42,女戦士たち
私はすぐにでもウエスピアへ向かいたかったのだが、王家の戦艦ヤマトはすぐには出航できないという。
ノーザン・テリトリーの港に数か月もの間停泊していたので、船底にこびりついた貝殻などをザキザクと落とす作業に数日かかるらしい。
まっ、神様が「数日くらいは休め」と言ってくれているのだろう。
そういえば、新しくドワーフの傭兵隊長に着任したマリータ殿の就任式が行われるそうだ。
就任式ではマリータ殿が5人抜きをやると聞いている。
私は幸村君を誘うことにした。
「マリータ殿が五人のドワーフの傭兵と試合をするなりね!」
「傭兵部隊の五人と戦って勝てない場合は、傭兵隊長として認められないそうだ。」
「マリータ殿なら大丈夫なりよ。体格はヴァン殿よりでかいのだ。」
「この異世界の、男女同権の先駆けであって欲しいものだな。」
***
私たちがドワーフ傭兵隊の宿舎に到着すると、中庭ではすでに五人抜きが始まっていた。
「うおおぉぉぉぉぉっ!」
マリータ殿がドワーフの大男を一本背負いで投げ飛ばした。
---ドドーン!
男は背中から地面に叩きつけられる。
「ウラアアァァァ!」
マリータ殿の勝どきだ。
二人目の挑戦者はドワーフらしい背の低いがっしりした体形の男だ。体は小さいが傭兵隊一の力自慢だ。
マリータ殿は素早く動いて男の背後を取った。
そして締め技である。
マリータ殿の腕が男の首をじわじわと食い込んでいく。
はい、落ちた!
三人目のドワーフは剣士である。
木剣での試合だ。
マリータ殿は剣を鞘に納めたまま動こうとしない。
ドワーフの剣士はマリータ殿の隙を狙ってじわじわと歩み寄る。
一瞬だった、マリータ殿は鞘から剣を抜き放ち、ドワーフの剣士が倒れた。
「あれは居合斬りなり。あたしが教えたのだ。」
四人目は弓の勝負。
的に向かって三本の矢を射る。
弓はマリータ殿のいちばん得意とするところ。
見なくても勝敗は明らかだ。
さて、最後の挑戦者は傭兵隊の副隊長サラデイウス殿だ。
ヴァン殿の片腕だった男だが、すでに初老と呼ばれてしかるべき年齢にある。
勝負は腕相撲である。
マリータ殿とサラデイウス殿はテーブルの上でがっちりと腕を組み合った。
「レディー、ゴー!」
お互いの腕に力が入ると、周囲が殺気立った。
「幸村君、腕相撲ではやっぱり筋肉質な男のほうが有利だよな。」
「そうでもないなり。腕相撲は心理戦でもあるのだ。」
「私にはマリータ殿が押されている様に見えるぞ。」
「違うなり。マリータ殿は溜めているのだよ。」
「よくわからんが、互角と言うことか?」
「緊張の糸が切れたほうが負けるなり。」
幸村君がそう言ったとき、私は宿舎の門から馬車が入ってくるのを見た。
そして、馬車を降りたのはひとりの少女だった。
ツキヨミ殿である。
サラデイウス殿の視界をツキヨミ殿の影がかすめた。
その影がサラデイウス殿の張りつめた筋肉の上に落ちた。
わずかな緊張のゆるみを、マリータ殿は見逃さなかった。
次の瞬間、サラデイウス殿はテーブルの上にねじ伏せられた。
「ウラアアァァァ!」
マリータ殿が勝どきをあげると、ドワーフ全員が唱和した。
「「「ウラーァ! ウラーァ! ウラーァ!」」」
「女隊長様の誕生だー!」
「女親分、お手柔らかに―!」
ドワーフの傭兵隊がマリータ殿の前に整列した。
5人抜きという儀式が終了し、ようやく傭兵隊長として認められたのだ。
「よろしぐ頼むべ!」
マリータ殿の挨拶はその一言だけだった。
そこに、さっき馬車から降りたツキヨミ殿がやってきた。
ツキヨミ殿はマリータ殿を見上げた。
「まぁ、大きなお方、マリータ殿ですね。お噂は先生と幸村殿から伺っておりますわ。」
マリータ殿が慌てたように跪くと、ドワーフの傭兵隊も慌てて膝を折って頭を下げた。
「へば、王女様。初めでお目にががります。我はドワーフ12支族のひとづヤーマンの族長にしで、マリータ・マリウスど申す者。この度、王家の傭兵隊長の任引ぎ継ぐごどどなり、王都さ参上づがまづった。」
突然の王女の来訪に声をうわずらせたマリータ殿だったが、無事に口上を述べられたようだ。
ツキヨミ殿はそんなマリータ殿に声をかけた。
「マリータ殿、ドワーフの傭兵隊長は、女王より騎士に任じられることになっております。今は非常時にて、女王は叙任の儀式をとり行うことができません。もし、マリータ殿がお許しくだされば、このツキヨミが騎士に任じることができますが、いかがでしょう?」
マリータ殿はまだ王都に慣れていないようだ。
グランローゼに着いてから三日目だからしょうがない。
王女から突然の騎士叙任を問われてパニックに陥っているようだ。
あたりをキョロキョロして、助け舟をさがしているうちに私と目が合った。
「おーい、マリータ殿! ここは騎士叙任を受けておいてくれ! 騎士様は貴族に準じる身分だ。いろいろ便利なことも多いぞ!」
