第7話
第7話
小山の上から改めて養殖場全体を見渡す。
半径20mまで広がった「周辺探査」が、霧越しに周囲の地形を映し出している。
……広い。
広いのだが。
これでも足りないのかぁ……。
養殖池は想像以上に巨大だった。
半分以上を壁に囲まれた人工の池。
その全景は20mでは収まり切らない。
劇的に進化したと思った「周辺探査Lv2」。
だが現実は甘くは無かった。
巨人を先に見つけるには、この距離でもいけるだろう。
だが周辺を完全に見渡すには、もう一押し欲しい所だ。
くそ、やっぱ「周辺探査」はもう1レベル位欲しいな。
常時「周辺探査」を展開するだけなら、羽虫のENG回復でもなんとかなる。
しかし次のレベルアップまでに必要な熟練度は、普通はレベルが上がる度に増えていくものだ。
そのためのENGは、羽虫では圧倒的に足らなかった。
魚だな
答えは出ている。
魚を「吸収」してENGへ変換できれば、一気に改善する。
……はずだ。
だといいな。
お願い、して!
よし、行こう。
俺は小山を滑り降り、以前巨人と遭遇したスロープ付近へ向かった。
松明の位置をチェックしながら、光の範囲にあまり入らないように移動する。
予想はしていたが、やはりこの場所は基本的に「暗い」のだ。
壁や作業場所ににたいまつが必要なほどに。
あれ?
壁際に、不自然な隙間がある。
近付く。
周辺探査が輪郭を映し出す。
出入口……か?
スロープの裏側。
普段は見えない位置に、人が一人通れるくらいの出入口があった。
幅は狭いが……高さはかなりある。
4m位か?
なるほど。
巨人はここから出入りしてたのか。
前回はいきなり遭遇してビビりまくっていたが、
こうして落ち着いて見ると色々見えてくる。
世界が少しずつ広がっている。
……悪くない。
俺はスロープへ近付いた。
ん?
池の中に、色が見えた。
いや、見えたというより……
色付いている。
魚らしき反応が、薄いピンク色になっている。
この世界で、白黒以外初めて見た。
さらに、水底にぽつりぽつりとピンク色の饅頭がある。
ええー?
奥の岸壁近くにも浮いている。
???
近付くほど、水中と水底のピンク色が増えていく。
あっ、分かった。
これ、生体認識か!
「周辺探査Lv1」の時にこの機能は無かった。
初めてここに来た時は、動く魚に色は付いていなかったからな。
レベルが上がって自動追加されたのか。
表示されない追加機能、やはりあったか!
結構近寄らないと色が付かなかったので、認識範囲は半径4mといった所か。
それで、出来るんだろう? オン/オフ?
生体認識 半径4m オン/オフ
「周辺探査」の説明に追加された。
よーし、よし! 扱い方が分かってきた。
それにしても。
……同族、か?
水底でじっとしている、ピンク色がついた小さな饅頭。
どう見ても俺と同じ形だ。
ただサイズはあきらかに、向こうの方が小さい。
スライム……だよな?
スロープの近くにもいた。
生体認識の無かった「周辺探査Lv1」では、石にしか見えなかっただろう。
水中で普通に生活している?
ということは。
やはり水中、行けるのか?
川は物理的に危険だったが、ここなら大丈夫かも。
息?
多分必要ない。
最初に来た時も何となく行ける、そう感じていた。
そして、実際に同族がいる。
なら、決まりだ。
水中への進出が、今始まった!
俺は勢いよく池へ飛び込んだ!
つもりになって、慎重にそろりそろりと入っていった。
…………。
おお!
水温は、体感としてあまり感じない。
ただ、冷たい水だとは分かる。
浮く、沈むは結構自由自在。
やろうと思えば素早く移動も可能だ。
スライムって便利だ。
思わず感心する。
水中の「周辺探査」は地上からはノイズが多かったが、水の中に入るとクリアに映る。
魚が泳いでいる。
今回のターゲットだ。
問題は、どう捕まえるか。
近付く。
逃げる。
さらに近付く。
さらに逃げる。
ぐぬぬぬ……。
速い、速すぎる!
