41,希代の軍師
戦艦ヤマトはイースタリア沖を航行中である。
私は風をあやつり、帆は大きく膨らんでいる。
天気は晴朗である。波は高くはない。
遠く北の海から出航した船は、かすかな春の兆しの中を南下していた。
私と幸村君は甲板に出て、キラキラと輝く海を見ていた。
「なんだか一気に春になったみたいなりね。」
「アマテラーザは日本とよく似た地形をしている。仙台から静岡沖まで一日で航海しているようなもんだ。」
「こんどはマドンナは襲ってこないみたいなりね。」
「マドンナもそれどころではないようだな。」
「マドンナといえば、あの志の低さには呆れたなり。」
「女王になりたいという、アレか。」
「それもユリアナ・トーキョーの女王なりよ。くだらないなり。」
「ルサンチマンだよ。」
と、私はつぶやいた。
「弱者が強者に抱く怨念みたいなものなりね。」
「ああ、それを志が低いと非難することは簡単だ。」
「そうなりか? あたしも辛いことや哀しいことがあったなり。でも戦国武将のことを考えるだけで勇気百倍なり。」
「それはね、幸村君には好きなものがあるからだ。」
「戦国武将なりね!」
「私もそうだ。私には歴史がある。歴史のことを考えるだけでワクワクする。」
「そうかもしれないなり。マドンナは空っぽなり。」
「空っぽの中に怨念や憎悪や嫉妬が詰め込まれている。」
「なんだかマドンナが可哀そうになってきたなり。」
「幸村君は少しだけ賢くなったな。それを想像力と言うんだ。他者の苦しみを思いやる力だ。」
「でも、その力は戦いには何の役にも立たないなり。」
「まったくだ。だが役に立たずとも、その力は人間らしく生きるために大切なものだ。」
「人間らしくなりか?」
「そうだ。絶望を知る者のみがたどり着ける真実がある。」
「先生は絶望を知ってるなりか?」
「うん、戦国武闘伝の監修をクビになったときは絶望したよ。」
「あたしも暴力事件で大学院を退学になったときは絶望なり。」
「そいうえば三成君もガラスの天井に絶望したんだよな。」
「織田信長公も本能寺の炎の中から召喚されたなり。」
「島津豊久にしても島津の退き口の絶望的局面から召喚された。」
「平将門は絶望の塊になって首だけ召喚されたなりか?」
「将門の件は仮説にすぎないけどな。」
「召喚者は多少なりとも絶望を抱えているなり。」
「そう考えると奇妙だな。異世界召喚の魔法の検索エンジンは戦国武闘伝に関わりのある者にヒットする。」
「その中でも、絶望を抱えた者だけを呼び寄せるなりか?」
「私たちの中にある現世を離れて異世界に遊びたいという欲求を、魔法の検索エンジンは見逃さないということかも知れない。」
「そういう意味では、消極的にせよ異世界を志願する者だけを召喚する魔法なり。」
「異世界に来たいものだけを呼び寄せる。よくできた魔法だ。」
「あたしは戦国武将になりたかったなり。異世界に来て真田幸村になれてよかったなり!」
「私もこの異世界で歴史学の権威になれるかもしれない!」
「好きなものがあるといことは、あらゆる絶望を超えて行ける力なり!」
幸村君は潮風を吸い込んで深呼吸した。
「幸村君、ゼラフィム半島が見えてきたぞ。」
「あの半島の向こうがグランローゼなりね。」
おもかじ、いっぱーい!
