第42話
第42話
完全に油断していた俺達の命をつなぎ留めたのは、恐らく「位置」だった。
魔力鎧を纏ったクリスは天井近くから、魔道具を回収するために15mの高さまで、「降りた」。
「遮蔽の魔道具」の中に潜んでいた「無印」からは、「15m上空」という事になる。
「無印」はドームを通過する無警戒の相手に、先制攻撃をする意図があったのだろう。
もしかすると、ついに死体を見つける事が出来なかったクリスを狙っていた可能性もある。
だが、光源も無く壁を這いまわって移動するクリスが遠距離から魔道具を回収した瞬間、遮蔽が解けて自分の姿が発見される。
「無印」としては何らかの手段で「攻撃せざるを得ない」状況になったのだろう。
地上を歩く相手なら様々な選択肢があると予想されるが、相手が15mも上空では切れる手札が限られていた。
だから「双牙・空烈」を選択した。
「空烈」は遠距離攻撃の技ではあるが、それ自体の殺傷能力は他の技に劣る。
相手を空中に浮かすなどの、「態勢崩し」の意味合いが濃い技だ。
「無印」としては「空烈」でクリスを壁から叩き落とし、地上技で止めを付ける算段だったのだろう。
無論、その時は。
そんな事を考える余裕など、微塵も無かったが。
ズバン!!
凄まじい衝撃波をモロに受けたクリスは意識を失い、魔力粘着が剥がれた。
下に落ちる!
だが咄嗟に天井に伸ばした「魔力鞭」が「魔力粘着」を発動させ、その体を引き上げた。
俺も混乱の極致にあったはずだが、何故か冷静にドーム上部にある円形の意匠の「窪み」に「ワープ」を成功させた。
(クリスッ! クリスッ!)
魔力鞭でぺしぺしとクリスを叩く。
4回目でクリスが気付いた。
(イ……チロウ。)
(状況は分かるか!? 「無印」の奇襲を受けた!)
BPを確認。
3000近く減っている。 そして上限突破が解除されていた。
そうか、「三角」でレベルアップしてから、BPの上限突破をやっていなかった!
慌ててENGからBPへの変換と吸収を行って上限突破状態に持って行く。
料理も全部使えっ!
(「無印」……、そうだ「無印」!)
クリスの意識がはっきりしてきた。
(空烈? 食らったの? イチロウ、BPは!?)
(回復した。 約3,000。)
(空烈で3,000……。)
(呆けてる場合じゃない!奴が——)
動いた。
咄嗟に奴の方向に「ヒーターシールド」を2枚展開し、「ワープ」準備。
「無印」はドームの壁にある小さなでっぱりを何度か足場にして、8m程の高さにある金属製の金具を掴み、こちらを見た。
——そして、消えた。
「ワープ!」
円状の窪みの南側に移動。
今までいた場所に奴が短剣を突き出した状態で現れた。
くそっ!
窪みまで登られた!
しかし「座標固定」を張り付けることに成功した!
奴の後頭部に石を投——
スルリ。
滑らかな動きなのに、異常なくらい速いスピードで踏み込まれた。
既に短剣を両手に持っていたクリスが、即座に対応。
短剣同士がぶつかったとは思えない音が、ドームに響き渡った。
攻撃を阻止された「無印」が一瞬止まったのを見て、奴の背中に「死神の宣告Lv3」、「デッドリー対ゴブリンポイズンLv2」の投入を成功させた。
同時に右側から「ヒーターシールド」を、至近から魔力鞭で操作。
奴を窪みから落としたかったが、後ろにすぅと避けやがった!
毒が効いている様子がない!
石を正面から連続射出、当然躱される、左手の短剣で落とされる。
そこで後頭部に「座標固定」で石!
クリーンヒット!
「無印」は後頭部に下級ゴブリンが即死する石が命中しても、反応を見せずにこちらに目線を合わせたままだった。
俺は総毛立った。
同じ「近衛級ゴブリン」であるはずの「三角」や「星」とは明らかに反応が違う。
俺はクリスに「無印をゴブリンと思うな」と言った事があるが、こいつは本当にゴブリンじゃない。
そして同じ高さに登られた以上、今いる場所は俺達に有利に働かなかった。
窪みの高さが低すぎて、クリスがまともに立てない。
しかし「無印」は立てる高さだ。
(クリス! デバフは入れた! この場所は、ダメか?)
(……そうね、まともに動けない。 下に降りた方がマシかも。)
(分かった。 今いる場所の真下が通路の出入口だ。 幅3メートル、長さは50m。)
(私の班の侵入口ね、覚えてる。 通路に移動しましょう。 後退つつ出口へ。)
(了解。 通路の入口近くまで「ワープ」する。)
(下手に壁や天井に行かない方が、良いわね。 「空烈」で叩き落される。)
俺はクリスと話しながら、装備品を「魔力鞭」で操作していた。
盾2つ、長剣2つ、短剣1つ。
5つを動かしながら、狭い窪みでの踏み込みのスペースを作らせない。
(タイミングを合わせろ。 用意……GO!)
装備品を収納して、「ワープ」でドームの南側出入口の上部に移動。
「無印」からは完全に死角の位置だ。
クリスが壁に手を付けて「魔力粘着」を発動。
同時に魔力鞭を通路に目いっぱい伸ばし、さらに追加で「魔力粘着」。
クリスの正面をドーム方向に向けたまま、後ろ向きで通路まで一気に移動する。
再び装備品も「魔力鞭」でドーム方向に展開。
次の「ワープ」を用意——
ギイィィィン!!
3mしか幅の無い狭い通路に俺の装備品が展開しているにも関わらず、それを避けるようにドアの無い小部屋の出入口の縁を足場にして、「無印」が踏み込んできた。
恐らく「裂風」の3連踏み込みの3発目。
集中していたクリスの防御が間に合った。
(イチロウ。 後退中止。 逃げ切れない。)
衝撃で少し後退したクリスは、同じく滑るように離脱した「無印」を見つめながら言った。
(ここで迎え撃つしか、無い。)
「無印」は両手に短剣を持って、幽鬼のように低い姿勢から立ち上がった。
「近衛級ゴブリン」、いや。
双牙流剣士「無印」の表情を、俺の「周辺探査」は読み取る事が出来なかった。
第42話 完




