10.百舌鳥
振り向いた少女は佐々木雀と全く同じ顔だったが、よく見るとところどころ違う事に気づく。
しかし性格も見た目もきっちりした雀とは対照的に、髪の毛は伸び放題で服装に至っては明らかにオーバーサイズだろうというワイシャツ一枚という格好だ。
もちろん片眼鏡もつけておらず、雀と比べると目に力が篭っていない。
「双子?」
「いえ、三つ子の末の妹です」
「佐々木百舌鳥と言う。よろしく」
百舌鳥と名乗る彼女は平坦な声でそう言うと座ったまま手を差し出す。ワイシャツの袖が大きすぎて指先しか出ていない。
「えっと」
普段挨拶に握手などしないので少しためらっていると、
「あ、失礼」
と言って袖を引っ張り、再度手を差し出す。
勢いで肘付近まで顕わになった彼女の腕は驚く程細く白い。あまりに華奢なその手を握るのは少し躊躇われたが、百舌鳥は無表情で清秋を見つめ続ける。
このまま固まっていると明日の朝までこのままになりそうなので、清秋は手を握り返した。
ヒヤリとした感覚が手のひらに伝わる。目をつぶっていたら人と握手しているとは思えない程冷たい手だった。
当たり前だ。こんな寒い部屋でワイシャツ一枚でいれば体も冷えてしまう。
数秒にも満たない握手のあと、手を放す。
「百舌鳥……、さん?」
雀もいるのに苗字で呼ぶのはややこしい。しかし初対面で名前を呼び捨てというのは少し抵抗があった清秋は敬称を付け足す。
それに対して百舌鳥は
「百舌鳥でいい」
声にも見た目にも感情を表さずに言う。
「じゃあ、百舌鳥」
「何」
「寒くないの」
「適温」
全てを一言で返す彼女に何となくペースがわからない。
しばらくの沈黙のあと
「むしろ全裸の方がいい」
「男の前で何を言っているんだアンタは!」
「効率的に体温を発散するには全裸が一番。雀に言われて着てるけどいつもは全裸」
女の子としあまりにもな爆弾発言に絶句する清秋に雀が助け舟をだす。
「百舌鳥、冗談でもそう言う事を言うのはやめなさい」
すると百舌鳥は無表情のまま雀の方へ向きを変え
「でも雀も家ではいつも全裸。家では誰にも気を使わなくていいからって」
「さすがの私でもブチ切れますよ」
静かな笑顔が放たれる。今のでただでさえ低い室温がさらに低下したのではないか。
百舌鳥は無表情のまま体をブルリと震わせる。それは部屋の寒さの所為ではないだろう。
彼女は再度清秋の方を向くと
「今のはちょっと言いすぎた。でも私はいつもパンツ一枚」
「それもそれでどうかと思うが」
「ごめん、ブラもつけてた」
「そう言う問題でもないだろ」
「ちなみに姉さんもブラ付けてるけど、私としては不必要だと思う」
自然と雀の首より少し下に目線が行く。
制服のブレザーの上からだが、そこにはきちんと双丘が伺える。
これぐらいあれば下着は必要なのではないだろうか。女子から見れば不必要なのかもしれない。もしくは服の中で水増ししているという可能性も
「何を確認しているんですか清秋さん」
「な、なんでもないです」
視線を戻すと
「姉さんっていうのは燕のことだから。三つ子の一番上。まな板」
この少女の発言には少し悪意が感じられる。
それに彼女たちの姉に会ったことはないが、最後の一言は言ってもいいのだろうか。本人がいればどんな正確の者でも激怒する発言だ。
「名前」
「え?」
「あなたの名前はなんですか。What's your name?」
なぜ英語を入れたのかわからないが、そういえば彼女の名前を聞いただけで自分の自己紹介をしていなかった事に気づく。
「俺は葛葉清秋」
「キヨ」
恐らくそれで呼ぶよと言う事だろう。相変わらず無表情でまっすぐな目で見てくる。
「うん、それでいいよ」
清秋の承認を得ると椅子を回転させてディスプレイの方を向いてしまった。
これで話は終わりと言う事だろうか。こちらを向く気配はない。
仕方がないので会話相手を雀に変更する。
「とりあえず聞きたい事は色々あるが、今日は使用人以外は誰もいないって言ってなかったか」
「家の中にはいませんでした。地下ですから」
という屁理屈を宣う
「というのは冗談として、百舌鳥は佐々木家としては異質の存在なんです」
「戦闘能力皆無」
どうやらディスプレイを見ているだけで会話の中には入っているらしい。
「戦えない、というのも一つですが、先程も言ったようにこの子はこの部屋からほとんど出ることができません。というのは体質が問題なんです」