私の号令に水夫たちがマストを動かす。
水夫たちが忙し気に甲板を走り回っている。
船は大きく右に回頭し、一路グランローゼへと舵を切った。
***
グランローゼ城へ帰還した私を待っていたのはドメルグ殿の訃報だった。
「安らかな最後でした。」
と、ギョーム殿は言った。
私は言うべき言葉を持たない。
私とギョーム殿は、女王の謁見の間へと急いでいた。
ノーザン・テリトリーでのことを女王に報告しなければならない。
謁見の間では、玉座に座った女王と取り巻きの重臣たちが居並んでいた。
私は出来る限り簡潔に報告した。
「ドワーフは王家に従い魔族を討つのだな! それは重畳!」
ウード卿をはじめとした重臣たちは、ドワーフが魔族の討伐に協力するという報告に満足した。
この連中は王家の安全にしか興味がない。
アマテラーザの国全体の行く末に責任を持とうなど露ほどにも思っていない。
私は報告が終わると、さっさと謁見の間を後にした。
謁見の間を出たところで幸村君が待っていて、私とギョーム殿の後をついて来る。
「ギョーム殿、速やかに打ち合わせることがある。」
「承知です。わたしの執務室へ行きましょう。あそこなら、誰も入ってきません。」
宰相執務室、確かに誰でもが簡単に入れる部屋ではない。
私たちが部屋に入ると既に一名の先客があった。ギョーム殿は半ばあきれ顔である。
「ツキヨミ様、こんなところに…」
「きっと、ここで打ち合わせになると思いまして、先回りいたしましたのよ。」
ツキヨミ殿はニコリと笑っている。
半年もたたないうちに、ツキヨミ殿はずいぶん大人びたような気がした。
それに美しさにも磨きがかかったようだ。
私と幸村君、ギョーム殿とツキヨミ殿、打ち合わせも少人数だ。
冒険者部隊を率いるゴドー・グリフィス殿と、黒の魔導士ヴァルデーノ・オルス殿は、イースタリアとの州境において守備を固めている。
ヴァン殿はノーザン・テリトリーである。
「三成君はどうしたなりか?」
幸村君の疑問にギョーム殿が答えた。
「三成殿はイースタリアとの州境で食料を集めておられます。」
「食料を集めているだと! 州境で何が起こっている?」
ギョーム殿は私に向き直って答えた。
「州境にはイースタリアからの難民が押し寄せております。その数は日に日に増えており、食料が不足しておるのです。」
魔族に占領されたイースタリアでは、魔族の支配を逃れてセントラルに亡命しようという者たちが州境を超えて押し寄せていた。
難民たちの食料の確保はツキヨミ殿の願いであるという。
ツキヨミ殿は言う。
「昨年来からの大公家との戦争で、王家の台所も苦しいのです。しかしながら、王家を頼って逃げてこられる難民の方々を見捨てることはできません。王家の財宝をすべて売り払ってでも食料を確保してほしいと、三成殿にお願いいたしました。」
「ツキヨミ殿、難民の食料の確保は、これから魔族と戦うための軍資金をすり潰しているに等しい。」
「ならば、先生、どうすれば?」
「わからん。だか、これも魔族、いやマドンナの作戦かも知れん。王家の力を少しでも削ぐために難民を作り出している可能性もある。私たちの世界では戦争の常套手段だ。」
「難民の方々の命を戦争のための手段にするなど、許せませぬ!」
剣と魔法の異世界に、私たち召喚者は近代戦争を持ち込んでしまう。その汚いやり方が王女ツキヨミを苦しめているのだ。
しかし、ツキヨミ殿の判断は正しい。難民たちを救うことこそが王家の義務、ノブリス・オブリージュなのだ。
私はここで話題を切り替えることにした。
「ギョーム殿、ウエスピアとサウスティカはどうなっている?」
「サウスティカのシーマ伯爵は魔族討伐に2万の兵を送ってよこすとの返事でした。まもなく伯爵の甥のジュウザ・シーマ殿率いる兵団が王都へ向かうことになります。」
「ウエスピアは?」
「ウエスピアのモーリス公爵は兵を出せぬと…」
