47,ウエスピアの夕日
ブルーベルの港に、王家の船団が入港した。
ウエスピアから提供される食料を受け取るためである。
船団を率いてきたのは石田三成君だ。
「治部殿、久しぶりなり!」
「左衛門佐殿、お元気にしておられたか。」
石田治部少輔三成
真田左衛門佐幸村
お互いを官職名で呼び合うのが歴女さんのたしなみだそうだ。
二人は桟橋の上で再開を喜び合った。
桟橋の上には食料の袋を積んだ荷馬車が並び、王家と公爵家の兵が協力して船へと食料を積み替えているところだ。
ノーラ殿が、作業の検分にやってきた。
黒いスーツ姿である。胸元にのぞく白いブラウスがまぶしい。
ウエスピアではスーツは商人の服装であり、ノーラ殿は商人に身をやつしているのだ。
ノーラ殿は三成君とは初顔合わせだ。
「これはこれは公女様!」
「公女様は無しや。ノーラと呼んでや。」
「しからばノーラ殿、かたじけのうございます。この食糧で難民たちも救われます。」
「あんたが石田三成はんかいな? 召喚者やて、金の魔法属性やて、金の魔法は物質錬成の力や。そんならこれが何か分かるか?」
ノーラ殿はバッグからディガン・ドロワを取り外して三成君に渡した。
「これは何でござるか?」
「ディガン・ドロワ、魔道具や。」
「この腕輪の真ん中についている黒い石はドロワ鉱石でござるな。魔導士が魔力の蓄積に使う魔法電池のようなものにござるよ。」
カチャ!
三成君は試しにディガン・ドロワを装着した。
「ほう、魔力が流れを作っておる。おっ、魔力の流れが自在に操れるようじゃ。なーるほど、原理は実に単純。ドロワ鉱石を触媒にして魔力を増幅できるでござるな!」
「さすがは召喚者殿や、単純な原理やから汎用性も高い。魔法属性の変換もできるで。」
「魔法属性の変換でござるか? 水属性の者も火の魔法が使えるということですな。」
「せや、面白いやろ。」
「では、拙者の金の魔法も火や風の魔法に変換できまするな。」
「あかん、あかん! 召喚者のバケモンみたいな魔力なんか変換せんといて。それこそ大惨事が起こるわ。」
生真面目な三成君とざっくばらんなノーラ殿の会話は漫才のようである。
「三成君、ノーラ殿が提供してくれるのは食料だけではない。このディガン・ドロワもだ。」
「この魔道具をですか!」
「ただし、数は100丁だ。これを複製して、5万丁、いや10万丁を揃える。ディガン・ドロワは対魔族戦の決定打になる。」
「先生はすべての兵に、このディガン・ドロワを持たせるつもりですか?」
「そうだ、三成君は私が何をやろうとしているのか分かるかね?」
三成君は私から視線をはずした。
視線は海に向けられた。
何かを考えている様子だ。
そして海を見たまま言った。
「先生は、この異世界の時計の針を300年進めるおつもりですか?」
「そういうことになるな」と、私は答えた。
「そういうことならば、拙者はさらに200年、針を進めましょう。ディガン・ドロワの原理を応用すれば、さらに強力な魔道具、いや魔道兵器の開発も可能ですぞ。」
「そういえば、三成君。君の専攻はロボット工学だったな。」
「ええ、産業用ロボットやドローンの設計ですね。」
「それは面白そうだな。はははは!」
私が笑うと三成君も笑った。
ふふふふ!
はははは!
「なんや、あんたら気持ち悪い笑い方して! ええかげんにしぃ!」
ノーラ殿に叱られてしまった。
このコテコテの関西弁を聞けるのもあと数日である。
食料の積み込みが終わり次第、私たちはグランローゼへ戻らなくてはならない。
難民たちは食料の到着を待ちわびているだろうし、何よりも、ディガン・ドロワを核とした新たな戦術を構築しなければならないのだ。
***
陽が西に傾くころ、食糧の積み込み作業を終えた兵士たちは疲れ切った体をビールで癒していた。
乾いた喉に、瓶ビールをラッパ飲みする。
その喉越しが、労働の辛さを忘れさせてくれる。
ビールはノーラ殿の差入である。
ノーラ殿は兵士たちの気持ちを理解する優れた司令官なのだと思った。
幸村君と三成君は、今夜はブルーベルの街を飲み歩くのだと言って、二人して街へ出かけてしまった。
歴女同士でよもやま話に花を咲かせるのだろう。
私がヤマトの甲板で夕日を眺めていると、ノーラ殿が甲板に登ってきた。
「センセ、ウエスピアの夕日は最高やろ。」
「島々の間に陽が沈んでいくんだな。なんとも雄大だ。」
「ウチも夕日が沈むのを見るのは久しぶりや。」
船の欄干にもたれ掛かっていた私の隣にノーラ殿が並んだ。
ノーラ殿の顔は夕日に照り映えて赤くほてっているように見えた。
こうして美しい女性と並んで夕日を見ている私…
ひょっとすると、これはデートのシチュエーションではないか!
