言うけど家の中のカメラで見たらドアは開けっぱ……むぐ」
「はは、超妹。無表情な割に結構喋るやん」
百舌鳥の口を片手で塞ぎながらサングラスを額にずらす。
というか超妹というのは百舌鳥の事だろうか。
「気になるのはこの家の敷地に入ってきた方法やろ。簡単に言ったらぶち抜いて来たんやけど」
「ぷはっ、この男、結界をでかい大砲でぶち抜いてきた」
「大砲ちゃうで超妹。あれは無反動砲に魔力込めたヤツや。あれぐらいで壊れるとか清水家の結界もしょぼいな。あ、佐々木妹、庭に大砲っぽいの落ちてるかもしれんから拾っといて」
「呼び名はどうでもいいのかよ」
「うーんまあこだわりないしな」
大介は軽く流す。
それに対して雀は怒るのをあきらめたのか、ため息をつきながら
「あなたも出魅部長と同じぐらい規格外ですね。で、わざわざこんな地下まで何をしにきたんですか」
「遊びに」
「まじめに答えてください」
「もー、そんなに怖い顔せんでもいいやん。ちょっと話があるんやって、超妹に」
数分後、清秋と雀は先ほど佐々木家に来て最初に通された部屋にいた。
大介は「超妹と二人で話がしたい」らしい。
「よかったのか」
「というと?」
「いや、あの大介と百舌鳥を二人だけにしてよかったのか」
暗い部屋で男女が二人、といえば怪しい響きになるが、それ以外にも片やバリバリの戦闘系に対して、超インドア系の少女だ。
万が一話がこじれたり、険悪な雰囲気になったときどうしようもない。
「心配しなくても大丈夫ですよ。見た目はああですけど、交渉とか話し合いの時はきちんとしている男ですから」
清秋は驚いて目を見開く。
いつもは会えば口喧嘩ばかりしているのに、今日は珍しい事に大介をフォローしているのだ。
清秋の表情に気づいたのか、雀は少しきまりが悪そうに
「べ、別に客観的な意見を述べただけです。性格としては気に入りませんけど人間としてはちゃんとしているんです」
「へー」
いじったらおもしろそうだが今回はやめておいた
「ところで、あの二人は知り合いなのか?」
雀は少し考えてから
「いえ、あの二人が接触したことはなかったと思います。といっても昼間はいないので何ともいえませんが」
「じゃあなんであいつは佐々木家に来たんだ?」
「それは私たちが襲われたからでしょうね。一応あの男は出魅部長からあなたの教育を依頼されてますから。清秋さんが一人で身を守れるようになるまでは力を貸してくれると思いますよ」
しかし清秋目的で来たのだとすると更にもう一つ疑問が生まれる。
「でも百舌鳥に話って何でしょうね。私たちの話をどのあたり聞いていたのか知りませんが、やはりあの子の情報収集能力を使いたいんでしょうか」
「となると襲撃犯の特定か。となると俺たちは何もしなくてもいいな」
「いえ、そういうわけにもいかないかと思います」
清秋の楽観敵な発言を雀は否定する。
「あの人は人の思うように動くのがを一番嫌う人間です。自分の行動を利用して誰かが特をすることを許さないタイプの人間です」
「性格がひねくれてるんだな」
「そうともいえますね」
少しあきれたような口調でため息を漏らす。
「あなたの教育係を受け持った時は知りませんが、今回は何かしらの見返りを求めてくるでしょう」
「見返りって言うと、お金か」
「それもあるでしょうが、それだけなら私や出魅部長に言えば済む事です。わざわざ百舌鳥に話しかけたと言うことは」
「情報がほしいのか」
「ええ、それも誰かが損をするような。例えば特定の人物の弱点や、知られたくないような過去」
とことん性格が悪い。そんなものを得てどうするというのか。
「まあ、私もそれほどあの男の事を知っている訳ではないので手に入れたい情報などそういう類のものという事だけしかわかりません」
もちろん清秋など大介との付き合いはついこの間からであるので、彼の思惑などわかるはずもない。
清秋はそれ以上考えるのは放棄する。
「知られたくない過去ってので思ったんだけど、蘆屋と出魅ってどういう関係なんだ」
出魅から依頼されたといっていたが、あの二人がどのような間柄なのか、それとも先ほど雀が述べた様にただの取引で成り立っている関係なのかもわからない。
雀と面識があるところを見るとそこまで険悪な関係ではないのだろうが、実際に二人の会話を聞いた事がない。
