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異世界★戦国武闘伝~歴女と歴史学者の異世界戦記  作者: 近森 元
Ⅶ、戦略編

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54,亡命者マシアス・ギール

 季節は初夏になろうとしていた。

 セミの鳴き声が山々にこだまする頃、イースタリアとの州境に駐屯していた魔導士ヴァルデーノ・オルス殿から一報が届いた。

 イースタリアとの州境に、トクーガ家の重臣マシアス・ギールが一族郎党を引き連れて投降してきたのだ。

 彼は亡命者であった。



 ギョーム殿はヴァルデーノ殿の手紙に目を落としながら言った。


 「マシアス・ギール、大物ですよ。」


 「大公家の重臣だとは聞いているが…」


 「裏大公と呼ばれていた男です。」


 「裏の大公かね?」


 「ええ、大公ドメルグ殿が外交と軍事を担当する一方で、内政と裏の仕事を取り仕切っていると噂されていました。」


 「裏の仕事というのは暗殺とか謀略とかいうことか?」


 「そんなところでしょう。」


 「どんな男だろう?」


 「マシアス・ギールの評判については何とも言えません。穏やかで清廉潔白だという話も聞きますが、何を考えているのか分からない男だという人物評もあります。」


 「つまりは、食えない男だということだ。スパイの可能性もあるな。」


 「確かに…」


 「では、私が行って本人と話をしてみよう。」


 「先生が行かれますか?」


 「いま動けるのは私と幸村君くらいのものだろう。こういう仕事は暇人に任せてもらおう。」


 「では、幸村殿も連れて行かれますな。」


 「いまのところ魔族と直接戦った経験があるのは私と幸村君だけだ。マシアス・ギールから魔族に関する情報が得られるかもしれない。」


 「ならば、馬と護衛の兵を用意させます。」


 「召喚者が二人もいるんだ。護衛の兵は必要ない。」


 「それもそうですな。」



 こうして、私と幸村君はイースタリアとの州境に向かうことになった。


 同日、ウード卿と王家の重臣たちがウエスタリアへ向けて出発した。装飾過剰な大そうな行列である。

 ポセイドゥス殿の大公叙任の使者という名誉のお役目だ。

 これで厄介払いができたというものだ。


 私と幸村君は馬を飛ばした。

 私は一刻も早く魔族の情報が知りたかった。

 それだけではない、マシアス・ギールという人物に興味があったのだ。



 ***


 州境は難民たちであふれていた。

 イースタリアを追われた民衆がテントの中で寝起きしている光景は、戦争の悲惨さの現れである。


 私たちを真っ先に出迎えたのは猫耳忍者のサスケ君だった。


 「久しぶりだな、サスケ君!」


 「こっちはもう大変だニャァ。ようやく食料が届いてほっとしているところだニャ。」

  

