第17話
第17話
フヒー
子豚のような声なき声を出して、おれは脱力した。
危なかった。
奴はあの魔道具を完全に見破っていた。
彼女だけでなく、俺もやられていた。
まあスライムは無視された可能性もあるが。
俺はここでハッと気づいた。
俺は彼女を引っ付けたまま、ドームの窪みを今の北から南東を目指して移動を開始した。
極力彼女の体を引きずって音を立てない様、慎重にいく。
奴は南の出入り口を出ていった。
あっちは外に続く穴はあるものの、最終的に行き止まりだ。
戻ってくる可能性がある。
南の出入口から入って来れば、今の位置は視界に入るかもしれない。
はたして5分もたった頃、奴はペタペタと戻ってきた。
そのまま東の出入口から出ていき、探査範囲外に消えた。
——よし、何とか一安心だ。
彼女の呼吸はだいぶ安定していると思うが、意識は戻らない。
さて、どうする?
あの遮蔽の魔道具は「帽子」に通用しなかった。
彼女を下に放置するのは論外だ。
今の位置ならそれなりに安全だが、狭いのが難点だ。
もうちょっと安定した広さの……。
あそこしか、無いか。
秘密基地。
あそこまで、どうにかして彼女を運ぶ。
しかし道のりは長いぞ。
ENGが持つか。
外壁で彼女がゴブリンに見つからないか。
……待てよ。
おれはミニマップを引っ張り出した。
今の位置は、1階でどのあたりだ?
ちょうど秘密基地があるドームの真上だ。
1階は秘密基地から東側に通路が伸びてる。
その先は十字路。
十字路の東は広間に、南は養殖池だ。
そして北は?
崩れた通路。
何が崩れてる?
天井。
天井が崩れたら?
2階と繋がる。
可能性は高い。
彼女は一時ここに置いて俺はドームの東側出口から、「帽子」が消えた通路へ、避難路開拓に挑むことににした。
東の出入口の先は、まっすぐな高さ6mの通路だった。
1階と同じ造り。
天井を進む。
問題は、「帽子」がどういったルートを進んでいるかだ。
奴の存在を周辺探査で捉えたまま、移動を開始すればよかった。
少し後悔したが、そんな神経すり減るような事やりたく無かったのでまあ良いとしよう。
前方に十字路、ここだ。
慎重に「調べる君」で周囲を探ってから、北に向かう。
すぐに床の陥没場所を発見した。
よーし、よし!
床は30mに渡って1階に向かって崩落しており、わずかな、しかし十分人が通れるような隙間があった。
だが隙間はあるが、だいぶゴツゴツしている。
途中に山になっている部分もある。
むむむ……
これでは運んでる最中に彼女が怪我をしてしまいそうだ。
俺はいそいそと煉瓦や石をストックしては別の場所に置き、を繰り返した。
スムーズに通れそうになった所で満足し、そのまま1階へ移動する。
十字路を西へ。
無事秘密基地のあるドームに戻ってきた。
このルートで行けそうだな。
おれはホッとした。 ほぼ全部の行程をショートカット出来た。
次から2階探索はこのルートがマストになりそうだ。
料理はまだいける。
厨房に補給しに行こうと思ったが、まずは運ぶことを優先だ。
2階に戻って慎重に進む。
ドームに入り、彼女の所に帰ってきた。
呼吸はさっきよりも安定していた。
ただ相変わらず意識は無い。
体の負担になりそうなので天井ではなく、壁に背中をつける形で運びたい。
担架でもあれは良かったが、あってもセッティングできる自信が無い。
この「細かい作業が出来ない」はかなり致命的かもしれない。
そう考えながら彼女の背中に「魔力粘着」し、姿勢に気を配りながら移動を開始した。
ミッション・スタートだ。
ドームから東出入口、そして通路。
アーチ型の天井をギリギリまで上がって壁を進む。
足がぶらんと下に下がるので、どうしても見つかり易く感じてしまう。
横に出来る?……っと、バランスが悪い!
この案は却下だ。
俺自身が変形出来て、びよーんと体を伸ばせれば、背部全体に引っ付いてすいすい行けそうだが。
こう……ぐぐぐぐ、無理だ。
減ったENGを料理で補充しながら、十字路を北へ。
「調べる君」を忘れない。
床の陥没場所。
第一関門だ。
さて、狭い場所なので、縦に運ぶ必要がある。
つまり、足からか、頭からか。
だが選択肢は無いも同然だ。
足から行けば手が動いてつっかえる。
なので頭から……。
入らない。
俺の大きさを考慮してなかった!
ちょちょちょ! どうする!?
あいや、背中に引っ付いてるからダメなのか。
頭に引っ付けば……。
さらさらした髪の毛を見ながら、俺は固まった。
こんな所に引っ付いて大丈夫なんだろうか?
髪の毛ごっそり抜けたら、意識戻った後、俺殺されない?
非常事態だが、事後にそれが通じるかは別問題だ。
手を「バンザーイ」にして、足から行く?
それはそれで、後頭部がえらい事になりそうだ。
……とりあえず、頭頂部より若干後頭部方面に、体の斜面を利用して斜めにくっ付いてみる。
髪の毛ではなく、体にくっ付くイメージ。
よし。
隙間へ移動。
ぬぬぬ……。
途中ちょっとつっかえそうになったが、無事通過出来た。
この隙間は、もうちょい広げておく必要があるか。
後は1階を秘密基地まで。
今度は天井に張り付きながら進む。
彼女の姿勢がちょっと苦しそう。
だが、もうちょいだ。
1階の十字路で「調べる君」。
ゴブリンを感知した!
東側、広間方面から。
2匹。
十字路に入らず止まる。
1匹が松明を掲げて歩いてくる。
そのまま養殖池方面へ。
ふー。
一息ついて、十字路を西に。
秘密基地のドームまであと半分、という所でそれは起こった。
「周辺探査」が出入口付近に「帽子」を感知。
こちらに向かっている。
おれは急停止した。
隠れる場所は無い。
引き返すか?
だめだ、彼女を連れたままでは目立ちすぎる。
インベントリに目を向ける。
さっき彼女からフィルターで分離した「ニューロトキシンLv3」を、「射出」スキルにセットした。
「帽子」が歩いてくる。
こちらに気付いた様子は無い。
俺達は天井だ。
だが奴は一瞬で距離を詰める、恐らく「スキル」を持っている。
気付くな。
頼む、気付くな。
ペタペタと足音が聞こえてくる。
おれはある事に気が付いた。
「帽子」は二人とも「松明」を持っていない。
こいつら、暗闇でも目が見えるのか!?
もうすぐそばだ。
「帽子」の詳細が探査される。
そいつは帽子にの先に、星の形をした飾り物を付けていた。
……また、「別個体」だ。
真下を通過し。
——止まるな、止まるなよ。
そのまま広間の方へ。
——止まるな。
ぺたぺたと歩き続け、やがて「周辺探査」の範囲から消えていった。
…………。
「ニューロトキシンLv3」をセットした「射出」スキルから手を離せない。
俺はしばらく動くことが、出来なかった。
第17話 完




