第44話
第44話
踏み込み途中でクリスは「双牙・烈風」を発動した。
3連続の攻撃。
1度目の踏み込み攻撃を「無印」は左手の短剣で捌こうとして失敗し、体が右に流れた。
アクセルモードでスピードとパワーが急に増したせいだろう。
そのままクリスが2度目の攻撃。
「無印」は少し体勢を崩しながらも、両方の短剣でそれを受けた。
そして3度目。
最後の攻撃を「無印」はカウンターで迎え撃とうとしていた。
しかしクリスは3度目の踏み込みをキャンセル。
ほぼ同時に俺は奴の後ろに下げられた右足を、不可視の腕で掴もうと手を伸ばした。
「無印」のカウンターが空を切る。
それでも奴はクリスの攻撃から目を離さず、カウンターも、途中で止めようとした。
その時俺の「魔力鞭」の手が、「無印」の右足に、
——触れた。
超反応で移動しようとする奴の意識が、ほんの僅か。
本当に僅か。
クリスから、離れた。
ジャギャン!!
クリスの放った「双牙・風来」が廊下の壁に爪痕を残し、「無印」の右脇腹に深い傷をつけた。
そのまま彼女は「無印」に半分背を向けて、「双牙・風陣」を発動。
無数の範囲攻撃。
一発一発の威力は弱い。
だが右脇腹に深い傷を負い、さらに対応できるのが背中越しの右手の短剣。
数度斬撃を捌いた無印はしかし、ついに右手の短剣を落とした。
落とした短剣に斬撃がさらに当たり、遠くへ飛ばされていく。
クリスは「風陣」を発動させながら、「無印」の方に振り向いた。
鼻から鼻血がつぅと垂れる。
「無印」は右手を突き出した半身でこちらを見ていたが、
ゆらり。
右側に滑らかに移動しながらこちらを向いた。
左手に短剣。
クリスは技の終わりに少しだけ、こちらも滑らかな動きで少しだけ後退した。
一瞬の対峙。
同時に動いた。
「無印」が3人に。
クリスも3人に。
増えた。
双牙流・奥義。
朧。
それぞれが、別の技を繰り出す。
斬撃を放つ者。
踏み込む者
6人がバラバラの動きを行なった。
……勝敗を分けたのは何だったのか、後から考えても分からない。
クリスが「アクセルモード」だったからか。
「無印」が脇腹を切られていたからか。
奴の短剣が1本だけだったからか。
ドームでの毒の注入が、奴の動きを鈍らせていたからか。
だが俺の目には、「無印」が最後の一振りを途中で止めた。
そんな風に、見えた気がした。
幾多の双牙流の技が放たれた余波で廊下に轟音が響き渡り、あちこちに深い傷が出来た。
クリスは右肺から右脇腹にかけて大きく切られながら、「無印」の心臓に短剣を突き立てていた。
即座に「グレーターヒールLv6」で治療開始。
膝を折る彼女の口が少量の血を吐きながら小さく、
「お母さん……」
と呟いた。
ゴブッと血を吐きながら崩れ落ちる「無印」が最後に何か言葉を発した。
何だ?
聞き取れなかった。
最後だけ、
……トダ。
そう聞こえた。
かはっ。
クリスが咳き込んだ。
治療は終わったが、相当な深手だった。
「無印」突き刺した短剣を手放して、彼女は血が滴る口を拭った。
(イチロウ……。)
(ああ、クリス。 ああ。)
(勝てた、の?)
(ああ、お前の勝ちだ、クリス。 見事だったぞ。)
(最後、朧、出来た……?)
(ああ、美しかったぞ、クリス。)
(そう……へへへ。)
笑おうとして、クリスはまた咳き込んだ。
咳に血が混じっている気がした。
(出血は止めたはずだ。)
(大丈夫、喉に残ってるだけだから。)
そう言うとクリスは事切れて倒れている、「無印」を見ながら立ち上がった。
(本当に死ぬかと思った。)
(クリス。)
(うん?)
(奴の魔石を、取れ)
(……うん。)
クリスは「無印」の心臓から短剣を引き抜き、魔石を取り出そうとした。
(あれ?)
(どうした?)
(魔石が、無い。)
(えっ? そんなことあるのか?)
