33,ドワーフに兵なし
族長会議の最長老グルジ殿は、私たちに神殿の外に出るよう促した。
私たちよそ者は席を外せと言うことらしい。
どうやら、ドワーフだけで話がしたいということか。
私と幸村君、エルキス殿は退場することにした。
フォクス族のファビア君も私たちに付いてきた。
彼はオブザーバーとして会議に残ってもいいはずなのだが、ドワーフに気を使ったのだろう。
さて、どうするかだな。
「外は寒いし、宿に戻ってぬくぬくするなり。」
「そうだな。幸いにもヴァン殿は会議に残ることになった。何が話し合われたかはヴァン殿の報告を待とう。」
私たちは宿屋へ帰り、一階の食堂でヴァン殿を待つことにした。
冷えた体を熱い紅茶が温めてくれる。
ファビア君が私をじっと見ている。
「どうしたのかね?」
「先生、あなたは素晴らしい人です。」
「ドワーフを国の政治に参加させ、獣人をノーザン・テリトリーの一員として認めよ、と言った件かね。」
「そんなことは思いもしませんでした。ボクたち獣人がノーザン・テリトリーの政治に参加するなんて夢のようです。」
「ドワーフも獣人もノーザン・テリトリーの国民になるということだ。こうした国の形を国民国家と言う。」
「国民国家ですか?」
「そうだ、私たちの世界では多くの国が国民国家の形態をとっている。どうしてだか分かるか? ファビア君。」
「国家が国民を大切にしているからでしょうか?」
「違うな、ファビア君。国民国家は戦争に勝つための仕組みだ。」
「戦争に勝つためですか?」
「君たち国民は政治に参加する権利を得る。その代償として国家のために戦争へ行く義務を負う。これが国民国家だ。」
「ボクたちフォクス族も戦争に行かなければならないのですか?」
「当然だ。ノーザン・テリトリーはドワーフだけでなく獣人たちの国でもある。自分の国を守るのは国民の義務だ。」
「先生の話は、何か恐ろしい事のように聞こえます。」
「だろうな。だが、魔族との戦いは総力戦になる可能性がある。総力戦になった場合はファビア君も兵士になる。」
「ひ弱なボクが兵士に…」
「まぁ、そうならなように頑張ってはみるが、期待に添えない場合は許してくれ。」
「いえ、ボクも戦いますよ。フォクス族の名誉のために。」
「馬鹿なことを言うな。名誉なんてくだらないもののために戦ってどうする。戦いに勝って、生き残って、平和を楽しむために戦うんだ。」
「はい、勝利と平和のために戦います!」
「いい返事だ。」と、私は言った。
内心、つまらない話をしてしまったと思った。
国民を政治に参加させるのは、国民に兵役を負わせるのと表裏一体なのだ。
魔族との総力戦になれば、ファビア君のような少年も兵士になる。
それは避けがたいことだ。
ファビア君、君が言うほど私は素晴らしい人ではないのだよ。
私の心中を知ってか知らずか、幸村君が口をはさんできた。
「国民国家のことは、先生の授業で何度も聴いたなりね。」
「憶えているかね? ならば、ファビア君にナポレオンの話でも聴かせてやれ。」
「承知なり。ファビア君、あたしたちの世界の歴史の話をするなり。あたしちの世界にフランスという国があるなり。200年前に革命が起こって民衆が王様をギロチンにかけたのだ。」
「ええーっ、王様を殺しちゃったんですか!」
幸村君は右手で首を切る仕草をして、「そうなり」と言った。
「王家は滅びて民衆が政治を行う時代になったなり。つまり、民衆は国民になったなりよ。昨日まで民衆だった人たちが、突然国民になって政治をしたのだ。政治は混乱したなり。」
フランス革命、それは近代という新しい時代の扉をこじ開けた。
「混乱のなかからナポレオンという英雄が現れたなり。ナポレオンは国民を率いて周辺の国と戦ったのだ。他の国の兵隊は傭兵だったなり。武力を持っていても国家への忠誠は無いのだ。ナポレオンの兵隊は国民なりよ。自分の国家のために戦う愛国心があるなり。だから国民国家の兵隊は強かったのだ。」
愛国心か…
「幸村君、ひとつだけ言わせてくれ。愛国心は悪用されやすい。愛国心を声高に主張する人間の言葉は信じないことだ。ファビア君、憶えておいてくれ。以上だ。」
「続きを話すなりよ。ナポレオンは周囲の国を侵略したなり。でも、最後は敗れたなり。ナポレオンに侵略された国々は気づいたなりよ。国民国家という形は戦争に強いなり。周囲の国もみんな国民国家になったなり。国民国家同士が争うと戦争の規模は大きくなったなり。それから百年ちょと後には世界を巻き込んだ戦争が起こるなり。」
そう、第一次世界大戦だ。
「たくさんの人が死んだのですか?」
「死傷者、約1000万人、負傷者は2000万人にも及んだなり。 国民国家は諸刃の剣なり!」
ファビア君は目をまん丸にして聴いている。
