60,敵の防衛線を突破せよ
フェアリーの月の26日。
アマテラーザ国民軍は陣を払い、東に向けて進発した。
その日は雨だった。
ゴブリンたちの死骸が雨にさらされ、ワイバーンの骸がまるで泣いているかのように雨空を見上げていた。
国民軍は死屍累々たる荒野を進軍した。
行軍は三日続いた。
その間、数度にわたる魔族の襲撃を受けた。
「敵襲だー! 魔族の夜襲だー!」
夜の闇に紛れての襲撃であり、数十人の兵士が重傷を負い命を落とした。
少数となった魔族はゲリラ戦をもって国民軍の進軍を阻もうとしている。
30日夕刻。
国民軍はバザール盆地において陣を張った。
「この盆地は広々としていて見晴らしがいい。魔族もこの地形なら夜襲を仕掛けられないだろう。」
「ここで小休止なりね、次の作戦を立てるなり。」
31日。
私たちは軍議を開いていた。
私と幸村君、三成君。
ギョーム殿とヴァルデーノ殿の両魔導士。
冒険者部隊のゴドー殿。
そしてイースタリアの地理に明るい亡命者のマシアス殿も加わっていた。
机の上には地図が広げられ、私たちは魔族軍の配置を確認していた。
そこに一報が入った。
ノーザン・テリトリーのドワーフ軍がモーガル川を渡り、イースタリアへ攻め込んだというのである。
「ヴァン殿、約束どおり来たなりね。」
幸村君は嬉しそうである。
グランローゼ一年戦争で、幸村君とヴァン殿は王家の軍を支えた両輪だった。
いわば戦友なのだ。
「ドワーフ軍の数はどれくらいだ?」
私の問いに答えたのはゴドー殿だった。
「2万、と聞いております。」
「では、ヴァン殿にはオーランド城を攻めてもらおう。」
「オーランド城ですか?」
「魔族のゲリラ兵はオーランド城を根城にしているようだ。この城を落とせば、魔族も簡単にはこちらを襲撃できなくなる。」
「なるほど、ならばオレも行きましょう。」
「行ってくれるか!」
「オレとヴァン殿とは死線をくぐり抜けた仲です。久々に共に戦えて嬉しいんですよ。」
「戦友というわけだな。」
「ええ!」
「では、冒険者部隊を率いてオーランド城へ向かってくれ。」
「承知!」
私は再び地図に目を落とした。
頭の中で戦場のあらゆる情報が交錯していた。
私は地図の一点を指さした。
「ここだ。ここも叩いておこう。」
「ギールス城なりか。小城なり。戦略的価値は低いのだ。」
確かに戦略的価値は低いように見える。
オーランド城から北に5キロほどのところにある小さな城だ。
だが、どうも気になるのだ。
私はマシアス殿に水を向けた。
「マシアス殿、どう思われる?」
「先生の慧眼には驚きましたな。この城の配置の秘密がわかりましたか。ギールス城は小規模な城です。だが、ここからはオーランド城が丸見えなのです。」
「つまり、オーランド城が落ちた場合、魔族の兵はギールス城に逃げ延びる。ギールス城があれば、いつでもオーランド城を取り返せるということだな。」
「さよう! オーランド城はイースタリアの守りの拠点。ここを押さえられればイースタリアは丸裸になったも同然!」
幸村君が大きくうなづいた。
「分かったなり! 沼田城に対する名胡桃城みたいなものなりね!」
「嬉しそうだな。」
「当然なり! 沼田城も名胡桃城も真田の城なのだ!」
なーるほど、ではギールス城も落としておくべきだな。
「ジュウザ殿、頼めるか?」
「よろしか! オイが落としもんそう。」
「では、国民軍を2万ほど連れて行ってくれ。」
「必要なか! オイたちシーマの精鋭だけで十分でごわす。」
「ジュウザ殿、国民軍はこれからイースタリアの州都レガリア城に攻め込むんだ。その前に国民軍にも城攻めを体験しておいてもらいたい。」
それを聞いた三成君が発言した。
「それならば、貴族隊を連れて行ってもらいたい。彼らは貴族ゆえ、武芸の心得がござる。また、レガリア城攻めでも最前線に立ちますゆえ、ギールス城攻めに加わることは大きな意義がござる。」
「貴族隊でごわすか?」
