70,歴史を知る者は異世界を制す
すべては終わった。
だが、続きはある。続きは常にある。
私と幸村君は念願のスローライフを開始したのだ。
「まずは住むところだな。」
「村長からちょうどいい物件があるって聞いたなり。見に行くのだ。」
その物件はアゴーラ村から少し離れた竹林の中にあった。
なんと、武家屋敷風の日本家屋だ。
屋敷を見上げる私たちに村長が説明した。
「へえ、このお屋敷は、150年ほど前に召喚者様のお屋敷だったと聞いております。村の衆で管理してきましたが、なにしろ古い物件ですから、あちこちが痛んでおります。」
「150年前ということは幕末なりね。」
「私たちの先輩だ。どこのどなたか知らんが、この屋敷はありがたく使わせてもらおう。」
私たちは屋敷を修理することにした。
幸村君がのこぎりを引き、わたしは釘を打った。
そこに村の衆がやってきた。
「ご領主様にそんなことはさせられません。」
「好きでやってるんだ。屋敷の修理もスローライフのうちだ。」
そう言ったのだが、村の衆はどんどん集まってきた。
村人総出で屋敷の改修はあっという間だった。
私は村人たちに礼を言った。
「村の衆、ありがとう。この改修作業の労働は村の衆の賦役として受け取らせてもらう。だから、今年の年貢はチャラだ。」
村長は慌てた。
「ご領主様、それはいけません。そんなことをなされては示しがつきません。ご領主様がお城から叱られるのではございませんか。」
「大丈夫だ。ヒミカ女王から『自由』の朱印状をもらっているからな。悪いことでなければ、何をしても自由なんだ。」
「そうおっしゃりましても…」
かたくなな村長に幸村君が言った。
「そうなり! 天下御免の自由なりよ!」
改修が終わった屋敷を見ながら、私は感慨にふけった。
「結構立派な屋敷だな。」
「離れも2つあるなり。」
「庭もあるしな。」
「この屋敷に名前を付けるなりよ!」
「そうだな、竹林の中にあるから『竹林堂』としようか。」
「安直なネーミングなりね。」
竹林堂の朝は早い。
私は午前中を歴史の研究に費やした。
その間、幸村君は狩や釣りに出かけた。
昼過ぎには幸村君が獣や魚などの獲物をさげて帰ってくる。
昼食を食べながら、私は幸村君に歴史研究の成果を話した。
日が傾くころになると、村の子どもたちが読み書きを教わるために集まってくる。
ひととおり手習いが終わると、幸村君は子どもたちに戦国武将の英雄譚を語った。
「今日は伊達政宗公のお話をするなり!」
子どもたちはワクワクして声をそろえた。
「「「聴きたいなり! 聴きたいなり!」」」
血沸き肉躍る戦国武将の大活躍に子どもたちは大喜びだ。
夕刻になると、私は包丁を握った。
幸村君の獲物を料理するのだ。
木の実やキノコ、様々な獣の肉、海の魚や貝、それに川魚もある。
この村の食材は実にバラエティーに富んでいる。
土間を上がった板の間には囲炉裏があり、幸村君と共に酒を酌み交わした。
「もうすぐ冬だ。今年は酒を醸そう。」
「日本酒を作るなりね。」
「ジュウザ殿からもらったサウスタリアの米がある。」
「承知なり! 明日は酒を仕込む樽を作るなり。」
「やはりスローライフはいいな!」
「最高なり!」
***
私たちが歴史の研究をしているのを聞きつけた好事家たちが、全国から竹林堂にやってきた。
ある者は地域に伝わる古文書を携え、ある者は地方に伝わる伝承を披露した。
私はそれらを筆写し書き留めた。
こうして集まった歴史の資料を基に、幸村君が年表にまとめた。
歴史に興味を持つ好事家たちは年表を興味深く眺めた。
「これがアマテラーザの歴史の骨組みなのか!」
「こうして眺めてみると、歴史の奥深さがわかるのお!」
竹林堂に国中の歴史好きが集まってくるようになった。
中には長期滞在する者もいて、次第ににぎやかになった。
***
冬が終わろうとしていた。
春の陽光がきらめく晴れた日、女王ヒミカは退位を宣言した。
