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異世界★戦国武闘伝~歴女と歴史学者の異世界戦記  作者: 近森 元
Ⅸ、回天編

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69,「大丈夫なり」と彼女は言った

 マドンナはグランローゼ城の地下牢にいた。

 

 「幸村君、あと一か月もすればマドンナの裁判が始まる。その前にマドンナと話をしておこうと思うが、どうだ。」


 「何を話すなりか? いまさら話すことはないなり。」


 「同じ召喚者として、何か言ってやるべきだと思ってな。」

 

 「言ってやるべきことなんてないなり! マドンナを見ると心がザワつくなり。殺してやりたくなるのだ。」


 「その気持ちも分かる。だが、私はマドンナに会ってみようと思う。」


 「勝手にするなり!」


 そう言った幸村君だったが、私が地下牢に向かうと幸村君もついてきた。


 「先生の護衛なり!」


 「気にしていてくれたんだな。ありがとう。」


     



 私は鉄格子の前に椅子を置いて座った。

 幸村君は立ったまま、後ろの壁にもたれかかった。


 「先生かい、何しに来たんだい?」


 「話をしようと思ってな。」


 「なんの話だい。どうせアタシは死刑になるんだ。いまさら話すことなんて無いね。」


 「反省はしていないのか?」


 「何を反省するんだい。アタシはねぇ、運が悪かっただけさね。」


 「おまえの欲望のために多くの人が死んだ。そのことを分かっているのか?」


 「分かってるよ。だから何だって言うんだい。」


 私は言う言葉を失った。

 そんな私にマドンナはまくしたてた。


 「あんたはねぇ、この異世界に来てから運が良かっただけさ。ヒミカ女王やツキヨミ王女に取り入ってよろしくやってたんだろう。アタシも大公家に取り入ろうと思ったのさ。けれどね。やることなすこと全て裏目さ。大公家を追われて、みじめな暮らしだった。」

 

 マドンナは鼻をすすった。

 泣いているのだろうか。

 鉄格子の向こうは暗くて確かめるすべもなかった。


 「大公家で耳にしたアーレスの話を思い出してね。ノックス城を襲撃してアーレスを助け出したのさ。アーレスは魔王の首を抱えていてね。アタシはこれだと思った。女王になるにはこれしかないってね。」


 鉄格子の向こうでマドンナが立ち上がった。


 「魔王がこの世界を滅ぼして、アタシが女王になる。今度こそうまくいくと思ったよ。けれどアタシの計画はアンタたちに潰されちまった。」

 

 マドンナは鉄格子をつかんで叫んだ。


 「テメェらばっかりうまくやりやがって! コンチクショウ! コンチクショウ!」


 牢番が駆け寄り、警棒でマドンナを激しく殴打した。

 

 -----ギャァァァ!


 悲鳴をあげて、マドンナは牢の中に転がった。


 私たちは地下牢を出た。

 幸村君は終始無言だった。



 ***


 数日後、幸村君が私に尋ねた。


 「あたしたちは運が良かっただけなりか?」


 「マドンナはそう言っていたな。」


 「あれからずっと考えてるなり。元の世界ではマドンナは成功者のはしくれだったなり。『戦国武闘伝』の監修も手に入れて飛ぶ鳥を落とす勢いだったなり。」


 「だが、歴女さんの反発にあって炎上した。誰にでも起きることだ。」


 「絶望したマドンナは異世界に召喚されたなり。ここでは前の世界のようにはいかなかったなり。」


 「いや、元の世界でもマドンナは政治家や財界人に媚びへつらっていたんだ。彼女としては誇りを傷つけられていたんだと思う。」


 「結局、恨みつらみの塊になっなりね。」


 「救いが無いな…」


 そう言った私に、幸村君はもう一度訊いた。


 「あたしたちは運が良かっただけなりか?」


 「いや、私たちは欲望だけで動いたんじゃない。正義や真実を求めていたはずだ。私が幸村君の手を取って馬に乗ったとき、確かに正義の感覚があった。ツキヨミ殿とガストン殿の婚約が決まったときは、ほんとうにうれしかった。」