 幸村君は馬上からサスケ君をねぎらった。  


 「サスケ、ご苦労だったなり!」


 「幸村様、面目ないニャ。影一族の密偵が何人かイースタリアで捕らえられたニャ。影写しの魔法のも魔族には通用しないニャ。」


 「捕らえられた密偵はどうなったなりか?」


 「たぶん、殺されたニャ。」


 サスケ君は首をうなだれた。

 影写しの魔法、影の中に潜り敵情を偵察する特殊な魔法である。

 サスケ君たち影一族のみが使える魔法ではあったが、影よりも濃い闇を住みかとする魔族には見破られてしまうらしい。


 「ということは、イースタリアの状況については何もつかめていないということなりね。」


 こうなると、マシアス・ギールがもたらす情報はより貴重なものになる。



 州境はバイラス峠をもって西をセントラル、東をイースタリアとする。

 かつて私たちはここでガストン殿を見送った。

 それが魔族との戦いの始まりだったのだ。


 峠には関所があり、関所に隣接する小さな砦(とりで)がある。

 私たちはその砦の一室でマシアス・ギールを引見した。



 私と幸村君が部屋に入ると、椅子に腰かけていたマシアス・ギールは立ち上がった。


 「そのまま楽にしてくれ。」


 私が言うと、マシアス・ギールは恐縮して座りなおした。


 マシアス・ギール、温厚そうな白髪の紳士である。


 マシアスは、その場にいた大魔導師ヴァルデーノ殿に目線を移した。

 ヴァルデーノ殿はかつて大公家に仕えた大魔導士てあったから、マシアスとは元同僚であり、顔見知りなのだ。


 「マシアス殿、先生と真田幸村殿です。」


 ヴァルデーノ殿が答えると、マシアス殿は嬉しそうに答えた。


 「おお、あなた方が! お噂はお聞きしております。」


 「悪い噂でないといいが。」と、私は言った。


 「手ごわいお方だと。」


 「ガストン殿のことは残念だったな。」


 「はい、あのようなことが起こらねば、我らは平和を享受していたはず。」


 ここまでは挨拶だ。

 本題に入る。


 「単刀直入に訊こう、マシアス殿。こたびの亡命の理由を教えてほしい。」


 「申しましょう。魔族から逃れるためにございます。」


 「マシアス殿は魔族ではないのかね?」


 「ええ、おかげさまで。」


 「不思議だな。トクーガの家臣は魔王の首の効果で、全員魔族になったと思っていた。」


 「この私を除いて、全員が魔族となり果てました。アーレス様が後生大事に抱えた魔王の首、あの首が瘴気を発しましてな。瘴気にあてられた者たちは頭髪が抜け落ち、角が生える。」


 「マシアス殿の白髪《しらが》頭は健在だ、角も生えてはいない。」


 私は生臭い目でマシアス殿を見た。


 「ギール家は特別な血筋ゆえ。」



 ヴァルデーノ殿が私に目を向け、言った。


 「先生、ここは私からお話しましょう。」


 「ヴァルデーノ殿、特別な血筋とは何かね?」


 「トクーガ家がまだ地方領主だった頃、三代目にあたるデウラ・トクーガ様がエルフの女性に産ませた子がギール家の初代サレクト・ギール様でした。ギール家にはエルフの血が流れております。」


 「なんと、エルフの血が魔族化を拒んだというのか!」


 「さようですな、マシアス殿。」


 ヴァルデーノ殿はマシアス殿に念押しした。


 「委細(いさい)、相違ございません。」


 なるほと、基本的なことは理解した。

 しかし、疑問は残る。


 「マシアス殿はレガリア城を脱出してきたと聞いている。家臣が全員魔族化したなかで、魔族化しなかったマシアス殿は疑いの目を向けられなかったのか?」


 「魔王の首が城に入った後は、レガリアの城には瘴気が立ち込めまして、薄暗うなりました。」


 なんとも苦し紛れの言い訳に聞こえる。

 幸村君がさっそくツッコミを入れた。


 「白髪頭で角も生えていないなり! 薄暗いくらいで誤魔化しようがないのだ!」


 「いやいや、薄暗いだけではありませぬ。ちょっとしたカムフラージュを思いつきましてな。」


 「どんなカムフラージュなりか?」


 「禿げ頭のカツラを作らせましてな。そこに角を二本つけてですな、それをかぶっておったのでございます。薄暗い中でしたのでカツラとはバレませなんだ。」


 

 「ヅラで誤魔化したなりか!」


 幸村君が噴き出した。

 くっ、くっ、くっ、と、笑いをこらえているようだ。


 マシアス・ギール、たいした男だ。

 魔族の中でカツラをかぶりながら、逃げ出す機会を待っていたのだ。

 普通の人間なら、恐ろしくてとても平静を保てなかっただろう。

 こいつの神経はあきれるほど図太いらしい。


 「可笑しうござろう。あっはっはっは、可笑しうござろう。」


 マシアス殿は肩を震わせて笑っているのだが、その目には涙があふれている。

 長い間の緊張の糸が、ようやくここにきて切れたのだ。

 アーレスとマドンナがレガリア城に入城してから半年、彼は恐怖と猜疑心のなかで生きてきた。


 私はしばらくマシアス殿の涙が床に落ちるのを見ていた。

 そして、マシアス・ギールを信用していいと思った。


 私は言った。


 「マシアス殿、魔族と戦うつもりはあるかね?」


 「はい、ガストン様の仇を討たねば。」


 「ならば教えてくれ、レガリア城の中で何が起こっているか。魔族の兵力はどうなっているか。」


 「重大な事態が進行しております。」


 「重大な事態とは何だ?」


 「まもなく、魔王が復活いたします。」

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