第36話
第36話
(朧……。)
余りの光景に固まっていると、クリスの呟きが聞こえた。
おぼろ?
っと、状況が動いた。
腕を跳ね飛ばされた「盾1」が下がる。
痛みに耐えている様子は無い。
ダメージがBP以内なのか?
目の前の惨状を目にしてだろうか、僅かに行動が遅れたもう一人の「盾2」が片手剣で突きを繰り出した。
その動作がスローモーションに見えるほどの滑らかな動きで「無印」は左手の短剣でそれを受け流し、「短槍」を絶命させた右手の短剣を引き抜きざま後ろに下がった。
突きを繰り出した「盾2」が態勢を崩し、体が前に流れる。
そこに「無印」は、短剣を構えて左横を通り過ぎた。
「盾2」は胴を半分絶たれ、、衝撃波を受けて鮮血をまき散らしながら右に吹き飛んだ。
!?
俺は、知ってる!
あの動き!
その後奴は消え、現れた時には「杖」の心臓に正面から短剣を打ち込んでいた。
腕を切り落とされた「盾1」は、何らかの治療をしたらしく、止血を完了。
剣を構えた後に、体からすごい勢いで何かが噴射した感じがした。
(アクセルモードを使ったわ。)
(アクセルモード?)
(……能力の全開使用。 リミッターの解除よ。 短時間だけど大幅なステータスの上昇を見込めるの。 でも後でかなりのデバフが来る。 動けなくなるわ。)
(…………。)
デバフ覚悟の能力上昇か。
「盾1」が踏み込んだ。
遠方から見ていても分かる。 速い。
「無印」は滑らかな動きで「杖」から短剣を引き抜き、両手をクロスさせると短く踏み込んで上下方向に振りぬいた。
踏み込み途中の「盾1」に不可視の何かが当たり、体が空中に浮く。
美しさすら感じる流れるような動きで3連続で踏み込んだ「無印」は、1度目の踏み込みで「盾1」の剣を持つ手を、2度目の踏み込みで右足を切り飛ばし、最後の踏み込みでその首を刈った。
「盾1」をバラバラにした「無印」はそのあと少し歩いて消え、現れた時には脇腹を切り裂さかれて吹き飛んだ「盾2」の首に短剣を突き刺していた。
少しの時間そのままの姿勢で停止していたが、やがて男爵が消えた方向に歩き出した。
あまりの圧倒的な光景を呼吸も忘れて見ていたが、俺はクリスに聞きたいことがあった。
(クリス。)
(うん。)
(最初のは全く分からないが、それ以外の奴の動きを俺は知っている。)
(そうね……。 風来、空烈、烈風。)
やっぱりか。
クリスが俺を纏って、ゴブリン相手に繰り出した技だ。
ただし俺でも分かるくらい、明らかにクリスよりも技の完成度が高く見えた。
(最初の技はね、朧っていうの。)
震える声でクリスは言った。
(「双牙・朧」 双牙流の奥義の1つよ。 私にあの技は出来ないわ。 それを近衛級ゴブリンが使ってる……。)
人間の剣技をゴブリンが使ってる。
いや、凄まじいレベルで使いこなしている。
双牙流を学んだ、クリスが使えない技まで。
(どうしてよ。)
(クリス?)
(どうして使えるのよ。)
(クリス、どうした?)
(あんなに頑張っても使えなかったのに! なんでゴブリンが使えるのよ!)
(ねえイチロウ教えてよ! どうしてよ!)
(…………。)
(なんでよぅ……。)
うつ伏せのまま顔を両手で覆うクリスを、おれは黙って見ているしかなかった。
しばらくしてクリスは落ち着いたがそのまま秘密基地に戻り、今はベッドに寝かせている。
クリスのショックは正確には推し量れない。
正直掛ける言葉が見つからない。
せめて一緒にいてやりたかったが、寝息を立て出したのでそっとしておくことにした。
やるべき事も有る。
俺は久々の単独行動にやや緊張しながら、2階から西の山岳部経由で城壁にたどり着いた。
そのまま壁面を移動。
人族チームの拠点に向かう。
少し手前から、高速で展開する「調べる君」を駆使して見落としが無いように進む。
…………。
いない。
「男爵」も「無印」も。
死体は確認していないが、「無印」に追われて「男爵」が無事とは思えない。
安らかに眠ってくれ。
クリスにあんな言葉を吐いたお前には、相応しい最後だ。
俺は残された荷物を「ストック」し、「リスト」で要るものを分別していく。
私物と思われる物はパスだ。 トラブルの元にしかならない。
それなりに時間をかけて、全ての荷物を分別した。
壁面に戻って広場を一望する。
「十字」と「無印」。
なぜ広場に出てきた?
クリスはまだ早いと言ってた。
本来なら、もっと広場のゴブリンが少なくなってから出てくるはずの「近衛級」。
「十字」が現れたのは中央の水路付近からだった。
地形的に、要塞の地下辺りから広場に出ている水路。
水路か。
調べる必要は……、あまり無いか。
気にはなるが、理由より何処を重点的に警戒するかだ。
大規模討伐までに、装置の設置を終わらせる方が先だろう。
そして、「オリジナルスキル」。
これについては考え付いたことがある。
以前からあれば良いと思っていたが、「十字」との逃走劇で必要性を感じた。
俺は「スポット」で5人が「無印」に倒された場所を探査した。
遺体や荷物はゴブリン達があらかた持って行ったが、そうでないものもある。
あった。 残ってた。
時刻は……21:31。
ゴブリンは多くが寝ている。
壁面から地上に移動。
かなりの速度で平らな所を選んで移動する。
「範囲毒」と「石の射出」でルート上のゴブリンを排除し、俺は目的地にたどり着いた。
「ストック」
ヒーターシールド ×2
ショートソード ×1
ロングソード ×2
キャストロッド ×1
よし、目的は果たした。
撤収だ。
(セバス。)
(お呼びでしょうか、旦那様。)
(その、何だ。 クリスの状態は、分かるな?)
(大変ショックを受けられてるご様子。 痛ましい限りでございます。)
(あー、えっとな、……どう声を掛けたら良いと思う?)
(旦那様。 クリスお嬢様は旦那様がご自身でお考えになった言葉を、きっとお喜びになると存じます。」
(そ、そうか。)
(はい。)
分かったような、分からんような。
お前、俺に丸投げしてるんじゃないだろうな?
まあ柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処するしかないか。
「オリジナルスキル」にはまだ迷いがある。
しかし多分取る事になるだろう。
そんな予感を感じながら俺は自身が居るべき場所へと、暗闇の中を進んで行った。
第36話 完