「我が貴族に準じるだべか!」
いよいよパニックだ。目が泳ぎまくっている。
「貴族になると王宮に入れるなり。マリータ殿が王宮の外に締め出されたら不便なのだ。騎士になるなり!」
「そうだー! 騎士も貴族もたいしたもんじゃない。貰えるものは貰っておくんだ!」
「我は騎士になっていいだべか?」
「いいなり!」
「ではツキヨミ殿、騎士叙任とやら、ぱぱっとやってくれ!」
「それでは、先生、ぱぱっとやらせていただきますわ。」
ツキヨミ殿は御付の女官から剣を受け取り鞘を払った。
剣は両刃の直刀である。西洋式の剣だ。
ツキヨミ殿は跪いたマリータ殿の肩に刃を置いた。
「マリータ・マリウス、王家に忠誠を誓うか?」
「はっ! 忠誠さ誓います!」
「マリータ・マリウス、このツキヨミに忠誠を誓うか?」
「はっ! 忠誠さ誓います!」
「相違ないな?」
「相違ござらねえ!」
「ならば、このツキヨミの名の下に、そなたマリータ・マリウスを騎士に任ずる。異存あるまいな?」
「はっ! ありがだき幸せ!」
ツキヨミ殿はマリータ殿の肩から剣を持ち上げ鞘にしまった。
それから、私のほうを見て両手を開いて見せた。
「騎士も貴族も大したもんじゃないので、ぱぱっと終わらせましたわ。」
この15歳の王女は、この異世界の中世的な価値観が、いつか過去の遺物となることをどこかで理解しているようだ。
そして、いつかこの世界の美しい美徳も忘れ去られることも。
「マリータ殿、顔を上げてください。」
「はっ!」
「マリータ殿には、わたくしを助けていただきたいのです。」
「助けるだべか?」
「明日から、宮廷に上がっていただきたいのです。」
「我が、宮廷だべか??」
「わたくしに武芸を教えていただきたいのです。そして、わたくしを守っていただきたいのです。」
「我が、王女様を守るのだべか?」
「わたくしは、いずれ戦場に立ちましょう。王女としての役目を果たして死ぬなら本望なれど、役目果たさずに死ぬわけには参りませぬ。役目果たし終わるまで、わたくしを守ってくれる力が必要なのです。それをマリータ殿にお願いしたいのです。」
「ははっ! 命さ代えでもお守りいだします。」
「マリータ殿、ともに死んでいただけましょうか?」
「王女様のだめなら、地獄さも行ぎます。」
なんだか芝居じみてきた。
ここらで、みんなに分かり易く話しておこう、
「おーい、ツキヨミ殿、マリータ殿、それからドワーフの傭兵隊も聞いてくれ。要するにだ、これからツキヨミ殿は魔族討伐の旗印となって戦場に立つことになる。魔王を倒した初代王アマテラスの血を引く者として、これほどの適任者は無い。」
そこに幸村君が続けた。
「ツキヨミ殿という旗印を失えば、こちらは劣勢になるなり。だから守らなくてはならないのだよ!」
私はマリータ殿と傭兵隊の諸君に言った。
「マリータ殿、明日からでも宮廷に出仕してくれ。ツキヨミ殿に基本的な武術と身の守り方を教えて欲しい。それから王女の行動パターンを理解して、警護がしやすいようにしておいてくれ。ドワーフの傭兵隊の諸君は、今後、王女の親衛隊的な役目を担わねばならないと思っておいてくれ。以上だ。」
「異世界からの召喚者というのは、なんでもかんでも効率的に話したがるのですわね。」
ツキヨミ殿はやや不服そうだ。
効率重視の私たちは、王家の儀礼やら名誉やらを軽視してしまうきらいがある。
「ツキヨミ殿はマリータ殿のスカウトのためドワーフの宿舎にこられたのかな?」
「それもありますわ。マリータ殿とお会いしたかった。わたくしは強き女性兵士に背中を任せたいと思っておりましたのよ。マリータ殿の噂を先生からお聞きしたときからピンときておりましたの。」
「ツキヨミ様とマリータ殿はぴったりの相性なりよ!」
「おそれいります、幸村殿。でも今日、ドワーフの宿舎に来ましたのはそれだけじゃありませんのよ。わたくしの戦闘服を発注に参りましたの。」
「鎧や兜はドワーフの職人のものが最高なり。戦闘服というのは鎧兜なりか?」
「わたくしが戦場に立つときのために石田三成殿がデザインしてくださったものですわ。」
ツキヨミ殿は机の上に戦闘服のデザイン画を置いた。
「先生、いかがでしょう?」
「うーん、ちょっと露出が多くないか?」
「ファンタジー世界の王女様の戦闘服なり、露出が多いのは仕方ないなり。」
「そういうものなのか?」
「三成君だって、こんな感じだと思ったからデザインしたなり。」
「こんな感じか…」
「三成殿もおっしゃいましたわ。これは戦闘美少女のアーマーだそうです。」
歴女のオタク連中は好きなことを言うからな。
しかし、この戦闘服、確かにカッコいいんだよな。
ツキヨミ殿がこの姿で陣頭に立ったとき、その美しさと気高さに誰もが奮い立つだろう。




