第10話
第10話
我ながら名案だ。
自画自賛。
そう思う事にした。
ひょっとしたらもっと、効果的なスキルがあったかもしれない。
でももう遅い。
賽は投げられたのだ!
八方塞がりだった状況に、確かな光明が見えた事で、心は驚くほど軽くなっていた。
心の余裕、大事。
俺は天井を滑りながら移動していた。
「粘着」と銘打っているが、このスキルは物理的に天井に引っ付いている訳では無い。
もっと都合の良い、魔法的な力でくくっ付いているのだ。
ゆえに意志に反してポロリと落ちることはない。
普通の地面の様に移動可能だ。
ただしジャンプは慎重にしないといけない。
天井からジャンプすると、当然そのまま落下する。
というか、した。
BPが5減った。
てへ。
通路の先は長い廊下だった。
その先に十字路。
まっ直ぐ先は、崩れてるな……行き止まりだ。
左方向、しばらく行った先に大きい出入口。
今来た養殖池のものと同じ大きさだ。
右方向はまだ廊下が続いてる。
「周辺探査Lv3」の探査範囲60mとMAP作成機能のコンボは、素晴らしい。
洞窟の時もそう思ったが、迷路のような屋内構造でも威力を発揮する。
右の通路を進むと、左右にいくつか出入口が見え始めた。
扉は無い。
大きさは小さく、高さは2m前後だ。
つまり入るためには2mまで降りる必要があった。
そこでこれの出番だ。
俺は6mの天井に張り付いたまま、出入口の傍まで移動する。
そこで止まって、じっとする。
周辺探査は障害物がある場合、その向こう側を探査するのに少し時間がかかる。
ミスト状の周辺探査が出入口から中に入っていき、部屋の大きさや大まかなものの配置、動くものを感知する。
部屋に入ることなく、構造を理解できる。
これの素晴らしい所は、自分が移動できないような狭い場所でもその先の構造を確かめられる事だ。
洞窟ですごーく役に立ったし、ここでもそうだろう。
この一連の動作を、「調べる君」と名付けよう。
良い名前だ。
そこまではいいんだが、部屋の数が多い。
ずらりとある。
ここまで一度もゴブリンと接敵していない事から、ここで生活しているとは考えにくい。
しかし、なぜだ?
生活していても、おかしく無い構造なのに。
各部屋は後回しにして、取りあえず廊下の端を目指してみた。
区切りの良い所まで確認して、そこから戻りつつ詳細を埋めていこう。
そう思っていると、廊下の先に大きな出入口。
近づく。
慎重に高さ4mの出入口まで降りて、向こう側へ。
!!
広い。
だだっ広い空間。
アーチ形の屋根、高さはおよそ20mか。
所々に屋根を支える棒状の柱が、垂直に上に伸びている。
今出てきた出入口正面20m程に壁、左右は見渡せない。
つまり左右は60m以上距離が離れている。
探査範囲に複数の人影。
ゴブリンだ。
分かる範囲だけで10匹以上いる。
……あれ?
沢山いるなーと緊張しながら見ていると、何やら不思議な感覚が俺をはっとさせた。
スライムに嗅覚は無い。
味覚も無い。
魚も羽虫もENG回復以外に、匂いや味といった情報が無いのだ。
しかし俺の感覚が、「なんだが良い匂い」を感じたのだ。
嗅覚が無いのに、匂う。
いささか混乱しながら、それを探す。
今出てきた出入口の正面、広間の反対側に同じような出入口があり、その斜め上に何本かダクトのようなものが突き出ている。
あそこか?
天井を伝って反対側に移動。
ダクトは大きく、俺が余裕を持って入れそうだ。
スルスルと入っていく。
どうやら緩やかに、下に下っているみたいだ。
——と、部屋の天井に出た。
そこは「厨房」だった。
天井の高さは4m程。
横、縦もかなり広い、20mはあるだろう。
この部屋に接続される、扉付きの小さな出入口もある。
所々に松明が設置されていた。
「薪」を使う「中世の厨房」のような感じ。
だが少し違和感がある。
何というか、「現代風の厨房」から器具を撤去した後に、「中世の厨房」を設置した。
そんな印象を受ける。
誰もいない。
しかし「周辺探査」は「調理済みの料理」の存在をキャッチしていた。
…………。
吸い寄せられるように、そこに向かう。
火から降ろされた、鍋。
湯気が出ているのが分かる。
——「ストック」
何も考えられず、生唾を飲み込みながらインベントリに入れる。
ゴブリン料理長特製 魚のリゾット・香草と洞窟キノコの贅沢バジル風味 × 20
俺はツッコミを忘れて、それを1つ「吸収」した。
ENG +320
あばばば!!
心の中を嵐が吹きまくる!
さささ、さんびゃくにじゅう!!!
動揺のあまり、頭の中がひらがな一色になる。
羽虫や魚とは桁が違う!
