第11話
第11話
帽子をかぶった、小さなゴブリンの形をしたそれは、ゆっくりと歩いてきた。
6匹以上を棍棒で殴り倒して激しい戦果を挙げていた、エプロンゴブリンの数m手前で止まった。
改めてみると、かなりの体格差。
まるで大人と子供だ。
何も言わない。
だが対峙していない俺ですら、押しつぶされそうな重圧を感じる。
まわりのゴブリンも、その光景を固唾をのんで見守っている。
目を合わせようとしなかったエプロンゴブリンが、その小さなゴブリンに言い訳がましく何かを話しかけた、その時。
突然小さなゴブリンが、
消えた。
えっ
消え……何処に?
周辺探査で行動を追いきれない!
視界にボールの様なものが、2m位の高さに飛び上がるのを感知。
それは床に落ち、鈍い音と共に液体のようなものを少量まき散らした。
!?
小さなゴブリンは、エプロンゴブリンの斜め後ろにいつの間にが移動していた。
手には短剣。
エプロンゴブリンは頭を切り飛ばされ、首から鮮血を吹き出しながら膝をつき、そしてゆっくりと前に倒れた。
小さなゴブリンは倒れたエプロンゴブリンの服で短剣を拭うと、小さく呟いた。
「ギッ」
その途端魔法が解けたように、周りのゴブリンが動き出した。
倒れた椅子やテーブルを元に戻すもの、何処かへ去っていくもの、動かなくなった同族を無造作に運んでいくもの。
そして一匹が血で汚れた床を拭き始めた。
小さなゴブリンは、それを一瞥すると踵を返す。
その姿が周辺探査の範囲外へ消えるまで、俺は一歩も動くことができなかった。
どっと疲れた……。
しばらく茫然としながらゴブリンたちの作業を見守った後、俺は養殖池から続く通路の最初の十字路まで戻ってきた。
方位磁石は無いので、便宜上この十字路から行き止まり方向を「北」、最初の養殖池方面を「南」とする事にした。
東側は先ほどの広場方面だ。
そして今、西側の大きい出入口へ向かおうとしていた。
…………。
戦うという選択肢が全く浮かんでこない、上位存在に俺は戦慄した。
支配層であることは、間違いないだろう。
「周辺探査」という結界でも捉えきれない速度。
だが冷静になると、おかしい事に気が付く。
生物が出せる速度か、あれ?
早いといっても限度がある。
これは仮説というより想像に近いが、何らかの「スキル」を使ったのでは無いか。
だから射程距離になるまでは、普通に歩いてきた。
……飛躍しすぎか。
あの上位個体も気になる。
だが今、俺の頭から離れないのは周りのゴブリン達だった。
感じた違和感はさらに大きくなっていた。
乱闘中と、黙々と作業をしている時の落差があり過ぎる。
「乱闘中だけ、何かの制御が外れていた」
こう見えたのだ。
もちろん何の確証も無い。
回答の出ない思考を巡らせながら、俺は西側の大きな出入口へ到着した。
今回は慎重にいこう。
不用意に中に入らず、まずは探査だ。
「探索君」を起動。
…………。
いや、待て。
これ「調べる君」だったか?
前に自分で名前を付けたはずなのに、もう怪しいぞ。
おっ?
出入口の向こうは見覚えのある構造だった。
中は南側の養殖場とほぼ同じ構造だ。
ただ、水は張られていない。
代わりに、何だこれ?
椅子、机、ベッドに小箱?
そういったものが雑に積み上げられている。
ゴブリンは……居なさそうだ。
俺はそっと出入口上部から中に入った。
この場所に松明は無かった。
頻繁には使わない場所なのか?
外壁をスルスルと上に向かって移動していく。
上部の構造は高さ30mのドーム状、養殖場と同じだ。
違いは向こうは川のある洞窟に出られる事だ。
こちらは完全に壁で囲まれ……いや。
ドームの南側、地面から15m位のところに崩れたのだろうか、人が通れる位の穴が開いてる。
近づく。
よし。
「調べる君」
…………。
人工の穴では、無いか?
あれ?
入ってすぐは天然洞窟だ、だが途中から煉瓦作り?の小部屋につながってる。
??
入ってみる。
ほぼ水平の洞窟だ、入口より中の方が広い。
20mほど進むと、左側に崩れた煉瓦が散乱したところに出た。
その先は、小部屋。
洞窟はすぐ先で行き止まりだ。 壁を伝って、少量の水が流れていた。
小部屋は、壁が崩れて洞窟につながった感じか。
部屋の大きさは4m四方くらい。
高さは10m位か、天井は煉瓦ではなく、岩だ。
これ……部屋というか、建物と建物の間みたいな空間だ。 崩れた所以外出入口が無い。
ふむ、これ。
悪くない。
そう、悪くないのでは?
何に?
もちろん、「秘密基地」にだ!
いや、冗談で言ってる訳じゃない。
この場所、探索の橋頭保として良いのでは?
もちろん養殖池でも良いんだが、例えばインベントリに入りきらないアイテムとかの保管場所に最適だ。
入口は15mも上、普通のゴブリンはまず来ないと考えてよい。
あのヤバい奴は別かもしれないが、それはどこも同じだ。
養殖池の先の洞窟も候補に入れていたが、いかんせん距離がある。
なんだかんだ、男の子ってこういうの好きなのよ。
……よし。
安全性を確認した上での話だが、ここをホームにしよう。
気分も少し上向いてきた。
そういえば。
初めに見つけた積み上げられた物。
恐らくガラクタだろう。
そこも見てみよう。
保管場所というより、使わないものをポイと捨ててある感じがここをホームにしようと思った一因だ。
スルスルと戻っていく。
出入口から探査を伸ばす……よし、50m位は伸ばせた。
帽子を被っていたな、あのゴブリン。
認識名を「帽子」としよう。
「帽子」が来ればすぐに察知できる体制を整え、ガラクタの山に接近する。
ここは詳細探査の範囲、2mに近づく。
椅子や机、人間なら使えそうだが、今の俺には必要ない。
これはランプか? いらん。
というか、ランプあるのに松明使ってる?
使えない、と言った方が正確なのか?
羽ペンみたいな物もあった。
ずっと考えていたことがある。
この世界に、「人間」は存在するのか?
厨房を見た時にも思ったが、ここのガラクタは「人間」の存在を濃く匂わせる。
ん?
小さな小箱。
そこから、ありえないものを感じた。
箱を開け……られない!
器用な指先が存在しない!
うはぁ、今まで必要に迫られなかったが、これ細かい作業が出来ないぞ!
ドアも開けられないんじゃ?
いや、まずは小箱だ。
「ストック」
そして30cm位上空に、
「射出」
幸い一回で中身が飛び出した。
ペンダントだ。
やはり、気のせいではなかった。
しかし、ありえない。
何の変哲もないペンダント。
そんな物から出るはずのない「生体認識」のピンク色が、そこにはあった。
第11話 完