ストックする前に逃げられる。
何か無いか。
その時、俺は収納していた羽虫を思い出した。
餌に、なるか?
試しに一匹だけ体の表面へ出す。
すると、魚が。
ぴく。
寄ってきた。
ほら、来い、来い!
今!
「ストック」!
魚×1
成功した!
そして名前がおおざっぱ過ぎぃ!
そのまま吸収!
ENG +60
うおぉぉぉぉぉぉぉ!
でかい!
羽虫とは比較にならない。
一匹でENG回復量が60。
これは革命だ。
食生活改善ってレベルじゃありませんよ!
これなら「周辺探査」の熟練度稼ぎに希望が持てる。
魚最高、魚バンザイ。
俺は夢中で魚を集め始めた。
餌の羽虫は取らせない。
匠の技で再利用だ!
これなら熟練度上げで減ったENGも、すぐ回復出来る。
控えめに言って、最高。
何匹か吸収しながら、さらに「ストック」を繰り返す。
ストック レベルアップ Lv1 → Lv2
!?
びっくりしたせいで、羽虫を取られた。
「ストック」のレベルアップ!
熟練度は、出し入れした数か?
「周辺探査」の例を考えると、その線が濃いか。
インベントリを確認!
枠 5個 → 15個
おおっ!
すごい増えた!
…………。
それで他は?
「ストック」に念じる
カスタム……無し?
何も反応が無い。
いやいやいや!
これ絶対表示されずに、何か機能が追加されてるだろう?
俺は知ってる、知ってるぞ!
くそう。
まあいい、先に魚だ。
羽虫を使わず、少し離れた魚に思わず「ストック」をした。
魚は音も無く消えて、インベントリに追加された。
——はあ!?
離れた位置でも「ストック」出来た!
「ストック」可能距離の延長。
これか! 隠し機能!
色々試すと、およそ2m先まで「ストック」可能だった。
すげえな、こりゃ……。
近距離のハイポリゴン、残しておいて良かった。
これでもう魚に触れる必要も、羽虫を餌にする必要も無くなった。
順調すぎて逆に怖い。
水中なら、恐らく巨人も来ない。
取り過ぎに注意だが魚も豊富、どころか巨人が世話までしてくれる。
ENG回復に困ることは、そうない。
しばらくはここを拠点にして、探査を進めるか。
そう思った、その時だった。
出入口に巨大な反応3つ。
来たか。
巨人だ、今度は3匹。
俺は水中で停止した。
薄い霧の向こう。
巨大な影が近付く。
松明で視界を確保している者。
網のようなもので、魚をすくう者。
もう一人は、恐らく松明を交換している。
……仕事をしてる。
思っていたよりずっと普通、という印象だ。
乱暴でもない。
怒鳴りもしない。
黙々と作業を続けている。
そして巨人だと思っていたが離れた場所から見ると、そこまで大きくないことが分かる。
身長は、多分140cm前後、
色は分からないが、その姿で思い浮かぶ名前がある。
ゴブリン。
あれは、ゴブリンだ。
雑魚モンスターの代名詞だ、
ただし大きさ30cmの俺から見れば、十分に巨人だ。
腰布一丁の姿を思い浮かべたが、今いる3匹は上着も着ている。
自分の中のゴブリンのイメージとは、だいぶかけ離れている。
しばらくすると3匹は帰ろうと歩き出した。
ふぅ……。
やり過ごした。
その時。
1匹の小さなスライムが、のそのそと岸へ上がった。
おい。
危ない。
そう思った瞬間松明を交換していた巨人が、何気なく。
本当に何気なく。
そのスライムの上へ足を下ろした。
小さなスライムは一瞬で形を変え、動かなくなった。
そのまま巨人は去っていったが、俺は小さなスライムから目を離せなかった。
生体反応のピンク色は、まだある。
それが、ゆっくりと薄くなっていき、やがて完全に消えた。
何事も無かったかのように、魚が1匹目の前を横切った。
水の中は静かだった。
その静けさだけが、やけに耳に残った。
第7話 完