 「それを聞いてちょっと安心したなり。」


 そう言って、幸村君は少し笑った。



 ***


 ヒミカ殿が、私たちに領地をくれた。

 グランローゼ郊外の小さな村である。


 私と幸村君は馬に乗って領地の見聞に出かけた。


 そこには神殿があった。

 私が召喚された神殿だった。


 この神殿が建っている村の名はアゴーラという。

 アゴーラ村からの年貢で、私たちは日々の糧を得ることが出来る。

 しかし、年貢はできるだけ安くして、自給自足でスローライフするのだ。


 「幸村君、いいところだな。」


 「森があるなり! 山もあるなり! 川も海もあるなり!」


 「狩りもできるし、魚釣りもできるな。」


 「美味しいものをいっぱい作るのだ。」


 「歴史の研究を忘れるな!」


 「承知なり!」



 ついでに、アゴーラ村の村長の家を訪ねた。

 村長は驚いて平伏した。


 「新しい領主様でございますか? ははーぁ!」


 「頭をあげてくれ。領主といっても貴族ではない。ここで研究をするんだ。」


 「研究? 何を研究なさるんで?」


 「歴史の研究だ。」


 村長は怪訝な顔になった。

 そこに村長の一人娘が入っててきた。

 娘は幸村君を見て声をあげた。


 「まあ!」


 娘は幸村君をじっと見ている。


 「もしや、真田幸村さまっ? ということは、こちらが先生さま…」


 私たちがうなずくと、娘は外に飛び出していった。

 そして村中に触れてまわったのだ。


 「村の衆! 新しい領主様がいらっしゃいましたよぉー! 領主様はなんと魔王を倒した英雄、先生様と真田幸村様です!」


 村の衆がワラワラと集まってきて大騒ぎになった。


 その夜は村の衆と酒を酌み交わした。

 夜は村長の家に泊めてもらった。


 翌日、私たちは馬で駆けまわり、村の隅々まで見て回った。

 この見聞をもとに、スローライフの計画を立てるのだ。

 夕刻、村の衆に別れを告げて、私たちはグランローゼ城に向けて馬を飛ばした。



 ***


 私たちが帰り着くと、城は大騒ぎになっていた。


 「城内をくまなく探せーっ!」

 「逃亡者を捕まえるんだーっ!」


 兵士たちが城のあちこちを駆けまわっていた。


 「逃亡者だと! 誰が逃げたんだ。」


 私は兵士のひとりを捕まえて訊いた。


 「マドンナです! マドンナが地下牢から逃げました!」


 マドンナはわずかに残った魔力で氷の刃を作り、牢番を殺害したという。

 そして牢番から鉄格子のカギを奪って逃げたのだ。


 「くそっ! マドンナを逃がすとは、何たる失態だ!」


 「マドンナにはもう魔力が無いと思って見くびっていたなり!」


 「私たちも探そう。マドンナを捕らえるんだ!」


 その時、城壁の上にいた兵が叫んだ。


 「いたぞ! マドンナだ!」


 マドンナは城壁の上から水堀に飛び込んだのだ。


 -----ザブーン!


 水が跳ねる音がした。


 「城外に逃げたぞー!」

 「追えーっ!」


 兵士たちは城門を開き城外へと走り出ていく。

 グランローゼの街にはかがり火がたかれ、街中が昼間のよう明るさになった。

 兵士たちは街の中をくまなく探したが、深夜になってもマドンナを発見することができなかた。


 「幸村君、マドンナは何処に逃げたと思う?」


 「水なりよ。マドンナの魔法属性は水なり! 魔力を失っても水との相性はいいはずなり。」


 「ということは、堀に飛び込んだまま水路を伝って脱出するわけか。」


 「この堀の水は川から引いているなり。そして堀の水は海に注ぐなり!」


 「港町だ。堀の水を伝って港町まで流れていったんだ。」


 「港町に急ぐなり!」


 私と幸村君は港町に向かって駆けだした。


 

 深夜の港町は人っ子ひとりいない。

 静まり返った町のなかを、私たちは走った。


 「港町は迷路のように入り組んでるなり。手分けして探すのだ!」


 私と幸村君は分散して探すことにした。


 暗い路地の奥に、私は動く影を見つけた。

 影は私に気付き逃げ出した。


 「いたぞー! 幸村君、そっちへ行った!」


 「いたのだ! 追うなり!」


 幸村君の走る足音が石畳の上にこだました。


 私は迷路の中を迷いながら、ようやく幸村君に追いついた。




 幸村君は火炎弾《ファイヤーボール》発射の構えをとっていた。

 しかし、微動だにしていない。


 マドンナが夜の港町から逃げいぇいくのが見えた。

 何度かこちらを振り返り、その形相は恐怖で歪んでいた。


 「はぁ、はぁ!」


 私は肩で息をしていた。

 私の呼吸音のなかを、マドンナは遠ざかっていき、やがて見えなくなった。



 「幸村君、撃たなかったのか?」


 「撃てなかったなり。どんな悪人でも丸腰で逃げていく者を後ろから撃つことはできないなり。」

 

 幸村君は静かに言った。


 「そうか。」と、私は言った。


 「それに」と、幸村君は続けた。


 「マドンナはくだらない大馬鹿者なり。あんなものを撃ったら、自分が汚れてしまうと思ったなり。」


 「それが幸村君の矜持《きょうじ》なんだな。」


 幸村君はうなだれ、涙を流した。

 石畳の上に涙が落ちた。


 「けれどなり!」


 「けれど何だ?」


 「けれど、マドンナのせいで死んでいった人たちの仇を討てなかったなり! それが悔しいなり!」


 涙は石畳のうえにボタボタと落ちた。


 「それでいい」と、私は言った。


 「それでいい。魔力もなにもかも失ったマドンナはみじめに生きていくしかない。それはマドンナにとって死ぬよりもつらいはずだ。」

 

 「死ぬよりもつらいなら、マドンナはどうして死刑を選ばなかったなりか?」


 幸村君が顔をあげた。

 その濡れた頬が私には痛々しかった。


 「それは、マドンナには矜持がないからだ。くだらない大馬鹿者だからだ。」


 幸村君は涙をぬぐった。

 そして、言った。


 「先生、背中を貸して欲しいなり。」


 「背中?」


 私は幸村君に背中を向けた。

 幸村君は私の背中に顔を押し付けた。


 「泣いているのか?」


 「泣いてないのだ。こうしてると心が落ち着くなり。」


 「そうか。私の背中も役に立つ。」


 私はしばらくの間、背中に幸村君の吐息を感じていた。


 これがこの戦いの結末である。

 ひとりの欲望が、人々を巻き込み、国を滅ぼそうとした。

 多くの民が生活を失い、たくさんの人が死んだ。

 歴史の中では常にこのようなことが繰り返されてきたのだ。


 幸村君は眠ったように静かになった。


 「幸村君、大丈夫か?」


 そう問いかけると、しばらく沈黙が続いた。


 長い沈黙のあと、

 

 「大丈夫なり。」


 と、彼女は言った。


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