「ほら、陽が落ちるで!」
「おお!」
ノーラ殿が叫び、私も叫んだ。
陽が沈むと、ブルーベルの街が一斉に灯をともす。
町は華やぎ、人々は快楽を求めて街へくりだす。
「にぎやかな街だな。」
「せや、ブルーベルの賑わいは王都にも負けてへん。アマテラーザでも有数の商都やからな。」
「イースタリアでは魔族が復活し、難民が困窮を極めているのが嘘のようだ。」
「ウチはブルーベルとウエスピアの繁栄を守っていかなあかんのや。」
「そうだな」と、私は言った。
ノーラ殿の使命感には痛々しさがる。
弟君であるポセイドゥス殿が公爵家を継ぎ、立派な領主になるまでウエスピアの命運を一身に背負っているのだ。
「センセ、何を難しい顔をしてんのや。」
「いや、いろいろ考えてしまってな。」
「下手な考え休むに似たりや。飲みに行くで!」
「飲みに連れて行ってくれるのか?」
「夜のブルーベルを案内したるわ。それから海鮮料理の店に連れてったる。センセは魚料理が好きやって幸村殿から聞いとる。ブルーベルは港町や。なんもかもが新鮮や!」
ノーラ殿と飲みに行くのか。
やはり、これはデート!
学問一筋に生きてきた私が、デート!
心が一気に沸き立った。
ノーラ殿と夜の街を歩く。
露店を覗いたり、客引きをからかったりしながら私たちは港町の賑わいを楽しんだ。
「センセ、ここや! この店や!」
「なかなか繁盛してる店だな。」
私たちが店のカウンター席に並んで着くと、ノーラ殿はビールを注文した。
「ウエスタリアの名物はビールや。貴族はワインを飲んどるけど、庶民はビールを飲むんや。ウチは大のビール党や。城の中では飲まれへんけどな。」
「旨いな。ビールは…」
「召喚者は魚を生で食べるんやろ。このアマテラーザで生の魚を食べるんはブルーベルだけや。食べてみて。旨いで。」
生魚の切り身をオリーブオイルにつけて食べる。カルパッチョのような料理だ。
「うん、旨い、旨い。」
ノーラ殿はブルーベルの街のこと、ビールや料理についてお国自慢を繰り返し、私はいちいち頷いてばかりいた。
楽しいのだが、これがデートだと思うと妙に緊張してしまうのだ。
そんな緊張も、酔いがまわるころには程よくほどけて、私はすっかりいい気分になってノーラ殿の美しい顔を眺めた。
「センセ、さっきからウチの顔ばっかり見て、どうしはったん?」
「いや、こうして女性と差し向かいで酒を飲むなんて何年ぶりだろうと思ってな。」
「センセ、モテへんのかいな?」
「確かに、モテるほうではない。それに、いろいろ忙しかったんだ。」
「嘘やろ! センセ、あんたはなかなかええ男や。」
そして、ノーラ殿は私に顔を近づけてきた。
たじろいだ私の頬に、ノーラ殿の柔らかい唇が触れた。
「あははは」
ノーラ殿は無邪気に笑い、私は平静を装った。
だが、内心は天にも昇る心地だったのだ。
私がほんとうに若かったころ、同じようなことがあったような気がする。
大学の研究室に入ったあとは競争の日々だった。
私はなんとか勝ち抜いて教授の地位を得た。
論文を書かなくてはならない。講義もしっかりやらなくてはならない。それに、「戦国武闘伝」の監修の仕事もあった。
青春の日の熱い気持ちのようなものを長い間、忘れていたような気がする。
ノーラ殿は、そのことを思い出させてくれた。




