66,戦いは終わった
「幸村殿の傷はワシのヒールで治しておいた。深刻なのは魔力欠乏症じゃよ。」
エルキス殿の診たてである。
「死んだりしないだろうな?」
「大丈夫じゃ。戦いは終わったんじゃ。ゆっくりと魔力を回復すればいいのじゃよ。まあ、召喚者のバケモノみたいな魔力じゃ。じき回復するじゃろうて。」
「しかし、3日も眠ったままだ。」
「じきに目覚めるじゃろう。目覚めたら旨いものでも食わしてやりなされ。」
ここはレガリア郊外の神殿である。
エルキス殿はこの神殿を野戦病院にしたのだ。
負傷した兵士や魔力欠乏症にかかった者だけではない。魔族に傷付けられたイースタリアの民衆たちが魔導士エルキス殿の治療を求めて集まってきていた。
「ここで、魔導士様の治療が受けられるだか?」
「ありがたいことじゃ。ありがたいことじゃ。」
病気や怪我の民衆たちが列をなしていた。
エルキス殿は兵士であれ民衆であれ、分け隔てなく治療を行った。
その日の夕刻、幸村君は大あくびをして目覚めた。
私はほっとした。
「幸村君、何か食べたいものはあるか?」
「ラーメンが食べたいなり。」
ラーメンか…
案外簡単かもしれない。
オークの骨を使って豚骨ラーメンを作ろう。
どうせなら、みんなに豚骨ラーメンを食わしてやるのだ。
大鍋にオークの豚骨を入れて一昼夜煮込む。
スープに様々な野菜を投入し、より複雑な味にするぞー。
「なんじゃ、この匂いは。臭いのう。」
スープのにおいを嗅ぎつけてエルキス殿がやってきた。
「この臭さが、くせになるようなスープになるんだ。」
「そうとは思えんがのう。」
「ラーメンができたら、エルキス殿もぜひご賞味あれ。」
チャーシューはオークの肉をロースターで炙る。
それから麺打ちだ。
私は「そば道場」に通ってそば打ちを習ったことがある。
ラーメンの麺は小麦粉で作る。小麦粉を練り団子状にする。
団子を平たく延ばして包丁で切る。
麵を茹でてスープを投入する。
豚骨ラーメンの完成だ。
「幸村君、ラーメンができたぞ!」
私はベッド脇のテーブルにどんぶりを置いた。
幸村君はスープを少し飲んで、「豚骨なりね」と言った。
そして、麺を豪快にすすりあげたのだ。
「何ということじゃ! 魔力がどんどん回復していくのう!」
エルキス殿が驚愕したように、幸村君の魔力値はうなぎのぼりである。
ラーメンで魔力を回復させるとは、幸村君らしい。
「エルキス殿もラーメンをいかがかな?」
「旨そうじゃな。」
「どうだ?」
「旨い!」
そこにギョーム殿が幸村君のお見舞いにやってきた。
ギョーム殿が病室に入ってくると、エルキス殿は気まずそうにした。
エルキス殿はラーメンのどんぶりを抱えたまま、そそくさと退出した。
この親子にはまだ確執があるようだ。
「幸村殿が目覚められたと聞いて、お見舞いに来ました。」
ギョーム殿はお見舞いの花を抱えていた。
幸村君は花より団子だぞ。
「ギョーム殿もラーメンを食っていくか?」
私の言葉にギョーム殿は頷いた。
ラーメンをすすりながら、ギョーム殿は幸村君の回復を喜んだ。
「こうして幸村君が回復できたのもエルキス殿のおかげだ。兵士や民衆の治療に忙しいだろうに、病人のひとりひとりに真剣に向き合ってる。頭が下がる。」
私はそれとなくエルキス殿を褒めた。
「父上にも困ったものです。この野戦病院は兵士たちを治療するためのものだというのに、イースタリアの民衆まで受け入れている。これでは、いつまでたっても野戦病院を閉じることができません。」
「そう言うな、ギョーム殿。イースタリアの民衆は魔族の支配で傷付けられた者が多い。それを何とかするのが政治の力だ。」
「確かにそうですけれど、父上は政治とは関係なく治療をしております。困ったものだ。」
ラーメンをすする幸村君の箸が止まった。
「今、父上って言ったなりね!」
おう、そうだ。ギョーム殿はエルキス殿を「あの男」と呼んでいたはずだ。
「ギョーム殿、ようやくエルキス殿の偉大さが分かってきたか。」
ギョーム殿はうろたえたような顔をして言った。
「そんな事ありません。あの男は卑怯者です!」
「照れなくていい。エルフの寿命は長い。徐々に関係を修復すればいい。」
「修復など、ありえません!」
ギョーム殿は照れ隠しをするように、ラーメンのどんぶりを抱えて病室を出ていった。
「親子なりね。同じようにどんぶりを抱えて出て行ったなり。」
「なんか、ほほえましいな。」
病室には、私と幸村君だけが残された。
私は幸村君に頭を下げて「ご苦労様だった」と言った。
幸村君は恐縮したようにベッドの上でペコリとお辞儀をした。
「先生こそ、お疲れ様なり。」
「戦いは終わったな。」
「終わったなり。」
「空しくはないか? 私は少しだけ空しい。」
「何を言ってるなりか! これからはスロー・ライフなり。歴史の研究をするなりよ。」
「そうだな。楽しみだな。」
「これからは楽しむなりよ。」
「残躯、天の赦す所… だな。」
「楽しまずしてこれを如何にせん… なり!」
「伊達政宗だ。」
「正宗公の『馬上少年過ぐ』の漢詩なりね。」
私たちは顔を見合わせて笑った。
「戦いは終わった。だが、まだやらねばならん事がある。戦後処理だ。」
「戦後処理なりか?」
「国民軍、10万の大軍を本国に戻さなくてはならない。それにイースタリアの荒廃だ。民衆は魔族に住みかを追われて貧窮にあえいでいる。トクーガ家が滅びた後のイースタリアをどうするかという問題もある。その道筋をつけるまでは私の仕事だ。」
「魔王を倒して終わりじゃないなりね。ラノベなら魔王が滅びてハッピー・エンドなり。」
「現実はそういうものだ。」
「そういうものなりか。」
「もう少し付き合ってくれるか、幸村君。」
「承知なり!」
***
一週間後、魔力も体力も回復した幸村君は退院した。
私と幸村君は馬に乗って戦場の跡を見て回った。
右手に黒い残骸が見えた。バトル・アーマー烈風の骸である。
「烈風、おまえはよく働いてくれた。礼を言うぞ。」
私と幸村君は烈風に手を合わせた。
手を合わせると、哀しみがこみあげてきた。
私たちはさらに進んだ。
赤い残骸だ。紅蓮は破壊の跡も無残に大地に転がっていた。
幸村君は馬を飛び降りて、紅蓮に駆け寄った。
そして涙を流しながら、紅蓮の機体に縋りついた。
「紅蓮! こんなところに一人で残されて寂しくないなりか!」
ううっ!
幸村君は嗚咽した。
バトル・アーマーの墓標は、機械の残骸に過ぎない。
だが、私たちにとっては、かけがえのない戦友の悲しい姿であった。