「体温調節機能なし」
「体温調節中枢の異常で体温を下げられないんです」
確かにそれなら外に出るのは自殺行為だろう。
体温というのは色々な原因で上昇する。
普通に生きているだけで熱を発するし、熱いものを食べたり、光にあたっても僅かに上昇する。
普通の人間ならその中で得た熱量の不必要な分だけを発散させる。その方法として一般的に知られているのは汗だ。
汗が蒸発することによる蒸発熱によって体温を下げるのだが、それができないとなるとどうなるのか。
サウナを思い浮かべたらわかりやすいかもしれない。汗をかいても湿度が高くて蒸発できず、血管の表面積を広げても外気温で冷ます事ができない。簡単に言えばそういう状態だ。
厳密に言えば少し違うのかもしれないが、常にサウナの中にいれば倒れてしまうのは自明の理だ。
「だからこの部屋は寒くなってるのか」
外に出れば動けないのでこんな地下室に閉じ込められている。年齢は自分と同じだし、外に出てやりたい事もあるだろう。
「ええ、百舌鳥の体温を下げるのはこれが一番簡単な方法ですから。発汗機能等が無いわけではないので脳に電極をさして無理やり汗をかかせたりすることも可能ですが、手術やら外部装置やらを必要とするので本人が」
「めんどい」
一言でその方法を却下する。
確かにわざわざそんな大掛かりな装置を使わなければいけないのは手術やその後の機械調整を含めて面倒なのかもしれない。
「それにそういう理由があればこの部屋に引き篭ってても文句は言われないし。家族公認ニート」
もしかして今のめんどいという言葉は部屋から出るのが面倒だという意味も含まれているのではないだろうか。
とりあえず彼女自身は自分の体質について特に気にしている様子はない。
「でもわざわざ隠す必要もないだろう。まるでいて欲しくないみたいじゃないか」
その言葉を聞いて雀は少し顔を曇らせ、答えにくそうにしている。まさか図星なのだろうか。
「私自身が一族から見て忌むべき存在というのは事実」
「百舌鳥!」
叱咤する雀に対して、百舌鳥は付け足す。
「でもそれは少し前まで、今はそこまで嫌われていない、……はず」
最後の一言が少し気になったが、本人はそれほど気にしていないようなので清秋は少し安心する。しかしなぜ忌み嫌われなければならないのか。やはりこの体質が関係していると考えるのが妥当だろう。
すると雀が口を開く
「先程、二階でも言ったように佐々木家は代々清水家を護衛する一族。ですから戦闘ができない者は差別される事が多いんです」
「でもそれじゃあ」
「ええ、私もその対象でした。でも外に出て生活できる。それなら多少頑張ればある程度の戦闘はできるようになる。風当たりは強かったものの、そこまであからさまな事はされませんでした。でもこの子は違います。全く外に出れない。戦闘もできない。そう言った理由からこの地下室に半ば軟禁状態になっています」
「今は死んでる」
雀の言葉が切れたタイミングで百舌鳥が言う。
「あくまで社会的に、ということですが。これがこの子を隠す理由です」
「ちょっとまて。まさか外に出られないしいなくなってもいいから死んだことにしてしまおうってことかよ。それじゃああんまりだ」
「いえ、死んだことにしたのは別の理由からです。現在のこの子の扱いは佐々木家の中では良い方に変わりました」
雀は曖昧な言い方をするが良い方に変わっただけで、普通には接されてないのだろう。昔から嫌われていた者の扱いが突然変わるはずがない。
そうするには周りの人間関係を完全に入れ替えてしまわなければ不可能。友人関係ならともかく、ひとつ屋根の下で暮らす家族間ではそうもいかないだろう。
「別の理由っていうのは」
「これ」
と、無表情少女が指を差すのは彼女の前方。壁一面に敷き詰められた数十個のディスプレイだ。
そのディスプレイには全て違う画面が表示されている。世界各国のニュース番組、どこかのホームページから監視カメラの映像まであり、数秒ごとに別の画面に切り替わっている。
「百舌鳥は情報収集能力に長けていました。見たり聞いたりした情報の処理能力、速度が飛び抜けていました」
「並のスパコンなら私の方が早い」
まるで自慢するかのようにカタカタとキーボードを打ち始める。しかも片手で一つ、両手を使って二つのキーボードを操作する。