「どうしてだ?」
「何やら、深い事情があると推察されます。」
「深い事情か…。ならばギョーム殿、兵を出せぬならば食料の援助を申し出てはどうかね?」
「もちろん、食糧援助の使者は差し向けました。ウエスピアからの返答は、協議したいとのこと。ただし、王家のしかるべき者と協議したいという由にございます。」
「しかるべき者?」
「先のグランローゼ一年戦争で王家の威信も失墜しております。ウエスピアとしても、子どもの使いとは話をできぬということでしょう。」
「ウエスピアも魔族の脅威は分かっているはずだ。王家の全権を預かっている者と話ができなければ、兵も食料も動かさずと言っている。裏を返せば、ウエスピアも本気で協議したいというわけだ。」
「宰相として、このギヨーム・エクストンが参るべきなのですが、今、わたしがグランローゼ城を離れるわけにはいきません。その事情をウエスピアに伝えたところ、軍師をよこせと…」
「軍師?」
「先生のことなりよ。」
「幸村君、私は軍師だったのかね?」
「先生の活躍は、風の噂で国中に広まってるなりよ。グランローゼ城に『希代の軍師あり』ってね。」
ギョーム殿が含み笑いをしながら言った。
「その噂、わたしも聴いていますよ。」
「どんな噂だ?」
「グランローゼの軍事・内政・外交は軍師殿をもって盛大なり」
「ずいぶん盛った噂だな…」
呆れ顔の私に、ツキヨミ殿が問いかけた。
「先生は、軍師殿と呼ばれるのがお嫌なのですか?」
「私はノーザン・テリトリーで、幸村君の武勇をドワーフたちの力を結集させるための求心力として利用してきた。英雄・真田幸村をプロパガンダとして使ったんだ。」
「プロパガンダ?」
「プロパガンダとは政治的な宣伝のことを言う。皮肉なことに、私自身もまた王家のプロパガンダの一部となり、希代の軍師の評判を得ていたのだ。」
「それは悪しきことなのですか?」
「プロパガンダは強烈な光であもある。強い光は影を隠ぺいする。英雄と軍師を擁する王家は盛大である。だが、その実情はグランローゼ一年戦争で疲弊し、魔族という新たな脅威に晒されて、その命脈は風前の灯だ。食料集めでさえ右往左往している。すべては虚構である。虚構を覆い隠すのがプロパガンダなのだ。」
「食料で困っていても、人々は王家を盛大だと思う。その虚構に頼ってでも、私たちは魔族を退けなくてはならない。そうですよね、先生。」
「ツキヨミ殿は、理想主義者から現実主義者に鞍替えされたか?」
「民のためならば、理想主義者にも現実主義者にもなりましょう。」
「いい覚悟だ。」と、私は言った。
ツキヨミ殿は淑女の礼で私の言葉に応えた。
魔族との本格的な戦いになれば、私はツキヨミ殿をプロパガンダとして利用することに躊躇しないだろう。
15歳の少女を戦争の旗印として押し立てることが正義ではないと知っていてもだ。
「ならば私がウエスピアへ行こう。」
私が言うと、ギヨーム殿は我が意を得たりとうなずいた。
「幸村君も来てくれ。ウエスピアでは英雄と軍師の二枚看板で行く!」
「承知なり!」
「ギヨーム殿、今回の任務でもエルキス殿を借りるぞ。」
「あの者のことは、わたくしの与り知らぬ事にて。」
「ありがたい。」
「あのような者でも先生のお役に立てるのですか?」
「400年前の魔王との戦いの経験者だ。ノーザン・テリトリーでは魔族の戦略を見破り、ダンジョンからの魔物の流出を防いだんだ。私と幸村君だけでは果たせなかった結果だ。エルキス殿の知識は貴重なものだ。」
「しかし、魔王との戦いを放棄した卑怯者ですぞ!」
「逃げたからこそ、いま生きて、役に立つことができる。」
「しかし…」
ギョーム殿は苛立ちを隠せない。
「美しく死んだ者は何も語らない。生き延びてこそ伝えることができる。これも歴史の皮肉だ。」
私がそう言うと、ギョーム殿の表情から苛立ちが消えた。
腹の中に、何かが落ちたのかもしれない。




