46,ガーランドの虐殺
魔族の落人が暮らす島、ガーランドは海に浮かぶ小さな丘に見えた。
魔族が復活するまで、この島の住人は魔族の末裔であることを忘れていたかも知れない。
ノーラ殿は旗艦ブルーシャドウの甲板に立ち舵輪を握っている。
「各艦、陣形はメイルシュトロームや、きっちり頼むでぇ!」
旗艦を含めた6隻の戦艦が渦のようにゆっくりとガーランド島を取り囲んでゆく。
「ノーラ様、包囲完了です。」
ブルーシャドウの艦長が報告した。
「よっしゃ! 戦闘配備や! 魔族の島ガーランド侵攻は午前10時をもって開始! 終了までの予定時間は30分や。総員、ディガン・ドロワ装着!」
ノーラ殿が左腕にブレスレットのようなものを嵌めると、カチャ! と言う音がした。
そして兵士たちが全員がディガン・ドロワを装着したのである。
カチャ! カチャ! カチャ!
機械的な装着音が響き渡る。
「何だこれは?」
私の疑問を振り払うように、ノーラ殿は兵士たちへ指示を続けた。
「ディガン・ドロワの属性は火に調整してある。
詠唱は統一するで!
<< ストルク・ダルゴ・ファイエ >>
繰り返す、
<< ストルク・ダルゴ・ファイエ >>
以上や!」
ノーラ殿の指示は手旗信号によって各艦に伝達された。
モーリス水軍の行動は素早い。
戦艦からは次々にボートが海面に投下され、ボートには約20名の兵士が乗り込み魔族の島へ突入していった。
ボートは全部で60艇くらいだろうか。ノーラ殿は300人の魔族の島を滅ぼすために1000人以上の兵士を投入している。
一気に殲滅、いや、皆殺しにする手はずだ。
島の魔族たちも異変に気付いた。
角を生やした魔族の男たちは、火炎弾と水塊弾を放ちながら兵士たちの上陸を阻もうとしている。
まだ魔族化していない角の無い男たちは剣を手にして待ち構えている。
ボートの兵士たちは、ディガン・ドロワを装着した左腕を突き出し、声を揃えて詠唱した。
<< ストルク・ダルゴ・ファイエ >>
ディガン・ドロワから火炎弾が発射された。
ボートに乗る1000人以上の兵士が同時に火炎弾を放ったのだ。魔族たちは炎に焼かれて断末魔の声をあげた。
「ノーラ殿、ディガン・ドロワというのは何だ?」
「最新の魔道具や。魔力の増幅装置でなぁ、属性の変換も可能なマジック・アイテムなんや。」
なるほど、これだけの数の魔道兵を投入できるのは、この魔道具があってこそなのだな。
要するに、生活魔法しか使えない微弱な魔力しか持たない者でも、戦闘に耐えうる魔法が使用できるということだ。
ノーラ殿が右手を動かすと、手旗信号が降られた。
上陸の合図である。
岸にこぎつけたボートから兵士たちが素早く飛び降りていく。
彼らは剣を構えて、村人たちを殺していった。角の生えている者もいれば、生えていない者もいる。女もいれば子どももいる。
私たちは旗艦ブルーシャドウの甲板から虐殺を眺めていた。
不思議なことに、何も感じなかった。私の心の安全装置が感情をシャット・アウトしているのかもしれない。
幼い子どもを抱きかかえた女が逃げまどっている。女は最後の力を振り絞って魔法を発動させた。
----ウォオオーン!
女の背後の土が盛り上がり、土の中からゴーレムが姿を現した。
「でかいな。幸村君」
「5メートルくらいあるなり。」
兵士たちはディガン・ドロワでゴーレムに火炎弾の集中砲火を浴びせた。
ゴーレムは集中砲火をものともせず、兵士たちを踏み殺していく。
多くの血が流れ、残酷で凄惨な死が目の前にあった。
「ゴーレムは土人形なり。火の魔法は効かないなり! 先生の出番なりよ!」
「承知した! ノーラ殿、艦をゴーレムの正面にまわしてくれ!」
「承知や、センセ! とーりかじー!」
舵輪が回ると、艦が左に傾いた。ゴーレムが正面に来た。
<< 人間、五十年! >>
「いけ! トルネード!」
風の渦がゴーレムの胴体を貫き、一瞬にして土人形は崩壊した。
―--うおぉぉぉぉぉっ!
