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第19話

第19話




(そう……。)



秘密基地の壁際に設置されたベッドの上で彼女は膝を抱えながら、そう呟いた。


彼女の名は、「クリステリア」


綺麗な名前だと思った。



革鎧を脱いで、ラフな格好になってる。


少々目のやり場に困る。


俺は意識的にそちらの感覚を、拾わないよう努めた。



机の上にはランプが光っている。


クリステリアが燃料を持っていて、使える事が分かった。



ベッドの上、俺は彼女の反対側の端にちょこんと乗っていた。


丁度俺の事情を話し終えた所だ。



全て話した。


初めは話すことと伏せておくことを考えながら話していたが、気が付けば止まらなくなっていた。



暗闇の中一人きりでもがいた苦しみを、聞いてほしかったんだろうか。


考え、仮説を立て、乗り越えてきたことを、褒めてもらいたかったのか。


受け取る側の事など考えもせず、俺は彼女にまるで母親に報告するがごとくぶちまけた。



話し終えてから、まずいと思った。


内容が、ではない。


あまりにも彼女に、甘えすぎた。



(あなたは、すごいわ。)



その言葉に、クリステリアを見た。


彼女はまっすぐな眼差しで俺を見ていた。



(よく一人で頑張ったわね。)



僅かに微笑みながら、そう言った。




…………。


俺には目が無い。


涙も、出ないはずだ。


だが心の中、涙で視界が滲んだ。



目が無いことを、初めて良かったと思った。


泣く姿を見られず済んだ。


涙声を知られたくなくて、俺は返事が出来なかった。


しかし体が微かに震えるのは、止められなかった。





(まずは、ありがとう。 貴方が居なかったら、私は間違いなく死んでいたわ。)



少しして、彼女はそう言った。



(中級ポーションでも対抗できなかったあの毒を、消せるなんて。 色々聞きたいことはあるけど。)



短く息を吐いて俺から視線を外し、中空を見上げる。



(……次は私の番ね。)



クリステリアがそう話し始めた所で、彼女のお腹がクゥーと小さく鳴った。


ちょっとカッコ良かっただけに、居たたまれない。


クリステリアは無言でカバンを漁りだした。


口元がひくついてるみたいだが、気のせいだろう。


そこで俺は思い出した。



(料理が、あるんだが……。)



彼女の手がぴたりと止まる。



(料理!? どんなのっ!?)



すごい食いつきようだ。


お腹減ってたのね。



俺は自分が吸収した中で、一番「満足度」が高いと感じた一品を、器ごと机の上に出した。


「ストック」は出すときも距離2mまでの範囲内でいける。



ゴブリン新料理長 鶏と魚のアヒージョ キャビア添え



絶対キャビアなんて入っていない事が不安材料だが、そこは彼女に判断してもらおう。


食器が無かったな、と思ってクリステリアを見たら、すでに彼女はマイスプーンを握っていた。



早っ!



スライムのように滑らかな動きで席に着こうとしたクリステリアは、なぜか途中でピタリと立ち止まった。



ん?



(ねえイチロウ……これ、貴方が作ったの?)



料理から目を離さず、彼女は問うた。


彼女に「イチロウ」と呼ばれることに、むず痒さを覚えながら俺は答えた。



(いや……、作ったのはゴブリンの料理長だ。)



グリン! 顔だけこっちに向いた。


怖いよ!



(ゴブリンの、料理……そう、これが……。)



クリステリアは席に着き、神妙な表情で器からスプーンでごく少量を掬い取った。


なんだか俺も、ものすごい緊張してきた。


緊張の面持ちで口に運んで——食べた。



(…………………!!)



その途端機械仕掛けのようにのけぞり、俺の方に這ってきた。


だから怖いって!



(イヒロウ! ろく! ろく!)


(ろ、ろく? ろくがどうしたんだ!)



自分の首を片手で押さえて、ろくろく言うクリステリア。


ろく……どく、毒か!



「フィルター!」



フィルター: ポイズンLv2 ×1



そう言えば忘れてた!


最初にポイズン取れたの料理からだった!


彼女は水筒から水をごくごく飲んでる。



(ぷは。 聞いてはいたけど、強烈ね。)



やばいって知ってたのかよ!


なんで食べたの!?



(あーその、すまん。 出すべきじゃなかった。)



俺は料理を(ストック)して詫びた。


俺の不注意は、大きい。



(え? ああ、貴方のせいじゃないわ。)



クリステリアは再びカバンを漁って、カロリーメイトみたいなものを取り出して包み紙を剥くと、もしゃもしゃと豪快に食べだした。



(味は最悪で、時には毒。 知識では知ってたの。 でもちょっと興味はあったのよね。 デバフを吸い取れるって言ってたから、食べるの挑戦してみたくなっちゃった。)



無茶しやがる。


くいしんぼうかよ。



(なるほど、それがゴブリンの食文化という訳か。)



俺の言葉に、彼女の動きが止まった。



?



クリステリアは無言で残りを平らげ、水筒の水で流し込んだ。



(そうね、何処から話そうかしら……。)



ベッドに腰を下ろしながら、俺を見た。





彼女の語りだした内容は、俺の予想を補完するものも多かった。


ここはグランディス王国辺境部にある、旧ダムス要塞。


30年ほど前に廃棄され、そこにゴブリンが住み着いている。


定期的に巡回はしていたが、国内のゴタゴタでここ10年ほど実施されておらず、巡回を再開してゴブリンの大集落が形成されているのが発見された。



情報を集めた結果、ここに「女王級ゴブリン」が発生したことが確認され、国家騎士団と冒険者ギルド合同による大規模討伐隊を編成。


先発隊の一部はすでに出立。


それに先立ち要塞への潜入破壊工作班を複数結成し、内部からゴブリンの勢力を削る作戦が立案された。



クリステリアはそれに参戦。


しかしクリステリアの班は、潜入後に「近衛級ゴブリン」に遭遇し全滅。


彼女も手傷を追ったが、生き残った。


だが毒のせいで身動きが取れなくなり、遮蔽魔道具を展開した所で意識を失った。



(……手傷。 おい、傷は大丈夫なのか?)



慌てる俺に、やさしい口調で彼女は言った。



(大丈夫、傷は完全に治療済みよ。 毒だけ消せなかったの。)


(そうか……。)



安心した。


そして今までの話で気になった点を、聞いてみる。



(女王級と近衛級?)



近衛級は何となく想像がつく。


「帽子」だ。



(ええ。 ゴブリンは突然変異だったり、通常種から”進化”することで上位存在になって行くわ。 ホブゴブリン、ゴブリンロードね。 通常はここまでなの。)



手に持った水筒を見つめながら、クリステリアは言った。


何だろう。


水筒を握りしめた彼女の横顔にあるのは、怒り?悲しみ?決意?



(でも数十年に一度くらいの割合で、雌ゴブリンが特異な進化することがあるの。 それが「女王級」よ。)



クリステリアは声のトーンを落として独白する様に呟いた。


ランプが照らす彼女の目が、小さく光ったように俺には感じられた。




第19話 完





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