そして、無駄に凝った料理名!
何だこれは!
ゴブリンが作った料理!?
料理長って!
いやそれよりも、俺は今スライムの体で目覚めてから初めての感覚に戸惑っていた。
どう言えば良いだろう?
言葉にするなら、こうか?
「満足感」
これだ、満足感。
吸収した時薄っすらとだが、確かにこれを感じた。
味覚は無いのに、満足感を感じる。
本当に不思議な生物だ。
さらにもう一つ。
ENG回復量がおかしい気がする。
料理名は「ゴブリン料理長特製 魚のリゾット・香草と洞窟キノコの贅沢バジル風味」だ。
魚はあの養殖池産だとしたら、1匹あたりENGの回復量は60。
あとの材料は米、香草、洞窟きのこ、バジルか。
あれ? バジルって香草では? 違うか?
料理のレパートリーは少ないので、香草はあまり興味が無かった。
他の材料のENG増加率がすごい。
どれだ? 洞窟キノコあたりが効率良いのだろうか?
あるいは組み合わせで、効果が増幅された?
少し混乱から立ち直って、周りを見渡す。
調理済みらしき料理は、まだある。
これは……、検証が必要だな!
うん、これは検証だ。
検証だから仕方がない!
うきうきしながら、とりあえず目につく料理はインベントリにどんどん入れていく。
くそ、枠が15あってもすぐ埋まりそうだぞ。
夢中で「ストック」していると、通路の方に近づく人影感知!
慌ててダクトに戻る。
しばらくして2匹のゴブリンが部屋に入ってきた。
養殖場に来た奴らと同じく、こいつらも上着を着ている。
「ぎっ、ぎゃ」とか翻訳不可能な言葉で言い合いながら、竈の傍まで来てあたりを見渡した2匹はそこでピタリと固まった。
あっ、これは不味いかも。
ここにある筈の料理は今、俺のインベントリの中だ。
一匹が、すごい剣幕でもう一匹に詰め寄り始めた。
もう一匹も負けじと怒鳴り返す。
声を聞きつけたのか、わらわらと複数のゴブリンが部屋に入ってくる。
最終的に7匹が言い合いを始めて、カオスな状態になってくる。
そこにエプロンらしきものを身にまとった、一回り大きいゴブリンが部屋に入ってきた。
手に何か持ってる。
棍棒、にしか見えない。
そいつは短く吠えると、手に持った棍棒で手近な1匹の頭を殴りつけた!
ええええ!?
殴りつけられたゴブリンが吹っ飛ぶ。
それを見た他の何匹かが、エプロンゴブリンに襲い掛かった。
エプロンゴブリンは何かを叫びながら、厨房の外に飛び出した。
広間方面で複数のゴブリンが騒ぎ出す声がする。
ちょちょちょ!!
唖然としながらそれを眺めていた俺は、はっと気が付いてダクトから広場に移動した。
ダクトの出口は高さ7m位か、そこから騒ぎを見渡す。
凄い事になっていた。
お互い棍棒を握りしめて、そこかしこで殴り合いが発生していた。
殴られて動かないのもいる。
生体認識の範囲外なので、生きているかは判別出来ない。
えらい事になった。
もう120%俺が原因だ。
すまん
という気持ちと、
ざまあみろ
という気持ちが、入り混じった複雑な心境で見ていた。
しかし……。
眼下の乱闘を見ながら、ふと思った。
魚を養殖したり、料理を作ったり。
ある意味文化的な営みだ。
そういう連中だと思っていた。
でも些細なことで、殺し合いに近い乱闘に発展した。
料理が消える事は連中にとっては「些細な事」では無いかもしれないが、冷静に話し合うこともなくこの大乱闘だ。
「もともと凶暴な性格のものに、無理やり文化的な営みをさせている。」
そんな違和感を強く感じたのだ。
その時だった。
……ぞわっ!!
全身の表面が、一瞬で粟立つような強烈な悪寒。
意識を向けるまでも無い。
異様な気配が左側奥に突然現れた!
ゴブリンだ。
そのはずだ。
背は……広間のゴブリンより低い。
こちらに歩いてきてるので、徐々に輪郭がはっきりしてきた。
帽子を、かぶってる。
ボンボンを付けた、スキー帽みたいなやつだ。
あれはゴブリンなのか?
俺は最初、「巨大な肉食恐竜」が歩いてきたのかと思った。
そう感じるくらい、気配に異質さがあった。
「ゴブリンの姿をした、巨大な肉食恐竜」
その矛盾した存在が、俺に確かな恐怖を感じさせた。
足があったら、ガクガクと震えていたろう。
殴り合っていたゴブリン達がそれに気が付くと、まるで時間が止まったように動きを止めた。
誰も声を出さず、新たに登場したゴブリンに注目している。
静寂に包まれた広場に足音だけが、ペタ、ペタと響いていた。
第10話 完




