49,愛の戦士
翌朝、若干の二日酔いである。
食堂に行って熱い紅茶を飲んだあと、城の庭をぶらついた。
庭はシーマの兵士たちであふれており、彼らは忙しく軍装を整えている。
彼らはまもなく王都に向けて進発する。
陣羽織を着たジュウザ殿が姿を現した。
ノーラ殿との別れを惜しんでいる。
ジュウザ殿のまわりには相変わらず幸村君と三成君がへらへらとまとわりついている。
「姉上、ゆうべはご馳走様じゃった。」
「ジュウザ、武運を祈っとるで。」
私が近づいていくと、ジュウザ殿は軽く会釈をした。
「兄上、王都でお会いしもんそう!」
「私たちは船で行くから先に王都に着いているだろう。王都で待っている、ジュウザ殿。」
ジュウザ殿は馬上の人となり、シーマの軍勢は隊列を組み城門を出て行った。
私たちはその勇壮な姿を見送った。
ジュウザ殿とはゆうべ酒を酌み交わしながらじっくりと語り合った。
武勇に優れているだけでなく、学問も相当なもののようだった。
ジュウザ殿の話しの中に興味深いものがあった。
シーマ家には、400年前の魔王との戦いの記録が文書で残されているというのだ。
この異世界は歴史という概念が希薄であり、それを文書という形で保存するという習慣もない。
ところがシーマ家には島津の伝統が引き継がれている。
日本人というのは歴史に限らず、文書を書くことが大好きな民族のようだ。
おびただしい数の古文書が残されており、その書き手は武士や貴族にとどまらず商人や農民にまで幅広いすそ野の広がりを見せている。
シーマ家には日本人の血が脈々と流れているのだ。
ジュウザ殿は語った。
「初代シーマが魔王の首を叩き落したんは事実でこざる。じゃっどん、それは初代王アマテラスの光の魔法によって弱体化した魔王じゃっでこそ討てただけじゃ。そう記録に残ってござっと。」
「では、島津豊久公、いや初代シーマは魔王にとどめを刺しただけだというのだな。」
「初代王は渾身ん力で光の魔法を放ち、動けんほどに消耗しちょられた。そこで、我らが初代シーマに魔王城の殲滅を命じられたでごわす。」
この話は信ぴょう性が高い。
なぜならば、歴史とは勝者が書くものだからである。
勝者は自分に都合のいい歴史を書こうとする。
シーマ家としては初代シーマが魔王を倒したと書いたほうが都合がいい。
ところがシーマ家に伝わる古文書にはそうは書いていない。
つまり、これは勝者が捏造した歴史ではないということだ。
しかし…
光の魔法とは何だ?
私は塔に登る階段を一歩一歩踏みしめながら、そんなことを考えた。
塔の最上階には幸村君と三成君がすでにいて、窓の外を眺めている。
窓からは東へ向けて去っていくシーマ兵の隊列が見えた。
「行ってしまうなり。」
「名残惜しゅうござるなぁ。」
歴女さんにとっては本物の戦国武将と触れ合える貴重な体験だったのだ。
「ジューザ殿とはまた王都で会えるじゃないか。食料の積み込みも今日中には終わる。私たちも明日の朝には出航するぞ。」
「出航の前に、先生にはやるべきことがあるなり。」
「そうでござろう。先生はノーラ殿をどうするおつもりか?」
「ノーラ殿に『ウチの好いたお方』とまで言われたなりよ。」
「そうでござる。これは愛の告白でござるよ。」
「女にそれを言わせて、黙っている男は意気地なしなり!」
「ノーラ殿の気持ちに応えるべきでござる!」
二人は激しい口調でまくしたてた。
そんなことは分かっている。
分かっているんだよぉー。
だが、どうしていいのか分からないんだ。
ノーラ殿の気持ちに応える勇気もないんだ。
私は意気地なしだ…
***
翌日、私たちにもブルーベルを離れる時が来た。
