68,新しき国
マドンナが捕らえられたことで、この戦いは一応の決着を見た。
レガリアの街には復興の槌音が響き、魔族を恐れて逃げていた人々も再び街に戻りつつあった。
戦後処理の一段落を見届けたツキヨミ殿は王都への帰路についた。
ジュウザ殿率いるシーマの軍団が王女の護衛である。
王女の馬車の周囲は屈強な兵団によって守られていた。
そしてもうひとつ、厳重に守りを固められた馬車があった。
馬車の荷台は鉄格子になっており、鉄格子のなかでは縄を打たれたマドンナがうなだれていた。
「マドンナも哀れなものなりね。」と、幸村君がつぶやいた。
「哀れだが、当然の報いともいえる」と、私は言った。
私と幸村君もシーマ兵の行列の中にいた。
馬に乗り、マドンナの馬車の後ろに付いていたのだ。
シーマ兵の行列が街道沿いの村を通り過ぎるたび、村々から民衆が出てきてマドンナの馬車に石をぶつけた。
「やい、マドンナ! 俺たちをの生活をメチャメチャにしがって。死ね!」
「おっかさんを返せ! この性悪女!」
「でめぇなんか地獄に落ちろ!」
民衆の投げた石つぶてを、シーマ兵は盾で防いだ。
だが、盾を飛び越えたいくつかの石が鉄格子を鳴らし、その一つがマドンナの額を割った。
額からは赤い血が流れた。
魔族によって荒廃させられたイースタリアは、マドンナへの怨嗟で満ちていた。
***
シーマ兵の行列が州境を越えセントラルに入ると、怨嗟は歓喜に変わった。
「魔王を倒した英雄様のご帰還だ!」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
「ツキヨミ様! あなたは女神様だ!」
州境からシーマ兵の行列は凱旋軍となったのだ。
民衆たちは鐘や太鼓を鳴らしお祭り騒ぎになった。
お祭り騒ぎが最高潮となったのは、私たちが王都グランローゼへの帰還を果たした時である。
歓呼の声に囲まれて、私たちは城門をくぐった。
城では女王ヒミカ殿が凱旋軍を出迎えた。
ツキヨミ殿は馬車を降り、ヒミカ殿に戦勝の報告をした。
ヒミカ殿とツキヨミ殿はバルコニーに立ち、民衆に対して勝利を宣言した。
民衆は沸き返り、王都は喜びに包まれた。
そんな光景を眺めていると、マドンナが私に植え付けた陰鬱が少しづつ溶けていくのが分かった。
「マドンナのことは、この瞬間から忘れるなり。」と、幸村君が言った。
「そうだな。私たちは生き残った。生き残った者は生きねばならん」と、私は言った。
***
戦勝のお祭り騒ぎが終わり、王都に日常が戻った頃、私と幸村君はヒミカ殿を訪ねた。
非公式に話しておきたいことがあったからだ。
「先生、幸村殿、此度はお二人のおかげで勝てたようなもの。アマテラーザの女王として礼を申しますぞ。」
「魔王を倒したのはツキヨミ殿だ。私たちはお手伝いをしただけだ。」
「ご謙遜にもほどがありますをわ。お二人には救国の英雄の名がふさわしいと思っておりますの。」
「実はその話で参ったのです。英雄の称号は辞退したい。」
ヒミカ殿は「ふふっ」と小さく笑った。
「ツキヨミから聞いておりますわ。スローライフがしたいとか。」
「そうです。王都を去って、どこかで学校を作って、この世界の歴史の研究をします。」
「なんと欲のないことじゃ。お二人であれば、地位も名誉も思うがままですのに。」
「勘違いしないでいただきたい。私にも欲はあります。この世界の歴史を解き明かしたいという欲がね。」
「ほほほ!」と、美しい顔が笑った。
幸村君が目くばせをした。
私は目くばせにうなづいた。
幸村君は女王に跪き、芝居じみた口調で言上した。
「女王様、先生と、この幸村に自由をお与えください!」
その言葉にヒミカ殿は膝を打った。
「自由とな! よき言葉じゃ。よき言葉じゃ。」
ヒミカ殿は自由という言葉がたいそうお気に召したようだ。
「わたくしも自由になれるでしょうか?」
「それはヒミカ殿のお心次第ですな。」
「そうですか! それならば、わたくしは決めました。わたくしは女王の座を退き、ツキヨミを新たな女王とします!」
「それは急なことですな。」