(無い事も、無いかな? ごくたまにそんな報告あったような。)
(そうか……どでかい魔石が取れそうだったのになぁ。)
(ふふ、イチロウらしいね。)
物凄く損をした気分だが、仕方がない。
ドーン。
何かの爆発の音が遠くで聞こえた。
(イチロウ、行きましょう。)
(ああ。)
死闘の跡が残る廊下を俺達は南へ。
最後に周辺探査に映る「無印」に。
俺がこの世界に目覚めてから、最後まで強敵であり続けた剣士に。
そしてクリスの師に。
そっと別れを告げた。
外に出られる、崩れた壁がある小部屋に着いた。
いざ出ようとしたその瞬間、クリスが崩れ落ちた。
(クリス!)
慌てて「魔力鎧」と「魔力鞭」で体を支える。
(アクセル、モードの、反動、来たみたい……イチロウ、西の城壁の外に……。)
クリスはそう言って意識を失った。
任せとけ、西の城壁はすぐそこだ。
城壁外にクランメンバーが来てると言っていたな。
(旦那様。)
うお! びっくりした!
(セバス! 脅かすな!)
お前の存在、忘れていたよ!
(たまには存在をアピールしませんと、忘れ去られそうで御座いますので。)
…………。
怖いよ! 心を読むなよ!
(今忙しいんだが……。)
クリスを「魔力鞭」で支えながら、山岳部を移動する。
彼女の姿勢を調整しながら、所謂「お姫様」抱っこ状態だ。
絵になる状態だが、当の本人が気絶してるのが残念すぎる。
(以前より行っておりました修復シークエンスですが、一応の完成を見込めましたので、ご報告をと。)
(一応に、見込み、随分遠回しな言い方じゃないか。)
(以前にご希望なさっていました、「発声モード」は使用可能となりました。 男性モードと女性モードが御座いますが……)
(男性モードでいい。 女性モードには絶対にするな。)
おれは食い気味に答えた。
西の城壁の端に着いた。
暫く城壁の上を移動すると、「スポット」で広場で北側半分程に人間が展開してるのが見て取れた。
あっ! 西側で「星」が戦ってる。
周りを人間が遠巻きに囲っている。
まあ精々頑張ってくれ。
俺は疲れた。
(その他の機能につきましては、旦那様にご相談が。)
(どうせENGだろう。)
(ご明察、恐れ入ります。)
(流石に想像つくわ! どれくらいだ?)
(9、000で御座います。)
ぼるなあ!
(後で考える! 今は忙しい!)
(何時でもお声がけ下さい。)
どいつもこいつも、ENG取っていきやがって!
ぼやきながら、俺はそっと胸壁にクリスを座らせた。
胸壁を登って城壁外を「スポット」で見ていく。
クランの仲間——と、あれか?
少人数の集団、一人離れた所にいる。
うお、頭の上に耳がある。
獣人というやつか?
あれに間違いないだろう。
取りあえず、クリスを運ぼう。
発声モードなり念話なりで話しかけてみよう。
そう思って、クリスを抱えようとした時だった。
「ここに居たか!亜人!」
すぐ傍の昇降口から登って来たらしい、何とか男爵が憤怒の表情でこちらに向かってきた。
生きてたのか。
「見ておったぞ、貴様広場で”レッドキャップ”の魔石を取ったな?」
「こちらに差し出せ! それはお前ら亜人には過ぎたる代物だ!」
意識のないクリスに向かってそう言いながら、後ろで腰の短剣を抜いていた。
「褒美はくれてやる! ギルドに口をきいてやっても……」
お前完全に口封じするつもりだろ。
そしてまた呼んだな。
侮辱を込めて亜人だと。
クリスに向かって。
俺のクリステリアに向かって。
音もなく射出された石は男爵の右ひざに当たり、奴は無様に転倒した。
「死神の宣告Lv3」がその体に吸い込まれ、ビクリと体を震わせた後、静かになった。
ヒュルル。
何かが飛んでいる音が聞こえた。
探査範囲に、こちらに向かって飛んでくる火球が映った。
俺はすぐさまクリスを魔力鞭で包みこむ。
火球が俺と男爵の間に着弾した。
その衝撃で俺とクリスは、要塞の外に吹っ飛ばされた。
クリスだけは、必ず守る。
——そこで俺の意識は、途絶えた。
第44話 完




