61,戦士の休息
ドラゴンの月の2日。
太陽はじりじりと大地を焼いていた。
イースタリア侵攻から1か月になろうとしている。
魔王が復活する前にガザレリア城を落としたいのだが、兵たちに疲れが見え始める頃である。
ジュウザ殿からも提案があった。
「ここらで兵を休めもんそう。」
「そうだな。このバザール盆地は攻めるに難しく守るに易い。ここで3日ほど兵を休ませるか。」
「そいなら、兵どもに旨かもんでも食わしてやりたいでごわす。」
「旨いものか…」
これだけの兵に旨いものを食わせるとしたら、バーベキューか鍋料理だな。
「なんか目先ん変わったもんでも食わしてやりたいでごわす。」
「目先の変わったもの?」
ジュウザ殿にひっついていた幸村君が何かひらめいたようだ。
「カレーを作るなり!」
「カレーか、学生時代のキャンプを思い出すな。しかし、スパイスなんかはどうする?」
「エルキス殿が持ってるなり。エルキス殿はヒーラーなり。いろいろポーションなんかも作ってるのだ。その原料の薬草の中にスパイスみたいなものがあったなり!」
「ほう、それは知らなかった。では、エルキス殿のところに行ってみよう。」
***
エルキス殿は負傷兵の手当のためにバザール盆地の陣まで来ていた。
私と幸村君がエルキス殿を訪ねると、そこは野戦病院になっていた。
「エルキス殿、思ったより負傷兵が多いな。」
「負傷兵だけではないぞ。魔力欠乏症にかかった者が多くてのう。」
「魔力欠乏症?」
「魔力の使い過ぎじゃよ。あのディガン・ドロワとかうい魔道具じゃ。魔力の増幅とはいえ、一般人の魔力は生活魔法程度に最適化しておるのじゃ。あれだけの魔砲弾を撃ちつづければ、魔力が枯渇する者も出てくるのじゃよ。」
「なるほどな。それで、治るのか?」
「治し方は簡単じゃよ。魔力の種をほんの少し与えてやる。あとは魔力が回復するのを待つだけじゃのう。」
「時間がかかるというわけだな。」
「魔力欠乏症にかかった者には戦闘は無理じゃ。後方に送り返すしかない。」
私が予想もしていなかった事態だ。
魔力欠乏症の兵士と、その可能性のある者は本国へ戻すことにした。
幸村君がエルキス度にスパイスについて訊いている。
「スパイスはあるなりか?」
「ああ、気付け薬の原料にする薬草のことじゃな。馬車の中にたんとあるぞ。」
「先生に見せて欲しいなり!」
「何に使うのじゃ?」
「カレーを作るなり。」
「カレーとな?」
「美味しい食べ物なり!」
「気付け薬の薬草で料理を作るのか? それは良いのう。あの薬草には滋養を高める効果がある。魔力欠乏症の予防にも役に立ちそうじゃ!」
私はエルキス殿の馬車に行きスパイスを見せてもらった。
これはクミン、これはターメリック、他にもいろいろあるな。
これならばカレーができる。
***
次はカレーに入れる具である。
肉はある。グラドス高原で倒したオークの肉である。
「玉ねぎとニンジンはあるなり。」
「それだけだと、なんか寂しいな。」
「みんなに呼びかけて、カレーの材料を集めるなり!」
最初にやってきたのはツキヨミ殿だった。
王女として、兵士たちに美味しいものを食わせたいという心がけは立派だ。
「わたくしの大好物を持ってきましたわ。」
「ツキヨミ殿、何を持ってきたんだ?」
「じゃじゃーん、イチゴですわ!」
そうか、この世界の人々はカレーを知らないんだ。
しかし、カレーにイチゴだと。
そんなものが食えるか!
「却下だ! 愚か者めがーっ!」
「また人格が変わってしまったなり。」
私は食べ物のことになると人格が変わってしまうことがあるのだ。
次にやってきたのはゴドー殿だった。
「この食材は冒険者の滋養食なんだぜ。俺たちの大好物だ!」
「何だ?」
「豆を発酵させたものでナトウという。旨いぜ!」
「うむ、食してみよう。なんだ! これは納豆ではないか。こんなものをカレーに入れられるか! 却下だ!。」
そしてギョーム殿だ。
「先生、エルフの好む野菜の酢漬けをお持ちしましたぞ。」
「酢漬けだと。食してみよう。うっ、これはピクルスのような風味だ。」
「福神漬けの代わりになるなり!」
「そうだな、付け合わせとしては合格だな。」
「採用なり!」
ヴァン殿である。
「ドワーフが食べるノーザン・テリトリーのとっておき食材ですぜ。」
「これは見ただけで分かる。昆布だな。」
昆布を見た幸村君がガッカリしている。
ノースタリアの食事は旨かった。
ドワーフの食材には期待していたのだろう。
「これも無いなり。昆布カレーなんて見たことも聞いたこともないなり。」
「いや、そうででもないぞ、幸村君。カレーはスープだ。昆布で出汁をとる!」
「昆布出汁のカレーなりか?」
「インドの南部では魚介で出汁をとる地方もあると聞いた。カレーに昆布はありだ。」
「採用なりね。」
「採用だ!」
亡命者のマシアス殿である。
「先生、このバザール盆地の名産品でございます。芋をすり潰して固めたもので美味しゅうございますぞ。」
「バザール盆地の名産だと。芋だと、カレーにはピッタリだ。だが、これは芋を加工してコンニャクにしてある。」
イモと聞いてぬか喜びした幸村君は肩を落とした。
「どう考えてもカレーに合わないなり。」
「却下だ!」
ジュウザ殿だ。
ジュウザ殿は食材を積んだ荷車を曳いてやってきた。
「これはサウスティカのイモでごわす。」
「サツマイモじゃないだろうな。」
「見たもんせ!」
私は荷車の食材を確認した。
「これはジャガイモだ。」
「やったー、これでカレーらしくなったなり!」
「採用だ!」
こうしてカレーの材料が揃い、大鍋からはスパイシーな香りが立ちのぼった。
カレーの匂いは兵士たちの食欲をいやがおうにも高めたのである。
「何と旨そうな匂いだ!」
「こんな香りは初めて嗅いだ!」
サウスティカから来たシーマの兵たちは米を炊いている。
南方のサウスティカでは米作が盛んで、米が主食であることを私は知った。
一方、セントラル出身の王家の軍は、硬いパンをカレースープに浸して食べている。セントラルの主食は小麦なのである。
旨そうにカレーに舌つづみを打つ兵士たちを、幸村君は嬉しそうに見ている。
「先生、アマテラーザでも地方によって食文化が違うなりね。」
「幸村君。食文化が違えば、おのずと考え方も違ってくる。これからアマテラーザはひとつの国になる。文化や思想の違いを認め合わねばならない。」
「多様性なりね。」
「多様なる異世界だ。」
「さて、幸村君。どっちを食いたい? 米か、パンか!」
「カレーライスなり!」
「日本人として当然だな。」
戦士たちの休息は終わった。
ドラゴンの月の5日。
アマテラーザ国民軍は一路、レガリアへ向けて進軍した。
最終決戦が迫りつつあったのだ。




