71,雨に向かって歩いてゆく
私と幸村君は旅にでた。
今回の旅はサウスティカとウエスピアへの旅だった。
海路、サウステイカへ向かい、シーマの居城ゴアハンド城に宿泊した。
ジュウザ殿は私たちの歴史の研究に協力的で、様々な古文書を見せてくれた。
サウスティカからウエスピアへの旅は陸路である。
私たちは街道をゆき、土地の文化や伝承を収集して歩いた。
ウエスピアでは霊峰ヤップル山に登った。
アマテラーザの北辺に連なる山脈のなかでは比較的低い山であったが、山頂まで登ることができる。
山頂からは、アマテラーザの国土と、その向こうに広がる海が見渡せた。
「ヤッホー!」
私が叫ぶとこだまが返ってきた。
幸村君も叫んだ。
「あたしたちは自由なりー!」
下山した私たちは、ブルーベル城に世話になった。
当然、ノーラ殿とも再開した。
ノーラ殿はモーリス水軍の秘密文書をこっそり見せてくれた。
「センセ、これは秘密やで。絶対、他人に漏らしたらあかんで。」
「分かってる、分かってる。」
ブルーベルからは船に乗り、グランローゼの港に帰り着いた。
***
「久々に我が家に帰ってきたなり!」
「やはり竹林堂は落ち着くな。」
「日本酒がいい具合に発酵しているころなり。」
「見に行こう!」
酒蔵に入るとなんともいい香りがただよっている。
幸村君は酒樽からドブロクを救い上げて口にした。
「旨いなり。五臓六腑にしみわたるなり。」
「どれどれ、私も味見しよう。」
「今夜はドブロクで旅の疲れを癒すなり。」
「そうだな。今夜は酒でも飲んでゆっくりしよう。明日からは持ち帰った資料の整理だ。」
「明後日からでいいなりよ。たまには歴史のことを忘れるなり。」
「そうだな。そうしよう。」
スローライフ、とは言え、私たちは結構忙しい。
じっとしていられない貧乏性なのだ。
「異世界★戦国武闘伝」は半年前に出版されていた。
この国で初めての活版印刷による書物であった。
私がこの国の出版社に活版印刷の技術を教えたからだ。
多くの人々が「異世界★戦国武闘伝」を読み、歴史ブームが起こりつつあった。
竹林堂には様々な人が訪ねてきて、私たちは彼らと語り合った。
充実した、そして平和な日々が続いた。
非常事態が発生したのは、竹林堂に二度目の春が訪れた頃である。
***
一騎の白馬が、アゴーラ村に向かって駆けていた。
馬上には白の魔導士・宰相ギョーム・エクストン殿の姿があった。
馬を飛び降りたギョーム殿は竹林堂に駆け込んできた。
「先生、大変です。非常事態です。」
「何があったなりか?」
応対に出たのは幸村君だった。
私が屋敷の奥から出ていくと、ギョーム殿は血相を変えていた。
「どうした、ギョーム殿。」
「大変です! ノーザン・テリトリーで独立派が反乱を起こしました。」
「独立派か、議会開設が気に入らんドワーフたちだな。ノーザン・テリトリーはあくまでドワーフの独立国だと言いたいのだろう。」
幸村君がギョーム殿に言った
「冒険者部隊を派遣すればいいなりよ。独立派と言っても数は知れてるなり。冒険者部隊で鎮圧できるはずなり。」
ギョーム殿は肩で息をしていたが、ようやく呼吸を整えた。
「そうもいきそうにないのです。独立派の中に召喚者がいるようなのです。」
「召喚者なりか!」
「ええ、ドワーフの魔導士が召喚魔法を使ったようです。」
そういえばノーザン・テリトリーで聞いたことがある。
ドワーフの中には、ときどき魔力の強いものが生まれるそうだ。
それがドワーフの魔導士か。
私は尋ねた。
「召喚者はどんな男だ?」
「男ではございません。幸村殿と同じ年頃の女性と聞き及んでおります。」
「女性か?」
「ダテ・マサムネと名乗っておるようです!」
「伊達政宗君なりかー!」
幸村君がすっ頓狂な声をあげた。
「また戦国武闘伝から歴女さんが召喚されたな。幸村君、ノーザン・テリトリーへ向かうぞ!」
「承知なり! 伊達政宗君に会うのが楽しみなり!」
伊達政宗か、確かに楽しみだ。
私はギョーム殿に船の手配を頼んだ。
「いえ、海路は使えません。独立派はノーザン・テリトリーの港を押さえ、制海権は独立派にございます。」
「海路が使えんなら、馬車で行くしかないな。」
「馬車の用意は整えてございます。」
「ならば、いざ、ノーザン・テリトリーへ!」
***
私たちの馬車はイースタリアとの州境を越えた。
手綱は幸村君が握っている。
馬車は、かつて魔族と戦った戦場の跡を進んだ。
「何か、懐かしいなりね。」
「あれから、もう二年になろうとしている。」
「遠い昔に思えてくるのだ。」
向こうから巡礼の人々の列がやってくる。
近づいてみると、人々は巡礼ではなく怪我人の列だった。
「どちらへ行くなりか?」
幸村君が声をかけると、怪我人たちは恐る恐る答えた。
「へい、王都に向かうところにございます。」
「王都に何をしに行くなりか?」
「オラたちは魔族に傷つけけられたイースタリアの民にございます。王都では魔導士様が傷を癒してくれると聞きまして、それで…」
何ということだ。
遠い昔のことと思っていたが、戦争の傷跡はまだ癒えていないのだ。
「いいなりか?」と幸村君は私に尋ねた。
わたしは「そうしよう」と答えた。
私たちは怪我人たちに馬車を与えることにした。
「ありがとうごぜえます。ありがとうごぜえます。」
病人たちが馬車に乗り込み、彼らは深々と礼をして去っていった。
私たちは徒歩になった。
いくつもの山を越え、ようやく平野に出た。
「ここまでくれば、ノーザン・テリトリーまでは平地なりね。」
「そうだ、険しい山も谷もない。あと一息だ。少し休憩していこう。」
「そうなりね。」
私たちは木陰に座って雲を眺めた。
雲の動きが早い。
「幸村君、雨になるな。」
「そのようなりね。地平線の向こうから雨が来るのが見えるなり。」
「しばらく雨宿りするか。」
「次の宿場町まで、もう一息なりよ。行くなり!」
「おいおい、雨に濡れるぞ。」
「かまわないなり! 伊達政宗君が待っているのだ!」
そう言って、幸村君は立ち上がった。
遠くで稲妻が光り、雷鳴が聞こえた。
地平線は雨で煙っている。
幸村君は雨に向かって歩いていく。
その姿は、凛とした美しかった。
「さあ、行くか。」
私は立ち上がり、異世界を歩き始めた。
完




