45,正義について語る時、私たちが語ること
魔族とは何者か?
エルキス殿に聞いた話と私たちの体験から導き出される答えはひとつだ。
魔族とは魔王から暗黒の魔力を分け与えられた者であり、暗黒魔法を使って魔物や魔獣を使役する能力を持つ者である。
だから魔族は暗黒の魔力を持つ人族という結論になる。
身体的特徴は、ほぼ人族だが、暗黒の魔力を得ると頭髪が抜け落ち、代わりに角が生えるようだ。私たちがノックス城で遭遇したザクスという魔族は前頭部に一本の角があった。
魔族が暗黒の魔力を失った場合、この角が抜け落ち、魔族は人に戻る。400年前、魔王が倒されたとき、魔族は人に戻った。
そのうちの何人かが落人となり、ウエスピアの島々で子孫を残している。
そういう伝説があるらしい。
***
翌朝、私と幸村君はノーラ殿に呼び出された。
ノーラ殿は船で待っているという。
私たちは宮殿から馬車に乗せられ港に向かった。
馬車は、 港の奥にあるドッグに到着した。
ドームで覆われたドッグの中には大型船が格納されており、これがノーラ殿の司令船、ブルーシャドウなのだ。
ノーラ殿はブルーシャドウの船室で私たちを待っていた。
「ブルーシャドウ出航や! よーそろ!」
ブルーシャドウは急速に出航し、私たちは海上の人となった。
私たちは甲板でノーラ殿の話を聞いた。
「これから話すことは極秘事項や。心して聞いてや。」
「魔族の落人の件だな。」
「せや、伝説と言うことになっとるけど、ウエスピアではデリケートな問題でもあるんや。」
「デリケートな問題なりか?」
「幸村はん、考えてみい、もしこの伝説を民衆が本気で信じたら、どうなると思う?」
「民衆は疑心暗鬼になるなり。隣の島は魔族の島だと疑ってみたり、魔族の正体を暴こうとするのだ。」
「その結果は、どうなると思う?」
「魔族狩りが起こるなり。魔族でなくても魔族認定されたら狩られる側になるなり。魔族認定されたくない民衆はスケープゴートを探すなり。これは果てしない悪循環なのだ。魔族狩りの嵐になるなり。」
「そういうこっちゃ、幸村はん。魔族が復活する前からウエスピアが抱えてきた問題や。たとえ魔族が無害な存在やったとしてもや、魔族の落人の伝説が、民衆の口の端に乗って変容するとき、民衆は魔族よりも恐ろしい狂気をはらむ可能性があるということや。」
「魔族よりも恐ろしい狂気なりか?」
「せや、実際に400年前の魔王討伐直後のウエスピアでは魔族狩りの記録が残っとる。せやからモーリス公爵家は、その記録を抹消し、人々の中に残る魔族狩りの記憶を伝説にしたんや。」
「要するに、魔族の落人は伝説で、ほんとうは居ません、ということにしたなりね。」
「そのとおりや。けど、事実はもうちょっと複雑や。」
「魔族の落人は実在するなりか?」
「実在したんや。この50年間に、角を生やした人間が5例発見さとんのや。対象者および目撃者は処分されとるから確かめようもない。」
「確かめようもないのに、どうして実在が証明できるなりか?」
「モーリス水軍の諜報部の記録だけは、公爵家といえども消せへんかったんや。諜報部は、現状ウチの管轄下にある。」
「しかしだな。」と、私は言った。
「諜報部の記録といっても、その真偽は確かなのかね?」
「それはウチも考えた。何らかの悪意をもって諜報部の資料が捏造される場合もある。けど、論より証拠や。今回のイースタリアでの魔族の復活、魔族が復活したということは魔王が復活するということや。」
「魔王が復活すれば、かつて魔族だった者にも影響が出るのではないか、ということかね?」
「そうや、ウチは水軍の諜報部を総動員して島々を調べさせた。」
「魔族が復活していたのかね?」
「3つの島で、角の生やした人間がいることが分かったんや。」
「魔族となった人間には角が生える。つまり暗黒の魔力が遺伝子レヴェルで人間に影響を与えた可能性がある。その遺伝子が世代を超えて継承された場合…」