「急ではありませんわ。以前から考えておりましたの。わたくしが女王の座にあれば、ウード卿をはじめとする重臣の方々はあれやこれやと政治に口出ししようとします。わたくしが退けば、彼らもまた政治的な発言力を失います。」
「なんと、重臣の方々を道連れにされると言われるか!」
「アマテラーザは新しき国に生まれ変わらねばなりません。新しき世代が新しき世を作るのです。」
「そうあらねばと、私も思っておりました。しかし、ヒミカ殿はお寂しくはないのですか?」
「何をおっしゃいますの。わたくしは自由になるのですよ。」
「はははは! ヒミカ殿、そのとおりですな。」
「わたくしにも、やりたい事がありますのよ。この国の子供たちに読み書きを教え、教育を与えたいと思っておりましたの。」
「それは素晴らしい! 私にもお手伝いできることがあれば言ってください。」
「もちろん! 先生には子供たちに歴史の話を聞かせてあげて欲しいのです。」
「いいですよ。私は歴史の先生だ。学びたい者には教えて当然ですからな。」
「よろしくお願いしますわ。」
そのあと、ヒミカ殿とは楽しく語り合った。
この国の未来のこと、そして子どもたちもこと。
アマテラーザの未来は明るいと思った。
***
ヒミカ殿の部屋を辞したその足で、私と幸村君は宰相執務室へ向かった。
ギョーム殿はこの国の宰相である。
私たちがスローライフに入ることを話しておかなくてはならない。
「ええー! お二人とも引退されると!」
ギョーム殿は驚いたようだ。
「引退するのではない。歴史の先生に戻るだけだ。」
「しかし、もう政務や軍事には携わらないということですよね。」
「私たちがいると、何でも魔法や歴史チートで片づけてしまう。これからはチートに頼らない国づくりが肝要だ。」
「チートに頼らないですか…」
「私や幸村君のような強大な魔法は時として災いとなる。歴史をみんなが学べば、歴史チートは不要になる。」
「そういうものですか?」
「そういうものだ。」
「しかし、寂しくなりますな。」
「非常事態の時は呼んでくれればいい。私たちは非常の人だ。非常の際は駆けつけるよ。」
「では、また先生や幸村殿と仕事ができる日もきましょうな。」
「まっ、非常事態が起こらないことを祈っているがね。」
ギョーム殿がクスリと笑った。
「そうでした。私も先生をお呼びすることがないように精進します。」
「大いに精進してくれ。」
「それはそれとして、ひとつご相談があるのですが。」
「ご相談?」
ギョーム殿はテーブルの上の箱を指さした。
「この箱には何が入っているんだ?」
「魔王の首です。」
幸村君がギョッとして言った。
「魔王の首なりか!」
ギョーム殿は箱のふたを開けながら言った。
「黒焦げになっておりますが、魔王の首に相違ありません。ジュウザ殿が戦場から持ち帰りました。物理的な破壊も、魔力による干渉も一切受け付けません。」
「困ったな。これは不吉な首だ。また蘇らないとは限らん。」
私が腕組みすると、ギョーム殿も腕組みした。
困ったものだな…
幸村君がひらめいたように言った。
「いい考えがあるなり!」
「どんな考えだ。」
「魔王には神様になってもらうのだ!」
「おう、それはいいな!」
「怨霊になった平将門は神田明神に神様として祀られてるなり。神様として祀ることで、怨念を浄化するのだ!」
「そうだ! 日本人は怨霊を神様として祀ってきた伝統がある。それをこの異世界でもやるということだな。」
「そういうことなり!」
私たちはグランローゼの郊外に小さな神殿を作った。
魔王の首に魔導士たちは何重にも結界を施した。
首を持ち去る者があれば、結界が発動しその者は死ぬことになる。
「魔王様として祀るなりか?」
「魔王というのはやめよう。この首を本当の名前で呼んでやろう。」
「将門様なりね。」
マサカド様はグランローゼの街の人々の信仰を集めた。
秋祭りが盛大に開かれ、マサカド様のお神輿が街中を練り歩いた。
魔王が召喚された平将門だったかどうかには、未だ決め手になる確証はない。
だが、いつか歴史の謎を解き明かす日がくるはずだ。