ツキヨミ殿は女王として即位した。
女王となったツキヨミ殿はこの国の改革に着手した。
まずは「議会開設の詔」の発布である。
属州から代議士たちが王都へ集まってくる。
それだけではない、セグランローゼの民衆にも議席が与えられたのだ。
「ツキヨミ殿、なかなかやるな。」
「民衆も議会に参加させるなりね。」
「民衆もアマテラーザの国民として魔族と戦う義務を果たしたんだ。国民として政治に参加する権利がある。」
「思い切った改革なり。」
暗い顔をして私を見つめていた少女が、いまは立派な女王である。
感慨もひとしおだ。
「そうだ、イースタリアからは総督の任にある石田三成君が参加だ。」
「ノーザン・テリトリーからはドワーフの英雄となったヴァン・ダイクン殿なり。」
「サウスティカ代表はジュウザ殿だ。またみんなに会える。楽しみだな。」
「ひとり忘れてるなりよ。ウエスピアから誰が来るか知ってるなりか?」
「知っている。」
「顔がニヤけてるなりよ。」
「ニヤけて当然だ。ずっと待っていたんだ。」
そう、ウエスピアからはノーラ殿が来る。
***
ウエスピアの船団が到着する日、私は早朝から港に出かけた。
来なくていいと言ったにもかかわらず、幸村君もついてきた。
海を見ながら私は待った。
やがて、水平線の向こうに白帆が見えた。
「おーい! おーい!」
私は白帆に向かって手を振った。
船の上でノーラ殿も手を振っているのが見えた。
船が着岸すると、ノーラ殿は甲板から飛び降りてきた。
私は両手を広げて彼女を抱きとめた。
「センセ、待っててくれた?」
「ずっと待ってるて言っただろ。」
私たちは抱擁を交わした。
議会が一か月の間続いた。
重要な取り決めが次々に発表された。
イースタリアの再建
食糧計画
産業の育成
教育制度の普及
そして、憲法の発布である。
議会の開かれている間、私はノーラ殿との逢瀬を楽しんだ。
「センセ、これから毎年来るさかいな。」
「毎年来れるのか?」
「当然や、ウチはウエスピアの代議士やで!」
そうか、ノーラ殿は毎年来るんだ。
私は嬉しくなった。
議会が終わると、代議士たちはそれぞれの属州に帰っていった。
「先生、ノーラ殿が帰ってしまって、寂しくないなりか?」
「寂しいが、また来年会える。」
「そうなりね。」
その時、私はひらめいた。
「そうだ、幸村君。落ち着いたら旅に出よう。」
「歴史を探索する旅なりね。」
「サウスティカにはシーマ家の古文書がたくさん残っていると、ジュウザ殿が言っていた。」
「ウエスピアには水軍の秘密文書が眠っているなり。」
「イースタリアのマシアス殿はトクーガ家の歴史をよく知っていたみたいだったしな。」
「ドワーフの伝承も取材したいなり。」
「やりたいことだらけだな。」
「忙しくなるなり!」
幸村君は笑いながら続けた。
「それで、落ち着くのはいつごろになりそうなりか?」
「ひとつ、やっておかなければならん事がある。」
「何なりか?」
「幸村君や私が異世界にきてからの歴史を書き残すことだ。」
「グランローゼ一年戦争のこと、それから魔族や魔王との戦いの記録なりね。」
「それを我々召喚者の視点から書くんだ。」
「後世の歴史家からすれば一次資料になるなり。」
「当事者が書いた資料だ。貴重なものになる。」
「あたしも手伝うなり。」
「私が召喚される前のことも教えてくれ。」
「承知なり!」
私は執筆に没頭した。
執筆している間、様々な記憶がよみがえった。
うれしいこと、つらいこと、走馬灯のようにめぐる記憶を歴史として定着するのだ。
私が書いたものに幸村君が補足を加えた。
書けなかったこともある。
それらは私たちの記憶にのみ留められた。
二か月の後、わたしは歴史書を書き上げた。
歴史書は「異世界★戦国武闘伝」と名付けた。
私は筆を置いたのだが、最後にもう一文を付け加えたくなった。
私は再び筆をとり、こう記した。
「歴史を知る者は異世界を制す」と…