「ええ、私もあまり詳しいことは知らないんです。ただ、昔からの知り合いだとか」
「昔って、あの二人はまだ高校生だろ。幼なじみだとしても、そこまで昔じゃない」
「大事な事を忘れているようですが、出魅部長の精神年齢は五百歳を軽く越えてるんですよ」
血液を本体とする吸血鬼は肉体は変われど精神は引き継ぐ。出魅として現れる人格は西暦1400年半ばに串刺し公の異名で呼ばれたヴラド・ツェペシュその人だ。昔といえば確かに日本の戦国時代まで遡る事ができる。
「それに言っておきますけど蘆屋大介はああ見えて二十歳を越えてます」
「なんだって!?」
予想だにしていなかった真実に清秋は驚愕する。
「昨日制服だったじゃないか」
「それは学校に入りやすくするためです。制服ならただのヤンキーにしか見えませんが、私服であの風貌は不審者です。最悪の場合警察のご用になる事もあり得たので」
至極真っ当な答えを返す雀。彼女は清秋が大介を学生だと思っていた事に驚いているようだ。
「まあそこまで年をとっている訳ではないので、年号が変わる前まで遡る事はないと思いますが。ただ、出魅部長の前の身体だった可能性はありますね」
「ふーん、でも雀より古いつきあいって事は結構仲がいいのか」
「仲が良い、というよりかお互いを認めた主従関係のようなものでしょうか」
適切な言葉を探す様に雀は言う。
「どういうことだ」
「さっきも言った通りあの男は見返りがなければ働きません。ただ、出魅部長に対しては無条件で依頼を受けるんです」
「裏で取引してるとかじゃないか」
「ええ、それも確かにありますが、二人の会話にはだいたい私がいますから。清秋さんの教育係の依頼をするときも蘆屋は二つ返事で了承していましたし」
「じゃあ出魅の方が大介より格上なのか」
しかし雀は清秋の言葉に首を振る。
「格という面で見ればあの二人は対等でしょうね。片や最強の生物吸血鬼、片や自然災害の異名を持つ乱射魔。一対一で戦えば互角の戦闘ができると思います」
「まさか、いくら強いって言ってもほとんど不死身の怪物相手にただの一般人が対等に戦えるわけない」
しかも出魅の再生能力は普通の吸血鬼の比じゃない。負った傷も数秒とせずに回復するほどの高速再生だ。
そんな相手に銃だけでどうやって対抗するというのか。
「確かに普通の怪物刈り(ハンター)や銃使いでは対抗すらできないでしょうね。でも蘆屋大介という男を一般的というくくりにしてはダメです。あの男は怪物以上、自然災害との名相応の破壊能力があります」
普段文句ばかり言っている割に高評価な雀の発言に清秋は驚く。それほどの男なのだろう。
「ただし、条件があります」
「条件?」
「ええ、普通の弾なら出魅部長は一瞬で回復します。しかし特殊な弾を使えば多少回復を遅らせることができます」
銀の弾丸。よく狼男の弱点として挙げられるのその特殊装備は吸血鬼にも効果を発揮する。
怪物特有の体液に対して毒性を示す銀は怪物退治には必需品とも言って良い。といっても全てが純銀というわけでなく、比較的柔らかい銀の性質上主にコーティングとして使われる。
「といっても銀の加工や、コーティングを全ての武器にするにはかなりのコストが掛かってきます。しかも出魅部長を倒す程となるとかなりの経済力がなければ不可能でしょうね。つまり経済面を克服すれば互角の戦いができるというわけです」
それだけやっても互角、と聞いて改めて出魅の凄さを思い知らされる。
「つまりそれだけの経済的支援があれば出魅に楯突くこともあるってことか」
「まあそれだけやって互角ですからわざわざそんなことしないでしょうけどね。私の知り合いで出魅部長を倒せるとしたらあの男だけという話です」
しばし沈黙し、お互い湯呑に入ったお茶を啜る。
先程の地下室で冷えた体に暑いお茶は体の内側から温める。
「失礼します」
と、そこで会話の合間を見計らったかのように部屋の障子が開かれる。
「お食事の用意ができました。よろしければお持ちしますが」
現れたのは着物を来た二十代後半程の女性だ。髪の毛は後ろで綺麗にまとめられており、正座をして現れた姿は旅館の若女将という風だ。
「ご苦労、鈴原。そうですね、清秋さんには先にお風呂に入ってもらおうと思いましたが思わぬハプニングがあったので」
チラリと清秋を見ながら言う言葉には少し刺があった。