「遺伝子って何や?」
「親から子に受け継がれる情報のようなものだよ。」
「魔王復活とともに、その遺伝子が反応して人間が再び魔族になった、ってわけやな。」
「その可能性が高いということだ。」
「魔族のもとは人間かも知れへん。けど、魔族は人間やない。ウチはそう思うことにした。」
「だから魔族を根絶やしにするのかね?」
「するんやない。もう2つの島は焼き討ちにして、魔族は『根切り』にしたわ。」
「根切り」、織田信長もこの言葉を使った。根を根本から断つ、つまりは皆殺しのことである。
初代王アマテラスこと織田信長に従ってダンジョンを焼き討ちにしたモーリス公爵家にとって、この言葉は呪いのようなものなのかも知れない。
「女、子どもも殺したのか?」
「仕方あらへん。そうするしか無いんや。」
そう言い放ったノーラ殿ではあったが、彼女の中に痛みがあるのが分かった。
魔族を放置すれば、やがてウエスピアにもアマテラーザの国全体にも災厄が及び、より多くの人が死ぬこととなるだろう。
より少ない犠牲で結果を出す。
それが政治というものだ。
「トロッコ問題なりね…」
と、幸村君が言った。
「トロッコ問題。昔、私の授業でも取り上げたことがあったな。」
「先生の授業は、歴史から派生して哲学や経済学の分野に広がるところが面白かったのだ。」
「歴史をどう考えるかが問題だからな。授業ではいろいろなアプローチをしてみたんだ。」
「こんなところで、あの授業が役に立つとは思わなかったなり。」
「では幸村君、ノーラ殿にトロッコ問題を説明してくれるか。」
「承知なり。」
幸村君はノーラ殿にトロッコ問題を語り始めた。
「線路を走っていたトロッコが制御不能になったなり。このままでは、前方の作業員5人が轢き殺されてしまうのだ。この時、《《たまたま》》あたしが線路の分岐器のすぐ側にいたなり。あたしがトロッコの進路を切り替えれば5人は確実に助かるなり。しかし、その別路線でも1人が作業しているのだ。5人の代わりに1人がトロッコに轢かれて確実に死ぬなり。あたしはトロッコを別路線に引き込むべきかどうかなのだ。」
ノーラ殿が穏やかな口調で答えた。
「ウチは既に魔族を根斬にした。それがどれだけの人を救うのか分からん。確実なんは、ウチは人殺しやということや。」
「ノーラ殿、それも少し違うぞ。トロッコ問題は、正義とは何かを考る思考実験だ。1人を犠牲にして5人を救う。これは政治的には正義と呼べる。ただ、これは数値化された正義でしかない。犠牲になり死んでいく1人にとって、それは正義だろうか。ここでは政治的問題は倫理に置き換えられる。」
「ややこしい話やな。」
「めんどうな話なのは当然だ。この思考実験に答えは無い。」
「なら、ウチはどうしたらええんや?」
「永遠に考え続けることだ。」
「永遠に…」
「そうだ。ノーラ殿のしたことには政治的な正義がある。一方でノーラ殿には良心の呵責もある。その二つは共存できない。だから苦しいんだ。できることは、その苦しさを超えて考え続けることだ。」
「そこに正義があるのか?」
「正義は無い。そこにあるのは知恵だよ。人間の知恵だ。」
「センセー、何かちょっとだけ分かったような気がするわ。」
ノーラ殿の表情が、ちょっとだけ軽くなったように見えた。
「センセー、ウチと一緒に考え続けてくれますか?」
「もちろんだ。」
「今から、モーリスの水軍は魔族の島に向かいます。その島では魔族の落人が300人くらい暮らしてますのや。全員、根切りにします。先生と幸村はんには見届け人となってもらいたいんや。」
「承知した、ノーラ殿。 幸村君、我々は魔族との戦いを見届けよう。」
戦艦ブルーシャドウは、5隻の僚艦を従えて魔族の島ガーランドへ向かう。
その目的は魔族の「根切り」にある。