船はすべて出航の準備を整えた。
私たちは桟橋の上にいる。
ノーラ殿ともお別れだ。
「センセ、お元気で。」
「ノーラ殿…」
「ウチのことやったら気にせんでええ。センセには進むべき道があるのやさかい、ウチのことは忘れて…」
後ろにいた幸村君が耳元でささやいた。
「意気地なし!」
黙れ! 幸村君、私も男だ。
「ノーラ殿」と、私は言った。
「私は魔族を討伐したあとはスローライフをするつもりだ。政治や軍事を離れて歴史の研究をしようと思っている。」
「それがセンセの道やったら、ウチも応援する。」
「いや、そうではない。待っている。」
「ウチを待っててくれるんかいな。」
「そうだ、ノーラ殿を待っている。」
「そやかて、弟のポセイドゥスが公爵家を継いで、立派な領主になるまでには10年くらいかかるわ。」
「かまわない、いつまでも待っている。」
「ウチ、おばあちゃんになっとるわ。」
「いや、10年後のノーラ殿は美しさに磨きをかけているはずだ。」
「いややわ!」
そう言って、ノーラ殿は私の胸に飛び込んできた。
私は彼女をしっかりと抱きしめた。
彼女の頬を涙が伝い、桟橋の上に落ちた。
「錨をあげろー!」
三成君が船団に出航の合図を出した。
別れの時だ。
私はタラップを駆けあがり、船の上からノーラ殿を振り返った。
ノーラ殿は手を振っていった。
笑顔である。
私はノーラ殿の感触が残る腕で涙を拭いた。
そして、ノーラ殿に向かって叫んだ。
「ノーラ殿、好きだーぁ!」
桟橋が遠ざかる。
ノーラ殿はいつまでも手を振っている。
私はポケットに手を入れたまま、ノーラ殿の姿が見えなくなるまで船の甲板に立ち尽くしていた。
ノーラ殿の姿が波の向こうに消えても、私は甲板を離れられなかった。
そこにエルキス殿があがってきた。
エルキス殿は400年前のトラウマからモーリス家との接触を避けて船にいたのだ。
エルキス殿が私の顔を見上げて、ポツリと言った。
「先生、ひと皮お剥けなさったか…」
「ああ、守りたいものができた。」
と、私は言った。
水夫たちにまじって船の帆を操作していた幸村君がマストから降りてきた。
「先生、さっきのは感動したなり!」
「恥ずかしいから、もう言わないでくれ。」
「『いつまでも待ってる』、なんて言われたら女はたまらないなり。」
「だから、もう言うなって。」
「ほんとに、いつまでも待つつもりなりか?」
「10年たてばノーラ殿は45歳だ。40代は女性が一番美しくなる。」
「何なりか、それは。ただの熟女好きのたわごとなり。感動を返して欲しいなり。」
「そう言うな。私たちには魔族との戦いが待っている。その中で、私も命を落とすかもしれない。この国や、この異世界だって、どうなるか分からない。」
「あたしは戦国武将として戦う覚悟を決めているなり。憧れの真田幸村として死ねれば本望なり。」
「死ぬなんて言うな。」
「覚悟を言ったまでなりよ。」
「私には覚悟なんてなかった。大公に召喚されてこの異世界に来た当初は、敵や見方を翻弄するのが面白かった。歴史チートを使って内政にたずさわるのも、自分の実力を試していただけなのかも知れない。」
「先生には戦う理由が無かったなりか?」
「よくわからない。ただ、今は戦う理由がある。それだけだ…」
「愛の力なりね!」
「だから、恥ずかしいからもう言わないでくれ!」
「分かったなりよ、愛の戦士殿。」
「これ以上からかうと、怒るぞ!」
「コワイなりぃー。」
と言って、幸村君は再びマストに登っていった。
私は島影が動く海を眺めた。
この海の向こうにはノーラ殿がいる。
私はその面影を抱いて魔族との決戦に臨むことになる。