「先に食事にしましょうか。鈴原、では準備をお願い」
「かしこまりました」
鈴原と呼ばれたその使用人は言うやいなや廊下に置いていた台車からおしぼりと箸を取り出し、清秋たちの前のテーブルに手際よく並べていく。
他人に食事の用意をされるのは慣れていない所為か少々居心地悪く感じながら次々と並べられる小皿や茶碗をただ呆然と見つめていた。
どうやら雀の発言を予想していたらしく、廊下に置かれたカートから食事も次々運ばれる。
並べられたのは白米を始め茶碗蒸し、刺身、天ぷらなど簡易的な懐石料理だ。
「毎日こんなものを食べてるのか」
「? ええ、大体こんな感じですよ。時々洋食もありますけど」
「お客様が来るとは聞いていなかったので有り合わせで作ったもので申し訳ありませんが」
謙遜しながら言う鈴原だが、これだけの料理を出されたら清秋の方が謙遜しそうになる。
「薄々気付いてたけど雀ってかなりいいとこの家出身なんだな」
「言う程のものでもないと思いますけど」
「失礼します」と言って出て行った鈴原に手で合図をした後、並べられた食事に箸を付け始めながら言う。
「まあ結構古くからの家系ですからそう言われることも結構ありますね」
明らかに由緒ある家だろう。
食事の仕方もなんとなく気品がある。
恐らくこの料理も食べる順番などもあるのだろうが、考えていてもしょうがないので清秋は刺身に箸を付ける。
「古くからって大体どれくらいなんだ?」
「私もあまり覚えてないんですが、江戸時代ぐらい? だったと思いますけど。宮本武蔵ってそれぐらいですよね」
「?」
なぜ宮本武蔵が出てくるのだろう。確かに武蔵が生きた時代は江戸時代初期だが、まさかそれから続いている家系となるとかなりの古い家だ。家の敷地から考えても途中で分家したというわけでもないだろう。
「でもまあ土地やお金があると言ってもそれほどいいものでもないですよ。税金とか管理にそれ相応のお金もかかるのでテレビで見る億万長者程贅沢できるほどでもないんです」
「なんか高校生の会話とは思えないな」
「仕事柄両親が家を空けることも多いので、そういった手続きを私が代行することも多いんです」
天ぷらに塩をつけながら言う。
実際どれぐらいの負担になるのか清秋には想像もできないが、金持ちは金持ちなりにそれなりの苦労があるようだ。
しばらく沈黙が続き、箸と食器が当たる音だけが室内唯一の音になる。
見た目も然ることながら味の方も申し分ない。と言っても清秋が美食家ではないのでどこがどう美味しいとかはわからない。しかしむしろ素人にも味の違いがわかる程美味しいという事である。専門家から見ればかなり上等なものなのだということがわかる。
「これってあの鈴原さんって人が全部作ってるのか」
「そうです。今日は人数も少ないので彼女一人です。ちなみに彼女もこの家の血を引いてますよ」
つまり親戚ということだ。
あの礼儀正しそうな女性も戦闘向きの能力を持っているのだろうか。
「てことはあの人は雀の従姉妹か何か」
「いえ、昔佐々木家から分家した家です。親戚ですが私からはかなり遠い親戚ですね。大体佐々木家に使えているのは分家の人間が多いです。いざ戦闘になった時の対処も分家なら十分対応できますから」
「あの人も強い系の人か」
どうもこの世界に入ってから周りは血の気の多い者ばかりだ。もっとこう、頭脳戦をする者はいないのだろうか。
「言っておきますけど分家だからと言って本家にかなわないわけではありません。『勝手場の鬼』と呼ばれた鈴原が本気を出せば私の姉でもかなわないと思います」
もはや最近登場する人間の能力のインフラに対する免疫がついてきた清秋は何も言わずに味噌汁で言葉を流し込む。
お椀の中身を全て飲み干し、テーブルに奥と同時に麩が開けられる。
「お食事が終わったようですので食器を下げに参りました」
テーブルの上の料理は全て食され、あるのは空になった皿だけである。
まるでどこかで監視していたのではというタイミングだ。
「さて、それでは」
回収される食器を眺めながら雀は口を開く。
「今度こそ入浴されてはどうでしょう。今度は誰かが先に入っているということもありませんので」
「食後すぐに風呂かよ」と言いかけたが、後半のセリフに何やら力がこもっていたので清秋は何も言えずに彼女の指示に従う事にした。