その表情は恐怖を感じている風ではない。好奇心が抑えられなくてワクワクしているようだ。
「先生、ボクはそういうことが学びたかったのです。ボクも先生の授業を聴きたいです。」
うーん、困ったな。
「ファビア君、この戦いに勝ったら、私はスローライフをしようと思っている。それからこの世界の歴史の研究だ。その時には私たちと共に学ぼう。」
「はい! 学ばせていただきます!」
あいかわらす、いい返事だ。
そこに、ヴァン殿が戻ってきた。
なにやらニヤけた表情を浮かべている。
「ヴァン殿、どうなった、ドワーフの結論は?」
「どうもこうもありやせんぜ、先生。族長の男ども、煮え切らねえ、煮え切らねえ。」
「やはりな、『ダンジョンを焼き討ちにする』という言葉だけで凍り付いていたからな。」
「それだけじゃありやせん。『ノックスを落とす』てぇ話も刺激が強すぎたようですぜ。何しろドワーフの国はこの400年の間、専守防衛に徹してきたんででさぁ。王家の無理難題にも応えて、争いを避けてきたんですからね。『討って出る』なんて発想はハナから無いんですよ。仕方がないことですけどねぇ。王家と戦争になりゃ、多勢に無勢、ドワーフがいくら命知らずとはいえ、数には勝てませんからねぇ。」
「そうだな、400年間ノーザン・テリトリーの地を守ってきたんだ。」
「ええ、今ではノーザン・テリトリーから外に出ようって奴も少なくなってきています。王都を知っているワシからすれば、ずいぶん情けなくなっちまったもんだ。嘆かわしいことですぜ。頭の中が狭いんですよ。」
「ところで、ヴァン殿、そのニヤけ顔は何だね?」
「よく聞いてくだすった、先生。あの大女、いや、マリータ殿ですよ。」
「マリータ殿がどうした?」
「ええ、煮え切らねぇ男どもにマリータ殿が苛立ちましてね。スックと立ち上がって男どもを一喝でさぁ。」
「ほう、マリータ殿は、何と言ったのかね?」
「これが痛快で、聞けば先生もニヤけちまいますぜ!」
「ヴァン殿、焦らすな。さっさと教えてくれ。」
「いいですかい…」
「マリータ殿は何と言った…」
ヴァン殿は咳ばらいをした後、深呼吸をしてからマリリータ殿の言葉を伝えた。
しかもマリータ殿の声真似である。
「ドワーフに兵なし!」
「おほぉー!」
と、幸村君が奇妙な声をあげた。
確かに、これはニヤニヤでは済まない。大笑いだ!
「愉快でしたぜぇー。男ども、てめぇらキンタマ付いてんのかぁー、ってわけでさぁ。」
マリータ殿はキンタマなんて言葉は使わないけどな。
「で、族長たちの反応は?」
「さすがに、男のメンツ潰されて、族長どもも奮い立った。」
「メンツを潰されたか。」
「潰されたのがキンタマでなくてよかったですぜ。」
「ヴァン殿、その下品な言い回しはやめてくれ。ご婦人の前だ。」
とは言ったものの、ご婦人の幸村君は笑い転げている
「それで、ドワーフは兵を出してくれるか?」
「ドワーフは必ず兵を出しますぜ。ただし、時間がかかりやす。大族長が他の族長たちを説得し、それから挙兵の準備でさぁ。」
「なるほどな。合議制をとっているドワーフは、すべての意思を統一するのに時間がかかるというわけか…」
「今日の会議の一部始終をドワーフの連中が知ることになりゃ、みんな力を合わせますぜ。魔族を倒して、連邦制とやらでドワーフもアマテラーザの政治に参加するんですからな。ノーザン・テリトリーに閉じこもってきたドワーフの悲願が叶うんですぜ。こんな愉快なことはねぇ!」
「そうか、ドワーフたちに早く知らせたいものだな。」
ファビア君が私の顔を覗き込んだ。
「先生、ボクにいい考えがあります。」
「どんな考えかね。言ってみなさい。」
「フォクス族は族長会議のいきさつを記事にして、獣人たちの族長に配ります。獣人たちには文字の読めない者もいますから、獣人の長がみんなに記事を読み聞かせるんです。」
「ほう、新聞のようだな…」
私はベネディクト・アンダーソンの著書「想像の共同体」が脳裏をよぎった。国民国家は想像の共同体であり、その成立には大量の印刷物、つまりは新聞のようなメディアが必要なのだ。
「獣人たちは物語を聞くのが大好きなので、ボクは記事をちょっとアレンジして物語風にしてみたんです。」
「話を盛ったということかね?」
ファビア君は微笑している。
「これが大評判で、獣人たちは大喜びです。」
「それは使えそうだな。ファビア君、今回の要点をまとめて記事を書いてくれ。それをノースタリア中にばらまくんだ。」
「はい! よろこんで!」
「なるほど、それがファビア君の戦い方だな。」
私の言葉にファビア君は目を輝かせた。
「はい! これが僕の戦いです!」
いい返事だ。
さぁーて、ノックス城だ。
時間がかかれば、その間にノースタリアの魔物たちが呼び寄せられる。
これは時間との戦いでもあるのだ。




