第37話
第37話
クリスはまだ眠っているようだった。
机の上には僅かに灯ったランプが、秘密基地を薄暗く照らしている。
俺は椅子の上に乗り、回収した荷物の整理を始めた。
俺が注目しているのは、これだ。
上級ヒーリングポーション
最初に「リスト」でくすねた時にもあり、「フィルター」に掛けるとこうなった。
グレーターヒーリング Lv6
クリス曰くかなり高度な治療薬らしく、手足を切られてもその手足が確保できていれば、ほぼ元通りになるそうだ。
「グレーターヒーリング Lv6」が同じ効果を持つかは不明だが、圧倒的な利点は「クリスが自分でポーションを使う必要が無い」ということに尽きる。
俺は彼女に掛けられたデバフなら、「フィルター」で取り除くことができる。
だが、出血やヒットポイントへのダメージは対処できない。
よし。
せっかく回収してきたんだ。
半分ほどフィルターにまわそう。
しかしそうなると、やはり「オリジナルスキル」はあれが良いか。
すでに可否は回答を得ている。
可、だ。
かなりの難物だったが、莫大なENGが可能にした。
(…………。)
俺は心の中の決定ボタンを、押した。
ベッドの上のクリスが身動ぎした。
目を覚ます。
(……イチロウ?)
目覚めて最初にした事が、俺を探す事だった。
堪らなく嬉しかったが、一人残して離れるべきではなかったと後悔もした。
(居るぞ。)
(…………。)
クリスは暫くじっとしていたが、起き上がって俺を見つけ、スタスタと歩いてきた。
(……またおっきくなってる?)
(ああ。)
どうやら種族レベル5ごとに大きくなる仕様のようだ。
レベル15で直径45cmとなった。
彼女は俺を両手で抱え、ベッドの上に壁を背にして座った。
まるでクッションを前に抱えた状態だ。
顔を横にして、俺に頬を付けた。
少ししてぽつりぽつりと話し始めた。
(……私のおか……母親はね、)
(「お母さん」で良い。)
(……うん。 私のお母さんね、双牙流の高段者だったの。 そして「朧」の使い手だった。)
(特殊な技でね、使えなくても皆伝になれるの。 だから使える人はごく一部。 自慢のお母さんだったの。)
(私も使いたくて教えを強請ったんだけど、お前はまだ基礎が出来てないって。 だから一生懸命双牙流を学んだわ。 でもある時、)
クリスはぎゅっと腕に力を入れた。
(女王級ゴブリンの討伐に参加して、帰ってこなかったの。 「レッドキャップ」同士の連携で倒されたって、聞いたわ。)
そうか、だからこの娘はこんな危険な作戦に参加したのか。
理由の全てでは無いにしろ、かなりの部分を占めてるのは間違いない。
(……だから、「朧」を直接を教えてもらう事は出来なかった。 他の「使い手」も尋ねてみたけど、良い返事はもらえなかったの。)
(だから記憶を頼りに、努力してみたんだけど、結局私には習得できなかった。)
クリスは俺の体に付けた頬をすりすりと動かした。
(ふふ、言葉に出して話すと、結構すっきりするわね。)
本当はもっと甘い言葉を掛けるべきかもしれない。
いや……俺は俺のやり方でしか、話せない。
男って、ダメだな。
いや、俺がダメなのか。
(クリス。)
(うん。)
(どんなお母さんだった?)
(えっ。)
(師匠モードと家庭モードでこんな違いがあったとかさ。)
(……そうね。)
(ふふ、師匠の時は格好良いのに、家では結構おっちょこちょいでね……、)
話を聞いてやる事しか、出来ない。
俺はクリスの話を聞く聞くマシーンと化していた。
「女性は聞き上手に弱い」と何かで読んだことがある。
愚直にそれを初投入している訳だ。
ん? 初投入なのか?
俺は転生前は女性に縁が無かったのか?
若干悲しい気持ちになった。
(……ふう、ありがとうイチロウ。すっきりしたわ。)
それは何より。
聞きたかった事を、そろそろ切り出すか。
(なあクリス。 ここからは要塞の話に戻るぞ)
(分かった。 何?)
(俺は「帽子」の技を何度か見た。 消えて踏み込んでくるやつだ。)
(うん。 「縮地」だね。)
あれは「縮地」というのか。 なるほど、良い名前だ。
(他にも多彩な技を持ってるのか?)
(もっていない、はずよ。 今日でその自信は無くなったけど。 基本ステータス、特にスピードが速いからそれだけでもかなりの脅威なんだけど。)
(クリス、「無印」の戦い方を見たよな。)
(……うん。)
(奴は「縮地」も使ってた。 つまり「レッドキャップ」であることは間違いない。)
(うん。)
(……クリス、 「無印」はゴブリンじゃない。)
(えっ?)
(「縮地」を使える、人間の双牙流剣士。 こう考えてみてくれ。)
(…………。)
(そう考えると、どの程度の強さだ?)
(……間違いなく皆伝。 今まで見た双牙流の中でも多分最強だと思う。 技の流れのスムーズさが異常だった。)
(「朧」はどうだ?)
(……美しかった。 お母さんより動きが綺麗だった。)
(参考になりそうか?)
(! イチロウ。)
(「どうして使えるか」なんて考えても多分答えは出ない。)
(君から見てあれが「最強」なら、あれが君が目指すべき領域だ。 それをじっくり見られた。)
(こう考えろ。糧にしろ。)
(…………。)
クリスは俺の体を再びぎゅっと抱きしめた。
多分無意識だろう。
だが彼女の目に力が宿るのを、俺の「周辺探査」は感じ取っていた。
第37話 完