兵士たちは崩れ行くゴーレムを乗り越えて、島の中心に向かって突入していった。
島の中心は密林である。
「制圧まで、あと15分や。」
ノーラ殿がつぶやいた。
制圧とは、島の魔族をひとり残らず殺すことである。
密林の中に赤い光が明滅する。
それはディガン・ドロワが放つ火炎弾の光だ。
その明滅が起こるたびに、確実に何人かの魔族が死にいたっている。
だが、魔族も最後の抵抗を諦めない。
味方の兵士たちが逃げまどうように密林から走り出てくるのが見えた。
何かに怯えているようだ。
燃え盛る密林の中から、少年が現れた。三本の角を生やした魔族の少年である。
少年の瞳は赤く輝いている。手には血ぬられた剣を握っている。
「子どもだ?」
私はノーラ殿に言った。
「子どもといえども、魔族や!」
ノーラ殿の言葉が終わるか終わらぬうちに、魔族の少年の背後から巨大な影が舞い上がった。
「ワイバーンなり!」
「兵士たちはワイバーンを恐れていたのか!」
「あの子どもがワイバーンを使役しているなり。」
島の上空に舞い上がったワイバーンは口から火炎を放射し兵士たちを火の海に閉じ込めようとしている。
「しくじってしもた。ここは撤退や! くそっ!」
ノーラ殿のは苛立ちを隠そうとしない。
「大丈夫なり。ワイバーンはあたしがやるなり。」
「なにゆうてんねん、幸村はん、相手はワーバーンや、Aランクの魔獣や!」
「Aランクの魔獣でも、あれは卵から孵化したばかりの赤ちゃんのワイバーンなり。大したこと無いのだ。」
「あのなー、赤ちゃんでもワイバーンはワイバーンや。見てみぃ、あの暴れっぷりを!」
幸村君とノーラ殿の会話は平行線を脱しない。
「ノーラ殿、ここは幸村君に任せてくれ。我々は召喚者だ。」
「召喚者? 伝説の召喚者かいな…」
「伝説ではない。論より証拠だ。幸村君、ワイバーンを討つぞ!」
「承知なり!」
「相手は赤ちゃんワイーバーンだ、魔法の出力は50%くらいに調整してくれ。」
「50%やと! 半分かいな!」
「それとだな、ドワーフたちに聞いたんだが、ワイバーンの骨格は貴重品らしい。特に赤ちゃんワイバーンの骨格は柔らかくて加工がしやすいそうだ。骨格をできるだけ傷つけないようにして倒すんだ。」
「あんたら、おかしいんちゃうか。ワイバーン倒すのに、そんな細かい注文出してどーすんねん!」
「できれば、首チョンパが望ましい。」
「首チョンパなりね!」
<<臨! 兵! 闘! 者! 皆! 陣! 列! 在! 前!>>
炎の剣が空を斬った。
ワイバーンの首がゆっくりと放物線を描いて落下していく。
私はスローモーションを見ているような気がした。
スローモーションのなかで、ノーラ殿の顔が怒りから怯えに変わり、驚愕から歓喜に変わるのを、私は美術品を鑑賞するようにして見ていた。
その美しい顔は、次第に脱力し、ポツリと言った。
「たまげたわ!」
島の上では最後の虐殺が行われていた。
ワイバーンを操っていた少年はディガン・ドロワによって何発もの火炎弾を頭部に叩き込まれた。首を吹き飛ばされた少年の体が倒れるのを私は目をそらさずに見つめていた。
制圧完了である。
海の遠くに船影が見えた。船影はゆっくりとこちらへ接近していた。
ヤマトである。
制圧作戦に何らかの支障があった場合の保険に、私がモーリスの水軍を尾行させていたのである。
甲板にはエルキス殿の姿がった。
ヤマトはボートを降ろし、ボートにはエルキス殿とドワーフの工兵が乗っていた。
ドワーフたちは、さっそくワイバーンの解体に着手した。
ワイバーンの骨格・皮膚・内臓、すべてが貴重な素材である。
エルキス殿は虐殺の跡を確かめるように島の中央へと歩いて行った。
魔族たちの中には、まだ息がある者もいた。
エルキス殿は息のある者を見つけると、静かに手をかざした。
手をかざされた者は、安らかな顔になって死んでいった。
エルキス殿はヒールの能力で、死にゆくものに安らぎを与えたのだ。
「エルキス殿…」
と、私はエルキス殿に何か言うべきだと思ったが、言葉が思い浮かばなかった。
私の失われた言葉を、エルキス殿は代弁してくれた。
「わしには何が正しいことなのか分からん。ひとつだけ分かるのは、人は屍をを踏み越えてなお生きねばならぬということじゃ。わしは、これからも卑怯者として生きるぞ。」
私はエルキス殿の覚悟を知った
すべての終わりに、ノーラ殿はガーランドの島そのものを焼き払った。
あらゆる場所に油を撒き、火をかけたのである。
私たちは船の甲板で炎を眺めた。
紅蓮の炎が島を覆い、黒煙が空に立ち昇った。
それは、まもなく開始される魔族との戦いの狼煙であった。




