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第43話

第43話




クリスの突きを受け流すかと思った「無印」の短剣は、そのベクトルを小さく変えて、クリスの攻撃を跳ね上げた。


途端に踏み込んで横を通り過ぎる。

しかし俺の「魔力鞭」で体を支えられた彼女は、体が流れる事なく、「無印」攻撃を防御する事に成功した。



ジャガッ!



3mしかない通路で放たれた「双牙・風来」は壁に複数の傷跡を残したが、クリスの短剣と、俺の「ヒーターシールド+2」で致命傷を回避し、何度目かの立ち位置の入れ替えを終えた。


距離が離れたので、装備品で「無印」を牽制しつつ、クリスの呼吸を整える時間を稼ぐ。


石の射出は殆ど無視された。

威力が取るに足らないと判断されたのだろう。


下級ゴブリンが即死する威力だぞ、コンチクショウ。


目を狙って座標固定から射出しても、クリスから目を離さず額で受けられた時は、泣きが入りそうだった。



装備品の牽制も効果は薄い。


奴にしてみれば素人同然の俺が操る武器など、容易に対処出来るのだろう。


一度「縮地」に「ショートソード」を喉の位置に出してみたが回避され、以後一度も「縮地」を使わない。

安易に手札を切ってしまった事に後悔したが、後の祭りだ。


顔面を覆うようにボロ布を出してみたがすぐさま回避され、逆にそれを隠れ蓑にして突きを繰り出されて危うくクリスの喉に当たりそうになった。

恐ろしくて出せない。



戦闘センスという意味では、俺は「無印」はおろか、クリスの足元にも及ばない。

それがこの双牙流の剣士同士のぶつかり合いで、目に見える形で俺に突き付けられた。


距離が離れればこうやって装備品を牽制に使えるが、近距離でぶつかってる最中は互いのやり取りが高速かつ高度過ぎて、下手に手出しができない。



クリスは腕に二度、足に一度攻撃を食らったが、それは「魔力鞭」と「グレターヒールLv6」で対処出来た。


出来たが、俺には理解できないわずかな隙があるのだろう。

全部のタイミングで双牙流の技を出され、俺は背筋が凍る思いだった。


背筋はない、などという突っ込みを言う暇もない。



クリスが先に動いた。


少し右に動いてから左に大きく。

彼女の動きも「三角」戦より無駄が少ない。


一瞬の隙が致命打につながる危機感をこれまでの経験から、そして目の前にいる極上の教材から、己の糧としてその力量に落とし込んでいるのだろうか。



身を半歩引いた「無印」の前で、クリスの短剣が空振りする。


それを見逃さず踏み込もうとした「無印」の脇腹に、クリスが片手で放った「双牙・風来」が突き刺さった。



かに見えた。


短剣でガードされた。

しかし脇腹に、浅い傷が出来ていた。



「無印」の脇を抜けた後戦果を確認する前に離脱したクリスは、その無防備な背中に追撃を掛けようとして踏みとどまった。

俺も咄嗟に「ヒーターシールド」を前面に展開した。



明らかに「無印」の雰囲気が、変わった。


最初に襲い掛かって来た時は、身が竦む様な殺気を。


クリスと剣を交えるようになってからは、針で刺すような冷徹な武芸者の気迫を。



こちらに背中を向けながら、脇の傷を確認している。

そしてゆっくりと振り返った。



歓喜の表情で。



「無印」が初めて見せた表情の変化に、俺は奈落の底に沈んでいくような恐怖を覚えた。

クリスの身が硬くなるのを感じる。



「無印」が、左右2人に増えた。


(霞(かすみ)!)



クリスが叫ぶ。


2人の「無印」の右側が腕を交差させ、左側が前かがみの姿勢を取る。


右側が左右に腕を振りぬき、「双牙・空烈」の斬撃が発生。


それを追うように左側が踏み込み「双牙・穿雷」を発動。


その動作が瞬きする間もなく一瞬で展開される。



クリスは咄嗟に、奴の右側に回避を取ろうとして、廊下の壁に阻まれた。


(あっ!)


(クリスッ!)


本能的な判断で数か所に張っていた魔力鞭の一つで彼女を引っ張った。


その時にはもう、クリスの前面に展開していた「ヒーターシールド」は斜め後ろに吹き飛ばされ始め、その下を搔い潜って「無印」の死の刃が、彼女の体に迫っていた。


俺は奴の短剣を、「魔力鞭」の不可視の腕で掴もうとした。





クリスの心臓に、




短剣の先端が、




数センチ、




入った。





(……がはっ!)



猛烈な勢いで「魔力鞭」で後ろに引っ張られるクリスが呻くのと同時に、投与された「グレーターヒールLv6」の効果が発動。

死の淵を落ちかけた彼女を、上へと引き上げた。


同時に「無印」の短剣を掴もうとした俺の腕が、奴の顔に当たった。

完全に不可視の一撃に、奴は後ろに飛び退った。



(クリスッ! おい無事か!? クリスッ!)


(イチ、ロウ……。 私、……生きてる?)


(生きてるぞ! 死なせるかよっ!)



呼吸を整えて、ゆっくりと彼女は短剣を構えた。



(イチロウ。)


(おう。)


(勝てない。)


(…………。)


(だから、使うわ。 アクセルモード。)


(使うって……、)



短時間の限界突破。


もし凌ぎ切られれば、待つのは自身が動けなくなるデバフ。


この状況では、「確実な死」だ。



(おい、クリス! 待て!)


(もし、私が倒れたら、置いて逃げて。 「無印」もスライムは見逃してくれるかも。)


(おい! クリス!)



彼女は「無印」から目を離さず、短剣を構えながら少し声を震わせた。



(……イチロウ、私ね。)


(貴方が大好き。 愛してる。)


(クリスッ!)



クリスは念話ではなく、声に出して叫んだ。



「アクセル・モード!!」



彼女の内部で何かが弾け、力の奔流が全身を駆け巡る。


筋肉という筋肉が悲鳴を上げ、爆発の瞬間を待っている。



クリスは。


クリステリアは。


その身を前に躍らせた。





第43話 完



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