いぶかるジュウザ殿に私は言った。
「貴族の子弟たちに、戦争の惨たらしさを教えてやってくれ。彼らはやがて王国の政治や軍事に携わることになる。戦争という選択肢がいかに最悪かということを身に染みてほしいんだ。」
「承知でごわす!」
月が明けて、ドラゴンの月の1日、
ゴドー殿の冒険者部隊はオーランド城へ進発した。
同時刻、貴族隊2万を引き連れたジュウザ殿とシーマの精鋭はギールス城へと向かう。
ゴドー殿とジュウザ殿を見送った幸村君は落ち着かない様子だ。
「どうした?」
「あたしたちも戦いにいかなくていいなりか?」
「グラドスの会戦でだいぶ魔力を消耗しているはずだ。今は休め。」
「大丈夫なりよ。」
「火炎弾の全弾発射、あれで相当な魔力を使ったはずだ。私の目は節穴ではない。」
「もう回復しているなり。」
「これからレガリア城を攻めることになる。そこにはマドンナがいる。彼女は召喚者だ。どんな強力な魔法を使ってくるかわからん。それに魔王だ。もし、魔王が復活した場合、私たちは100%の魔力で戦わねばならない。」
「分かったなりよ。今は休むのだ。」
ゴドー殿がオーランド城に到着したとき、既にヴァン殿率いるドワーフ軍が城を包囲していた。
「ヴァンの旦那! 加勢にきてやったぜ。」
ヴァン殿に合流したゴドー殿はそう話しかけたという。
「おう、ゴドー、久しぶりだな。助かった。実はちと苦戦しておってな。」
「ヴァンの旦那が苦戦とは珍しい。」
「ゴーレムじゃ、ゴーレムが厄介なのじゃよ。潰しても潰しても再生しやがる。」
「そういうのは俺たち冒険者に任せな。魔獣との戦には慣れている。」
「じゃ、任すぞ!」
「任された!」
ゴーレムが巨体を揺すりながら進撃してくる。その数、およそ40体。
冒険者たちがゴーレムを囲み剣と魔法で応戦するが、ゴーレムはたちまち再生してくる。
だが冒険者たちは戦い方を知っている。
ゴーレムは足止めさえしておけばいいのだ。
「ヴァンの旦那! ゴーレムの足は止めた。てっとり早く魔族を討ちとってくれ!」
「ほい来た、ゴドー! 一気に城に攻め込むぜい!」
ドーワーフ軍が城に攻め込み魔族を討ち果たすと、ゴーレムも消滅だ。
みごとな連係プレーである。
シナリオどおり、オーランド城を落ち延びた魔族たちはギールス城へ向かった。
だが、ジュウザ殿は伏兵を置いていたのである。
貴族隊である。
「おはんら貴族は戦いは名誉あるもんじゃと思っちょるじゃろ。違う、戦いは血みどろで醜かもんじゃ。そいを身に染みて知ってもらうど。」
貴族隊2万は、魔族の落ち武者狩りに動員されていたのだ。
そこは湿地帯であった。
逃げ惑う魔族の落ち武者を、泥まみれになった貴族隊が追いかける。
魔族も貴族も死に物狂いで泥の中を転げまわり、血みどろの死闘を繰り広げた。
ギールス城からはオーランド城の落城がみえただろう。
そして落ち武者となった魔族が惨たらしく狩られていく姿も。
ギールス城に白旗が掲げられた。
降伏のサインである。
「まっこと白か旗じゃのう!」
そうつぶやいて、ジュウザ殿は軍配を振るったという。
降伏の申し出を無視したのだ。
魔族は根絶やしにする。それがシーマの流儀だ。
「チェスト、行けーぇ!」
シーマの猛り狂う武将たちがギールス城に襲い掛かった。
「幸村君、終わったようだ。」
「もう終わったなりか! たった1日なり。」
「オーランド城に続いてギールス城も落城した。」
「これでイースタリアは丸裸なりね。」
「そうだ。これでレガリア城に侵攻できる。」
「最後の戦いなりね。」
「ああ。だがその前に、戦士たちの凱旋を出迎えよう。」
「ジュウザ殿とゴドー殿なりね。」
「それだけじゃない、ヴァン殿も一緒だよ。」
「ヴァン殿もなりかぁ!」
幸村君は勇んで飛び出していった。
アマテラーザ国民軍にノーザン・テリトリーのドワーフ軍が合流する。
これで兵の数は万全だ。
だが私には、払拭できない一抹の不安があった。