「例えば葛葉清秋という名前からあなたの家を割り出す事も可能」
言葉が終わると共にキーボードを叩く音も止まり、数十のモニターが一つの大きな画面を映し出す。
「俺の家じゃないか!」
百舌鳥はおろか雀にさえ住所など教えた事がない。一体どうやったのか
「簡単な事。雀と同じ学校だから移住地域は絞られる。その中で葛葉という苗字の家から子供がいるであろう家庭を絞る。念の為に学校の名簿にハッキングして確認した」
この数秒もかからないうちにそれらの事を全て行ったのだ。葛葉という苗字が珍しい方だとしても全ての家を確認し、適切な判断をする。しかもコンピューターの扱いも一般人以上のようだ。確かにこれだけできればコンピュータ以上だ。少なくとも現在のコンピュータならば自分で条件を設定することなどできない。
「ちなみに画像はインターネットの地図サービスから拝借」
どうでもいい予備情報を言って再度キーボードを弄る。画面は元のように全てがバラバラの表示に戻った。
ここまでの正確さと速度があれば、戦闘ができなくても情報という十分な武器を持っている事になる。しかしこれは
「さっきの話からすると清水家寄りの力なんじゃないか」
「ええ、だからこの子は社会的に死んだことにされました。清水家に知られないように」
つまり個々の戦闘のみに特化している佐々木家が広範囲の情報力を得ると両家のパワーバランスが崩れるのだ。
両家はお互いの力がなければ維持できない。
もし百舌鳥の存在を知られれば均衡が崩れ、清水家は百舌鳥を押さえにくるだろう。最悪の場合本当に死んでしまうという可能性も否めない。
「でもここまで聞けばわかるかと思いますが、清水家にも両家のバランスを崩す者がいるんです」
「清水出魅か」
雀は無言で肯定する。
清水出魅。
吸血鬼による圧倒的運動、戦闘能力と『無欠』による高速治癒、さらには視認できるものは触れずに操作できる念力『自由自在』を持つ怪物。
後者、二つの能力は考えようによっては治癒能力と広範囲攻撃なので、守りの力ともいえるが、彼女の存在は完全に佐々木家寄りだ。
いや、むしろ『佐々木家より』などと括ってしまえる存在ではない。彼女一人いれば町ひとつ消し飛ばすほどの力がある、核兵器のようなものだ。
「じゃあパワーバランスってことになったら出魅の方が存在としては許されないんじゃないか? あの人一人で佐々木家の護衛なんて必要ないくらいの力がある」
「本人の前でよくも不要とかいえますね」
半目で清秋を睨みつける。
「まあ確かにそうです。あの人がいればどんな敵がきてもものの数秒で撃退できるでしょうね。ただしそれは夜だけの話です。昼と夜で人格、能力が変化する彼女はかなり不安定ともいえます」
「え? でも……」
と言いかけて止まる。
病院では彼女は夜にも関わらず出美の人格になっていた。実際は昼夜の区別が無いのではなかったか。
しかし、それは彼女自身が言ったことだ。あの時は出魅が自分をからかうために出美のふりをしたと言うことも考えられる。
何か? と首を傾げる雀に対して首を振って話の続きを促す。
リズムを崩された雀は咳払いを一つ
「不安定ですからそれを戦力としては考えていないようです。あくまで研究、自分たちの開発力はこれぐらいあると言うのを誇示しているみたいです」
「互いに協力関係な割に結構ぎすぎすしてるんだな」
「ええ、どういう訳かここ数年で関係の悪化が顕著に見られます」
「清水出魅の所為」
百舌鳥が呟く。
「さっきも言ってたけど清水出魅はバランスを大きく崩してる。私も多少影響してるかもしれないけど、彼女は規格外すぎる。釣り合ってる天秤の片方を手で無理矢理引っ張ってるみたいな感じ。あんまり放っておくとバランスだけじゃなくて天秤そのものを壊してしまいかねない。もしかしたらそれ以上の被害がでることも」
「「……」」
意味深な言葉を呟く百舌鳥に二人は口を噤む。無感情に呟かれた言葉は本気で言っているのか冗談で言っているのか読べない。故に少し二人とも言葉を発せられなかった。
しかし彼女の情報収集、処理能力があれば二人が知らない清水出魅を知っているのかもしれない。
「百舌鳥、それはどういう……」
しかし
「いっやぁ、やっぱりこの部屋はさぶいなー!」
突如として現れた関西弁の男によって遮られた。




