第41話
第41話
「魔力粘着」の滑りと、「ワープ」も使って俺達は要塞入口まで戻って来た。
クリスの意思で発動できないので、戦闘中に「ワープ」は使いづらいが、単純な移動なら俺も気兼ねなく使用できる。
クリスの致命傷を回避するのに使えるかと思ったが、ある程度集中しないと使えないのが欠点だ。
咄嗟に出せない。
「周辺探査」のレベルが5になり、距離は6mに伸びたが、発動までに若干タイムラグがあるのは変わらなかった。
まだ要塞内に「帽子」が残っている可能性があるので、天井移動は継続した。
そう言えば「無印」も広場に出てるのだろうか?
騎士なのか冒険者なのかは分からないが、あれと戦う羽目になる連中には心から同情する。
広間に出た。
外では討伐軍がドンパチやっているのに、ここは平常運転だ。
相変わらず料理を奥に運んだり、材料を厨房に運び込んだりしている。
(クリス。)
(何?)
(出来ればここの連中は、毒で静かに送ってやりたい。)
(……分かった。 イチロウに任せる。 東からまわる?)
(そうだな、そうしてくれ。)
いつ通っても、ここだけは平和で文化的な雰囲気なのだ。
例え洗脳された結果であったとしても。
いや、そうであるからこそ。
俺は彼らを、最後まで憎めなかった。
同情心すら、感じていたのだ。
養殖池が複数ある東側には、多くの洗脳ホブゴブリンがいた。
それらにグレーター以上の毒を打ち込んでいく。
長くとも10秒で、デッドリーなら即死していく彼らに心の中で短く祈りを捧げながら、それでも一匹たりとも逃さなかった。
厨房は後回しにし、広間に戻って来た。
先に動いている連中から片付けるためだ。
(奥に行ってる奴は、どうする?)
(多分最終的に女王の間まで行ってると思うわ。 そこは、討伐軍に任せた方が良いと思う。 女王の魔石はかなりの価値があるし。 現場を見た人の話だと、しばらくご飯が食べられないようになるみたい。)
それはくいしんぼうのクリスさんには由々しき問題ですな!
(それじゃ手が届く範囲に収めておく。)
(うん。)
奥に向かう奴はある程度見逃し、料理を運んでる奴は料理を「ストック」してから毒を打ち込んだ。
そして「厨房」だ。
料理や材料をを根こそぎ回収し、範囲毒を打ち込んだ。
エプロンを付けた「料理長」のホブゴブリンが倒れる。
お前の料理にはずいぶん世話になった。
安らかに眠れ。
(厨房自体はどうする?)
(「働き手」も「材料」も不足してるからそのままで良いと思うわ。 後をどうするかは、これから来る人達に任せる。)
(分かった。)
最後は西側だ。
といっても、こっちは殆ど居ない事が多い。
十字路を南に折れて養殖池へ。
養殖池には、誰もいなかった。
俺にとってはある意味「始まりの場所」だ。
池には魚が泳ぎ、水底には俺の同族が静かに沈んでいる。
俺の大きさがデカすぎて、もう「同族」とは言い難くなっているが!
討伐軍が来た後、ここはどうなるのだろう?
意外と、何も変わらないのかもしれない。
(イチロウ。)
(ん?)
(お風呂入りたい。)
(そんな時間無い! え、……あるのか?)
(あるわよ? 討伐軍がここまで来るのはかなり時間がかかるわ。 「レッドキャップ」もいるし。)
(…………。)
この状況下で、風呂!
この娘、大物だわ。
(分かった。 このまま行くか?)
(うん。)
洞窟を抜けて、湧き水のプールへ。
クリスに私物を渡し、いつも通り俺は入口近くで待機だ。
(イチロウ。)
(ん?)
(一緒に入る?)
(入らねえよ! スライムを誘惑しようとするな!)
(ふふ……イチロウは、びっくりする位紳士だよね。)
そんな事ない……いや、あるか。
あるよな? おれはジェントルマンに相応しい。
(……ねえイチロウ。 ここを出たら、どうするの?)
ここを出たら、か。
(決めてない。 いや決められない、かな。 方針を決める材料が乏しい。)
(私ね、クランの仲間に合流したら隣国に戻るつもりなんだ。)
クランの仲間。
俺とは違う、「人間の」仲間。
(元々そのつもりだった。 この国は想像以上に亜人に厳しかったし。)
(実はクランのみんなには、散々止められたの。 ここに来るの。)
そりゃ止めるでしょう。
それが普通です、クリスさん。
(イチロウ、たぶん貴方もこの国で正体がばれたら、良い未来は無いと思う。)
(そうか……。)
(だから、一緒に来ない? 隣国、カーマイン王国に。 私の住む街に。 私のいるクランに。 私と一緒に。)
クリスと、一緒に。
正直に言おう。
俺はこの娘と、絶対に離れたく無かった。
だが俺は、スライムだ。
人としては、多分生きられない。
傍に居る事で、クリスの重荷になるかもしれない。
(クリス……。)
俺は耐えきれずに、涙声で彼女に聞いた。
(良いんだろうか? 俺は一緒に居て良いのか?)
(良いよ。 もちろん。)
当たり前の様に、彼女は言った。
(私は貴方と一緒に居たい。 離れるのは、嫌。 それにね。 話してなかったけど、私の所属するクランって、迷宮探査が主な活動なの。)
(迷宮、探査?)
(うん。 ラステリア迷宮っていう、ダンジョン。 貴方の力は、そこで必ず発揮されると思う。 そうすればギルドも貴方に市民権を出すわ。 隣国のカーマイン王国は亜人を歓迎してるし、スライムも、その……。)
(その?)
(歓迎される、かもしれないわ。)
断言してよ!
いや、それは流石に無理か。
(クリス。)
(うん。)
(ここから出られたら、よろしく頼む。 嫌と言ってもくっ付いていく。)
(ふふ……うん。 こちらこそ、よろしく。)
クリスは途中秘密基地に寄った。
要塞から無事出られれば、ここにも二度と来ることは無いだろう。
彼女と初めてコミュニケーションを交わした記憶も、懐かしい。
クリスはランプを持って俺に差し出した。
(イチロウ。これ、入る?)
(ああ。 持って行くのか?)
(結構アンティークのランプなの。 ここの思い出に、持って行こうかなって。)
(そうなのか、分かった。)
「ストック」で収納。
(行くか。)
(うん。)
魔力鎧モードで十字路を北に進み、崩れた天井から2階へ。
最短ルートで西の城壁に向かう。
魔力糸の警戒網に掛からない様、天井を進む。
もうそんな必要は無いかもしれないが。
クリスを初めて見つけたドームに入った。
(あっ!)
(どうした?)
(遮蔽の魔道具、まだ置いてあるよね。)
毒で倒れたクリスを覆っていた魔道具。
そう言えばそのままだった。
見ると北側の崩れた壁の傍に倒れているのか、底が見えた状態で転がっていた。
(結構高価なのよね、これ。)
(よし、魔力糸は張られてない。)
(イチロウ、お願い。)
ほい。
「ストック」
魔道具をインベントリにしまい込んだ。
その瞬間。
魔道具の遮蔽範囲の中に潜んでいた、
近衛級ゴブリン「無印」が、
音もなく「双牙・空烈」を放った。
第41話 完




